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二階堂合戦記  作者: 犬河兼任
第十三章 関ヶ原へ至る道
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1599-2 餃子

<1599年 1月下旬>


 博多から長い道程を経て、ようやく京の二階堂屋敷へと帰り着いた。

 屋敷の玄関では、留守居役の名古屋山三郎と共に、愛妾の吉次が首を長くして我々の帰りを待ちわびていた。


 吉次は豊臣政権から俺の側室と目されており、人質の役割も担ってくれている。


「母上、ただいま戻りましてございます」


 土埃に塗れた具足を解き、出征前よりひと回り逞しさを増した精悍な顔つきで行栄が深々と平伏する。

 その姿を確かめた途端、吉次は張り詰めていた糸が切れたように膝を突き、その場に泣き崩れた。


「行栄……! ああ、良かった……もっと良く顔を見せて頂戴……っ」


 嗚咽を漏らしながら息子の肩を抱き寄せ、生きて戻った奇跡を確かめるように涙を流す吉次。

 その姿を前に、俺の胸は締め付けられるような申し訳なさで一杯になった。


 数えでまだ十八歳の我が子を、十万を超える明・朝鮮の大軍が押し寄せる異国の戦場へと残してきたのだ。

 遠い異国の地で飢えや寒さに苛まれ、いつ果てるとも知れぬ大戦に晒されていると聞き及ぶたび、母である吉次がどれほど生きた心地のしない日々を過ごしてきたか、想像するに余りある。


 家族にこれほどまでの心労と恐怖を背負わせてしまった。

 無事を喜び合う二人の姿を前に、俺はただすまない気持ちを噛み締め、胸の内で深く詫びるしかなかった。


「母上、泣かないでくだされ。此度の異国への遠征、ただ無為に戦ってきたわけではございませぬ」


 行栄は優しく微笑んで吉次の涙を拭うと、腰の物袋から丁寧に布で包まれた小箱を取り出し、両手で恭しく差し出した。


「出征前、異国へ渡るならば必ず持ち帰ると心に誓っておりました。朝鮮名産の高麗人参にございます」


 箱の蓋を開けると、独特の滋味深い香気と共に、見事な太さと枝ぶりを備えた極上の高麗人参が姿を現した。


「母上の日頃の心労を癒やす薬湯にして召し上がってくだされ。余った種と根は、いずれ領地にて栽培を試みる所存にございます」


「まあ……行栄……。このような貴重なものを、私のために……」


 息子の心のこもった異国の土産を胸に抱きしめ、吉次は再び涙ぐみながらも、今度は心底嬉しそうに顔をほころばせた。

 修験道の開祖・役小角が秘薬を用いて人々を救った故事に憧れる行栄らしい配慮であったが、異国の過酷な修羅場を潜り抜けてなお、母を思いやるその優しさと成長ぶりに、俺も思わず目を細める。


 旅塵を落として広間へ移り、家族の再会を喜び合っていると、廊下の向こうから名古屋山三郎が足早にやってきて襖の前に控えた。


「大殿、若殿のご帰着を聞きつけられ、真田左衛門佐様と矢沢但馬守様が屋敷にお見えになられました」


「おお、源二郎と矢沢殿か。すぐにこちらへお通しせよ」


 山三郎の案内で広間へと入ってきたのは、行栄の烏帽子親を務めてくれた真田信繁と、行栄を朝鮮の戦場まで無事に送り届けてくれた真田家臣・矢沢頼康であった。


「行栄殿! よくぞ無事に異国より戻られた!」


 信繁がその精悍な顔を綻ばせ、広間に通されるなり行栄の元へ歩み寄ってその肩を力強く叩く。

 頼康もまた髭を揺らし、頼もしげに目を細めていた。


「源二郎、それに矢沢殿。出征の折のみならず、留守中も屋敷の者たちを気にかけていただき、心より感謝申し上げる」


 俺が深々と礼を述べると、信繁は恐縮したように手を振った。


「滅相もござらぬ。我が烏帽子子の晴れ姿をこの目で見届けられ、これに勝る喜びはござりませぬ」


 茶を振る舞い、一息ついたところで、俺は真田信繁へ上方情勢の探りを入れることにした。


「時に源二郎よ、自分が留守にしていた間、京や伏見の様子で何か変わった動きはなかったか? 特に……徳川内府(家康)殿の動向は如何であったかな」


 真田信繁は居住まいを正し、真剣な面持ちで頷いた。


「は。徳川内府様は伏見の屋敷にじっと籠もっており、表立っては特に目立った動きは見せておりませぬ。まさに音無しの構えといった風情でございます」


「ふむ……嵐の前の静けさ、といったところか」


 俺は心の中で歴史の差異を反芻した。

 史実のこの時期であれば、家康は太閤の遺言を公然と破り、伊達、福島、蜂須賀、黒田といった諸大名と無断で婚姻を結んで派閥作りに血道を上げていたはずだ。

 だが、この世界線では婚姻外交に励む気配すら見せていない。


(……なるほどな。北に奥羽鎮守府という巨大な軍事勢力が誕生した影響か)


 俺と今は亡き伊達輝宗公が主導してまとめ上げた「奥羽鎮守府」という盤石なブロックが、関東のすぐ背後にそびえ立っている。

 いかに関東二百五十万石を擁する大大名とはいえ、徳川家康が迂闊に上方で天下取りの野心を剥き出しにすれば、大坂の豊臣政権と北の奥羽鎮守府の両者による挟撃の餌食になりかねない。

 奥羽鎮守府と云う背後の巨大な脅威を警戒するあまり、史実のような強気な婚姻外交を封印し、徹底して目立たぬ隠忍自重の戦略に切り替えたのだろう。


 現在の奥羽鎮守府は、伊達本家が百二十万石、伊達一門が九十万石、外様衆が五十万石、そして我が二階堂家が百万石。合計で実に三百六十万石にも達し、徳川家を遥かに凌駕する超巨大勢力だ。

 徳川家単体では到底太刀打ちできない以上、もし家康が奥羽征伐を目論むとするならば、秀吉の遺言を盾に「国政を担う代行者」としての正統な立場を利用し、豊臣政権そのものを巻き込んで大軍を動かすしか手がないはずだ。

 だからこそ目立たぬよう隠忍自重しているのだろうが——その「婚姻外交を進めていないこと」自体が、徳川家康が豊臣の公儀を装って奥羽を討つ機会を虎視眈々と狙っている証拠のようにも思え、逆に薄気味悪く、底知れぬ怖さを感じさせた。


「されど、政権の枠組み自体は大きく動き始めております。来月に予定されております秀頼君の大坂城入りに合わせ、後見役の前田大納言(利家)様、北政所様、淀殿をはじめ、五大老の宇喜多中納言(秀家)様、五奉行からは石田治部少輔殿、浅野弾正少弼(長政)殿が大坂城へ移る準備を進めておられます」


「大坂への移動か。……となれば、伏見城の留守居はどうなるのだ」


「伏見には徳川内府様、毛利中納言(輝元)様、長宗我部参議(信親)様が残り、奉行衆も長束大蔵大輔殿ら三奉行が留まる手筈。亡き太閤殿下の遺言に基づき、諸大名も東国の大名は大坂屋敷、西国の大名は伏見屋敷へ分かれて在住することになりましょう。……ただし、奥羽王である伊達大納言(政宗)様の大名屋敷だけは、例外として伏見のまま据え置かれる手筈にござる」


 真田信繁の報告に、俺は静かに頷いた。

 豊臣の本拠である大坂と、政権の実務を握る伏見。

 二つの拠点に各大名と首脳陣を綺麗に二分させ、権力の集中と衝突を防ごうという秀吉の遺言通りの措置だ。

 東国に絶大な影響力を持つ伊達政宗をあえて伏見に残し、家康を牽制させる布陣もまた、生前の太閤らしい老獪な綱渡りと言えた。


「他に何か変わったことはなかったか?」


 俺が重ねて問うと、真田信繁は「はい、政の表舞台では特にこれといった不穏な動きは——」と答えてくる。

 すると、その背後に控えていた矢沢頼康がニヤリと口元を緩め、すかさず差し出口を挟んできた。


「いやいや左京亮様、めでたい変わり事なら山ほどござるぞ! 伏見におられる源三郎(信幸)様の屋敷では、正室の稲様がなんと第四子を懐妊されましてな! それだけではござらん、こちらの源二郎様の側室の阿桐殿も、目出度く第二子を懐妊されたのでござる!」


「ちょっ……三十郎! そのような身内の内輪話まで、左京亮様にお伝えする必要がどこにあるのだ!」


 真田信繁が慌てて振り返り、顔を真っ赤にして矢沢頼康を叱責した。

 だが、矢沢頼康はどこ吹く風で「めでたいことに変わりはなかろうが」とからからと笑っている。


「おお、阿桐殿がか!」


 俺は思わず膝を打って声を上げた。

 阿桐といえば、かつて俺が関白・豊臣秀次殿の付家老を務めていた頃、聚楽第で侍女をしており、大政所の体調を探る密偵役としても大いに助けてもらった、愛嬌があってよく笑うお気に入りの女だ。

 慶長元年(一五九五年)の伏見大地震で聚楽第が炎上崩壊した折、阿桐は秀次殿の幼い姫君を一人命がけで救い出し、かねてより思いを寄せていた真田信繁の元へと身を寄せた。そのまま信繁の側室に収まり、すでに長女を産み落としている。


(この朴念仁の懐に飛び込んで側室の座をもぎ取ったばかりか、もう二人目とはな……。やるではないか!)


 激動の政変を生き抜いた阿桐の逞しさに、俺は心底感心しながら破顔した。


「ははは! いやいや、これは実にめでたい。あの阿桐殿がまた子宝に恵まれたと聞けば、俺としても我が事のように嬉しいぞ。源三郎殿も源二郎も、実に見事な励みぶりではないか」


 俺が真田家の繁栄を寿ぐと、真田信繁は照れ隠しに頭を掻きながら、決まり悪そうに相好を崩した。

 子宝に恵まれる真田家の吉報に触れ、俺はふと思い立って隣の吉次へ視線を向けた。


「そういえば吉次、我が家の行栄も無事に初陣の修羅場を生き抜いて、立派な武将としての箔がついた。そろそろ良い家との縁組を考えてやらねばならんな。どこか心当たりはあるか?」


 俺の突然の提案に、吉次は「まあ」と嬉しそうに目を輝かせたが、当の行栄は飛び上がらんばかりに慌てふためいた。


「父上!? め、滅相もございません! それがしはまだ十八、武芸も政も未熟の身! 妻を迎えるなど、まだ早うございまする!」


 顔を真っ赤にして必死に手を振る息子の姿に、俺は思わず苦笑いを浮かべた。


「何を言うか。そなたの実兄である行久を見よ。あやつは十三の若さで下野の佐野家に婿入りし、二十歳の頃には珠姫との間に長男をもうけた。その珠姫殿の腹には今、めでたく二人目の子が宿っておると聞く。それに比べれば、十八のそなたが嫁を取るなど決して早すぎることはない」


 何を頑なに慌てているのか、父親の俺にはその本音が手に取るように分かる。

 元々この息子は、俗世を捨てて山野を駆ける修験道(山伏)の道に進みたがっていたのだ。

 それを太閤・秀吉公の命令という絶対的な権力を盾に、無理やり武士の道へと引き戻した経緯がある。

 女色を遠ざけようと必死になっているのも、初々しい照れ隠しなどではなく、心のどこかで未だに修験道への未練を捨てきれず、俗世の絆である「妻帯」を拒もうとしているからに他ならない。


(……やれやれ、まだ山伏に未練があるというわけか)


 だが、これほどの過酷な初陣を立派に戦い抜き、二階堂の跡取りとして申し分のない武辺を示したのだ。

 今さら山に籠もられて行者などになられてたまるか。

 ならばなおのこと、息子の心を骨抜きにするような器量良しで気立ての良い女子おなごをあてがい、俗世の悦びを骨の髄まで叩き込んで、修験道への未練など綺麗さっぱり断ち切らせてやるのが親の務めというものだ。


「何を言うか。武将として身を立てた以上、早々に嫁を取り、血筋を繋ぐのも大事な役目ぞ。吉次、良き縁談がないか手広く探しておいてくれ」


「はい、大殿。行栄にふさわしい素敵な姫君をお探しいたしますね」


「は、母上まで……!」


 吉次の頼もしげな微笑みに、行栄は「そんな……」と完全に頭を抱えて項垂れた。

 必死に抵抗する息子の様子に、広間はどっと温かな笑い声に包まれた。


 朝鮮の地獄を乗り越え、ようやく掴み取った束の間の団欒。

 この平穏を守り抜くためにも、これから始まる上方での暗闘を何としても生き抜かねばなるまい。






 京の二階堂屋敷に戻ってからの数日間、俺は息つく暇もなく忙殺されていた。

 五大老から直々に唐入りの陣の総撤収役を仰せつかった身として、諸将が無事に帰国を果たした今、次なる大仕事はこの伏見城における秀頼君への帰国挨拶の差配である。

 大名たちの格や戦功に応じた席次の決定、登城の刻限や順序の調整、さらには不穏な空気を漂わせる各大名屋敷への度重なる通達と根回しに追われ、まさにキリキリ舞いの毎日であった。


 そうして帰国の諸将と綿密に段取りを図り、迎えた当日。

 朝鮮からの帰国報告と年頭の挨拶の儀を執り行うため、俺は万全の準備を整えて伏見城へと登城した。


 通された伏見城の大広間には、五大老と五奉行が威儀を正して居並び、朝鮮の過酷な戦場から無事に戻った渡海衆の諸将がずらりと顔を揃えている。

 上段の中央には、幼き豊臣の主・豊臣秀頼が座し、そのすぐ傍らには生母である茶々姫が艶やかな打掛を羽織って同席していた。


 ふと、その茶々姫の背後にお供として控えるひとりの女性の姿が目に留まる。


「……阿福殿、か」


 美濃の稲葉正成の妻、阿福である。

 今から五年前の文禄三年(一五九四年)。

 俺が地震対策の過去記録を探すため、三条西実条邸に足繁く通って『実隆公記』を読み漁っていた頃、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたあの聡明な娘だ。

 あの年の秋に稲葉家へ後添いとして嫁いで以来の再会となる。


 武家の血筋と公家の最高峰の教養を併せ持つあの類稀な才女が、地方の一武将の妻として歴史の波に埋もれてしまうのではないかと案じていたが、どうやら杞憂だったようだ。

 聞けば、亡き太閤・秀吉公の遺言により、彼女の卓越した知性と公家衆との太い人脈が買われ、豊臣秀頼の保母役として直々に召し出されたのだという。


 史実ではのちに「春日局」として徳川幕府の奥を牛耳り、三代将軍・家光の乳母として権勢を振るう女傑が、この世界では豊臣のプリンスを支える教育係として表舞台に立っている。

 奥羽鎮守府の台頭によって狂い始めた歴史の歯車が、ここでも数奇な巡り合わせを生み出していることに、俺は深い感慨を覚えざるを得なかった。


 俺の視線に気づいた阿福は、五年前の三条西邸で見せていたあの優美で洗練された所作のまま、スッと三つ指をついて微かに微笑んでみせた。

 その堂々たる佇まいに、俺も胸の内で小さく頷き返す。


 やがて、広間の静寂を破り、唐入りの先鋒を務めた二人の武将が前へと進み出た。

 加藤清正と小西行長である。

 犬猿の仲であるはずの両名だが、今日ばかりは並んで深々と平伏し、豊臣秀頼に向けて揃って帰国の口上を述べた。


「加藤主計頭清正、過酷なる異国の地より無事に全軍を引き揚げさせ、ここに帰国のご挨拶を申し上げ奉りまする」


「同じく小西摂津守行長、主計頭殿と共に先鋒の大役を果たし、目出度く日の本へ帰着仕りましてございます」


 幾多の死線を越えてきた両将の重々しい言上に対し、豊臣秀頼は幼いながらも凛とした声で「大儀であった」と労いの言葉をかけられた。

 諸将が一堂に平伏し、帰国挨拶の儀が滞りなく相果てた、その直後のことである。


 大老の列の最上座から、重々しく身を起こす影があった。

 国政を預かる大老首座・徳川家康だ。


「……諸将の皆々様よ、面を上げられよ。此度の帰着の儀が相済んだ今、大老首座として皆々様方に告ぐべき大事がござる」


 徳川家康の低く通る声に、広間の空気が一瞬にして張り詰める。


「これまで朝鮮在陣の全軍の動揺を防ぐため、公には伏せられておったが……去る八月十八日、太閤殿下にはご薨去あそばされた。渡海軍の無事なる撤退を見届けた今、天下万民に向けて太閤殿下の逝去を速やかに公表いたす」


 すでに周知の事実とはいえ、筆頭大老の口から正式に天下へ発せられた「太閤の死」。

 居並ぶ武将たちの間に、押し殺したどよめきと緊張が走る。

 徳川家康は表情を一切崩さぬまま、淡々と次の通達を告げた。


「現在、伏見城地下に安置されておられる亡き太閤殿下の御尊骸については、来る慶長四年四月十三日、京都東山・阿弥陀ヶ峰の山頂へと丁重に埋葬し、廟所を建立することと相決まった。諸大名におかれては、滞りなく大葬の儀を執り行えるよう、遺漏なく準備を進められたし」


 阿弥陀ヶ峰への埋葬の決定。

 これで名実ともに「秀吉の時代」が完全に終わりを告げ、新たな権力闘争の幕が切って落とされるのだ。


 泰然自若として号令を下す徳川家康と、それを見据える五奉行や諸大名たち。

 広間に漂う冷たく張り詰めた気配を感じ取りながら、俺はこれから始まるであろう天下の暗闘の激しさを予感し、密かに拳を握り締めていた。






 帰国挨拶の儀が無事に終わり、俺は他の諸将の列に混じって大広間から静かに撤収しようとした。


 その時である。


「……左京亮殿」


 背後から低く、どこか困り果てたような声で呼び止められた。

 振り返ると、そこにいたのは片桐且元であった。

 日頃から温厚な男だが、今日ばかりは胃痛にでも耐えているかのような、なんとも申し訳なさそうな表情を浮かべている。


「東市正殿、いかがされた?」


「……こちらに。どうぞ、こちらへ」


「いや、何か用向きでもおありか?」


「……こちらに。どうか、こちらへ……」


 問いかけにもまともに答えず、ひたすらに頭を下げて「こちらに」としか繰り返さない。

 冷や汗を流しながら目を泳がせるその尋常ならざる様子に、俺は嫌な予感を覚えつつも、仕方なくその後に続いて城の奥へと足を向けた。


 案内されたのは、伏見城の奥深く、限られた者しか足を踏み入れられぬ一室であった。

 襖が開かれ、中に控えていた人物たちの姿を認めた瞬間、俺の背筋に冷たいものが走る。


 先ほど大広間で豊臣秀頼君のすぐ隣に座り、艶やかな打掛姿で諸将を睥睨していた生母——淀の方こと茶々姫その人であった。

 そしてその傍らには、茶々姫の乳母であり最大の腹心でもある大蔵卿局が、油断のない鋭い眼差しで控えている。


 去年の十月、名護屋へ発つ前の挨拶で対面して以来、わずか三ヶ月余りでの再会となる。

 相変わらず息を呑むほどの美貌を保ちながらも、その双眸には底知れぬ冷ややかさと隠しきれぬ苛立ちが宿っていた。


「お方様、ご無沙汰しております」


 俺が平伏すると、茶々姫は扇の先でトンと膝を叩き、挨拶もそこそこに氷のように冷たい声で切り出してきた。


「左京亮。……宇都宮の餃子は、まだ届かぬのですか」


 開口一番の痛烈な催促に、俺は思わず喉を詰まらせた。


「は、はあ……それにつきましては、遠国ゆえの手配の難しさや、日持ちの都合などもありまして、鋭意工夫を重ねておるところでして……」


 すると、傍らで縮こまっていた片桐且元が、たまらずといった様子でおずおずと割って入った。


「お、お方様……左京亮殿はこの三ヶ月、名護屋に赴いて唐入りの全軍撤収という天下の大役に奮闘されていたのです。そのような折、宇都宮からの餃子の手配などできるわけがないではありませぬか……」


 且元の懸命の弁護であったが、茶々姫は冷ややかに一瞥をくれただけで、眉ひとつ動かさなかった。


「且元、下がっていなさい。……左京亮、そなた隠居を願い出ておるそうですね」


 ギクリとした。

 出立前、唐入りの撤収役を引き受ける条件として、役目を果たした暁には須賀川で悠々自適に隠居させてほしいと五大老五奉行に申し出ていた件が、完全に筒抜けだったのだ。


「許しませぬ」


 茶々姫はピシャリと言い放ち、すっと目を細めて俺を射抜くように見据えた。


「宇都宮の餃子をこの伏見へ届けるまで、そなたの隠居など決して許しませぬぞ」


 ……完全なる脅迫である。

 言外に含まれた真意は痛いほど明白だった。

 あの執念深い茶々姫が求めているのは、単なる料理の餃子などではない。


 宇都宮で風魔衆を束ねている「餃子を作れる男」——かつて浅井三姉妹の警護役として心を交わし、焦がれ続けてきた愛しの石川五右衛門を、上方に呼び戻せと命じているのだ。


 すかさず背後に控えていた大蔵卿局が、追撃をかけるように静かな口調で口を挟んできた。


「左京亮様。来月には秀頼君が大坂城へとお移りあそばされます。つきましては、新たな門出となる大坂城の台所頭に、宇都宮の腕利きの餃子職人をぜひともお迎え入れしたいと、お方様ともども内々に話を進めておりますのですよ」


 大蔵卿局のその言葉に、俺は背筋が凍りつくのを覚えた。

 ただ五右衛門を呼び寄せて餃子を作らせるだけでは飽き足らず、大坂城の台所頭という名目で城内に正式に囲い込み、手元に置き続ける算段まで立てているというのか。


「お方様……しかしながら、老衆方にもすでに引退の意向はお伝えしており……」


 食い下がろうとする俺の言葉を遮るように、茶々姫は冷笑を浮かべ、さらなる追い打ちをかけてきた。


「そういえば左京亮、先ほど妾の傍らにいた阿福のこと、ようご存じでしたね。……阿福をそなたが推挙した件は、亡き太閤殿下から聞いておりました」


 その一言を受け、俺はグッと奥歯を噛みしめ、湧き上がりそうになる感情を意識してフラットに押し殺した。

 秀吉の命令で保母役に抜擢された阿福だが、その元々の推薦元が俺であるという事実を、この女帝は弱みとして握り、見事に突きつけてきたのだ。


 ここで動揺を見せれば相手の術中に嵌まるだけ。

 俺は丹田に力を込め、動揺を一切表に出さぬよう鉄面皮を保った。


「……お分かりですね? 餃子が届かぬ限りは、隠居など断じて許しませぬ」


 有無を言わさぬ絶対の圧に、百戦錬磨の俺も完全にタジタジとなり、内心で冷汗を拭うしかない。

 助け舟を出してくれた片桐且元も、完全に茶々姫主従の気迫に呑まれて「これ以上は無理です……」と視線を逸らし、ひたすら縮こまっている。


 ——やれやれ、この女傑を本気で怒らせたら、隠居どころか我が身の命脈すら危うい。


 俺の娘で、現在宇都宮にいる五右衛門の妻・吉乃は、第三子を絶賛身籠り中だ。

 そんな大事な時期に夫を上方に呼び寄せ、かつての想い人である天下の側室と引き合わせるなど、家庭内にどれほどの血の雨を降らせるか、想像するだけで胃が千切れそうになる。

 だが、このままでは俺の平穏な隠居ライフは永遠に訪れない。


「……承知、いたしました。早急に手配いたしましょう」


 俺は絞り出すように返答し、深々と頭を下げた。


 部屋を辞し、伏見城の寒空の下へ出た俺は、重いため息を吐き出した。


(……すまぬ五右衛門、すまぬ吉乃。我が隠居のためだ、生贄になってくれ)


 遠く宇都宮で平穏に暮らす大泥棒へ向けて心の中で深く合掌し、俺は至急、石川五右衛門を上方へ呼び寄せるための早馬を仕立てる決意を固めたのだった。

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― 新着の感想 ―
父親のお陰で、さんざん我が儘放題やっているのを思うと、正直吉乃に同情はないなぁ。五右衛門?天下人の妻に手を出したんだから釜茹でが妥当では?
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