1599-1 蹴球
主人公:二階堂盛義 55歳 従五位下 左京亮
正室:南御前 58歳
├当主:二階堂盛隆 38歳 - 正室:甄の方 39歳
│ ├ 嫡孫:二階堂盛宗 20歳 - 正室:杏姫 20歳
│ ├ 孫娘:星姫 17歳 - 塩谷義保 20歳
│ └ 孫娘:彩子 11歳 [- 婚約者:那須藤王丸 13歳]
├次男:岩城盛行 29歳 - 正室:甲斐姫 27歳
│ ├ 孫娘:忍子 9歳 [- 婚約者:岩城道丸 9歳]
│ ├ 孫:暁丸 7歳
│ ├ 孫:雷王丸 4歳
│ └ 孫:箒丸 1歳
└次女:元姫 25歳 - 婿:伊達成実 31歳
└ 孫娘:万葉 5歳
愛妾:吉次 49歳
├長女:吉乃 28歳(懐妊中) - 婿:石川五右衛門 34歳
│ ├ 孫:五郎市 8歳
│ └ 孫娘: 泪子 4歳
├三男:佐野行久 23歳 - 正室:珠姫 23歳(懐妊中)
│ └ 孫: 未房丸 4歳
└四男:二階堂行栄 17歳
実弟:大久保資近 47歳 - 正室:彦姫 47歳
├養女:れんみつ 29歳 - 戸沢盛安 33歳
│ ├ 養孫:道丸 9歳 [- 婚約者: 岩城忍子 9歳]
│ └ 孫:申千代 3歳
├姪:だんみつ 24歳 - 婿:九戸政信 26歳
│ └ 姪孫:亀千代 6歳
├姪:こいみつ 18歳 - 相馬利胤 18歳
└甥:清丸 15歳 - [婚約者:華乃 14歳]
養女:阿蛍 38歳 - 婿:前田利益 48歳
├長男: 前田正虎 16歳
├長女: 華乃 14歳 - [婚約者:清丸15歳]
├次女: 紗乃 11歳
└次男: 菊丸 8歳
義甥:伊達政宗 32歳 伊達家17代目当主 正二位 大納言 鎮守府将軍
<1599年 1月6日>
慶長三年十二月十日。
場所は博多。
光陽湾海戦で大功を挙げ、朝鮮からの渡海衆の殿軍も務めた島津軍が、無事に博多の港へと帰着した。
すでに帰国を済ませていた諸将も集められ、石田三成と長束正家の奉行職主催による慰労の宴席が盛大に開かれることとなった。
大広間には、七年に及ぶ外征を戦い抜き、本土へ命がけの撤退を果たした主要な武将たちが一堂に会している。
上座に向かって左手、朝鮮半島の南西部の戦線から撤退してきた列には、小西行長、宗義智、立花宗茂、高橋直次、小早川秀包、筑紫広門、藤堂高虎、加藤嘉明、脇坂安治、菅正利が並ぶ。
対する右手、南東部の拠点から順次撤退してきた列には、加藤清正、毛利秀元、吉川広家、黒田長政、鍋島直茂、鍋島勝茂、蜂須賀家政、浅野幸長が着座していた。
そして上段近くには主催の石田三成と長束正家。
我が二階堂家からは、留守居役として慰労する側の俺、二階堂盛義と、最前線で戦い抜いて慰労される側の息子・二階堂行栄、その補佐役である前田利益が同席している。
だが、肝心の主賓であるはずの島津義弘と島津忠恒がいつまで経っても姿を見せない。
上座の席はぽっかりと空いたままで、並べられた料理の湯気もとっくに消え失せていた。
乾杯の音頭も取れず、誰一人として酒や箸をつけることができないまま、会場には気まずく重苦しい沈黙と、もたつくグダグダ感ばかりが充満していく。
「遅い! 膳が冷めきってしまうわ! 先に始めようではないか!」
とうとう痺れを切らした加藤清正が、苛立ちを隠そうともせずに声を荒らげ、卓をドンと叩いた。
すると、すかさず斜め向かいの小西行長が冷笑を浮かべ、嫌味たっぷりに言い放つ。
「光陽湾にて敵の水軍を打ち破り、我らの撤退の道を切り拓いてくれた島津殿を待たずになんとする。あの殊勲の御仁を差し置いて、先に酒を呷るなど言語道断。武士の礼節を知らぬにも程がある」
「なんだと貴様! いつまで待たせる気だと申しておるのだ!」
「短気を起こすなと言っているのだ。それすら我慢できぬとは、相変わらず浅慮な御仁よ」
行長が吐き捨てるように返すと、主催の石田三成が静かに口を開き、行長に加勢した。
「小西殿の申す通り。此度の宴は無事に帰国を果たした渡海衆一同を労うためのもの。されど、その円滑なる撤退を成し遂げてくれた島津殿を抜きにしては、宴を始めるわけにはまいりませぬ。主計頭殿、ここは自重されよ」
「治部少輔! 貴様まで行長に肩入れするか! 集まりもせぬ者を漫然と待たせ、無為に時を潰すことが道理とでも言うつもりか!」
三成の冷淡な口添えに対し、清正は青筋を立てて立ち上がった。
その全身から放たれる苛立ちは、見ていて尋常ではない。
もちろん、単に主賓が遅れていることへの腹立ちだけではないはずだ。
清正にとって何より許しがたいのは、朝鮮の過酷な前線で命を削って戦っている間、敬愛してやまない太閤・豊臣秀吉の死を、石田三成ら文治派によって伏せられ隠されていたことだろう。
全軍の動揺や士気の低下を防ぐため、秘匿せざるを得なかったという理屈自体は、清正とて頭では理解しているに違いない。
だが、父の如く慕ってきた主君の最期に馳せ参じることも叶わなかった無念と悔しさは、理屈で割り切れるものではないはずだ。
その抑えきれない怒りの矛先が、今まさに主催者である三成へと真っ直ぐに向けられているのだと見て取れた。
激昂した清正の怒声に呼応するように、黒田長政や加藤嘉明、浅野幸長ら武断派の諸将が次々と清正に追従する。
「清正の言う通りだ! 刻限を過ぎても現れぬ方に非がある!」
「段取りもつけられぬ主催の不手際を棚に上げて、偉そうな口を利くな!」
武断派と文治派が真っ向から睨み合い、宴席は一触即発、今にも刃傷沙汰になりかねない修羅場の様相を呈し始めた。
「まあまあ、皆様方。苦労してやっと帰国できたのでござる、どうかお鎮まりを……」
このままでは大乱闘に発展してしまうと危惧した俺が、荒れ狂う清正と冷笑する行長・三成の間に割って入ろうと身を乗り出した、まさにその時であった。
大広間の引き戸が、ガラリと重々しい音を立てて開け放たれた。
「……遅れて申し訳なかっ」
野太く、地を這うような威圧感を帯びた声が響き渡る。
入り口に立っていたのは、歴戦の凄まじい気迫を漂わせた老将・島津義弘と、その背後に鋭い眼光を光らせて控える島津忠恒であった。
ようやく現れた主役の圧倒的な存在感に、爆発寸前だった広間の空気は一瞬にして静まり返る。
俺が島津義弘・忠恒の父子をこの目で見るのは、これが初めてだ。
島津義弘——今年で六十三歳を迎えるその老将の体躯からは、歴戦の修羅場を幾重にも潜り抜けてきた者だけが纏う、濃密な覇気と鉄のような頑健さが滲み出ていた。
その凄まじい軍歴は、木崎原の戦い、耳川の戦い、戸次川の戦いと、九州の覇権を巡る死線で常に先陣を切り続けた猛将中の猛将。
ここに集う諸将の中で義弘の軍歴に比肩し得るのは、龍造寺を支え抜いてきた歴戦の鍋島直茂か、あるいは数々の合戦と歴史改変を重ねて遂に五十六歳となるこの俺、二階堂盛義くらいのものであろう。
記憶に新しい泗川の戦いにおいては、押し寄せた明と朝鮮の連合軍三万余を、わずか八千の手勢で城外へ打って出て撃退するという人外の軍功を打ち立てている。
さらに先の光陽湾海戦でも、敵水軍の要たる李舜臣を討ち取る特大の武功を挙げたばかりだ。
過酷な渡海を経験した武将たち全員が、この「鬼島津」の武名には一目も二目も置かざるを得ないのは当然であった。
その島津義弘の背後に控える息子の島津忠恒は、まだ二十四歳そこそこ。
切れ長の目元に怜悧な風貌を漂わせているが、どこか聞かん気の勁さを感じさせる若武者である。
俺の持つチートな歴史知識によれば、この男もまた一筋縄ではいかぬ難物だ。
後の世で初代薩摩藩主「島津家久」を名乗り、父たち島津四兄弟に勝るとも劣らない苛烈さと老獪な政治手腕を発揮して、島津の家名を幕末まで繋ぎ止める曲者であった。
「軍勢の着岸と負傷者の手配に手間取り、刻限を違えてしまい申した。此度の遅参、伏してお詫び申し上げる」
島津義弘が野太い声で深々と頭を下げると、先ほどまで騒ぎ立てていた加藤清正や武断派の諸将も、振り上げた拳を収めるしかなかった。
殊勲を挙げた大先輩にこれほど素直に頭を下げられては、もはや誰も文句など言えまい。
場が何とか収まったのを見計らい、主催の石田三成が凛とした声で上段から扇を掲げた。
「これにて、主客すべて揃われましたな。それでは諸将の無事なるご帰着と、異国での輝かしき武功を寿ぎ——これより慰労の宴を執り行う!」
石田三成の厳かな音頭とともに、張り詰めていた空気は一気に解かれ、ようやく盛大な慰労の宴が幕を開ける。
こうして形ばかりの乾杯が交わされ、宴自体は始まった。
だが、その空気は控えめに言っても最悪だ。
上座付近では、小西行長と加藤清正が互いに一瞥もくれず、ピリピリとした殺気を漂わせている。
文禄の役の先鋒争いや、続く慶長の役の撤退交渉の主導権争いのゴタゴタで、両者の関係はもはや修復不可能なほどに冷え切っていた。
少しでも火の粉が落ちれば、宴席がそのまま修羅場と化しかねない一触即発の雰囲気である。
そんな重苦しい空気の中、主催の一人である石田三成がそっと席を立とうとするのが見えた。
どうやら中座して先に帰るつもりのようだ。
それに気づいたもう一人の主催、長束正家が立ち上がり、上段から冷静な声で皆に向かって告知しようと口を開きかける。
「皆様方、治部少輔殿は公務のためこれにて中座される。引き続き——」
「あっ、大蔵大輔殿! 少々こちらへ!」
俺は慌てて正家の袖を掴み、その言葉を強引に遮った。
眉一つ動かさずに視線だけを向けてくる正家を強引に引き戻し、声を潜めて耳打ちする。
「治部殿には誰にも気づかれぬよう、ひっそりと帰っていただきなされ」
「……何故です。主催としての職務を果たし、公務ゆえに退出する。筋を通すことに何の咎がありましょうか」
正家は極めて平然と、正論だけで返してくる。
豊臣政権の財政を一手に束ねるエリート官僚の巨頭。
数字と法理に極めて明るく、理路整然と職務を遂行する男だが、合理的すぎるがゆえに人の鬱屈した感情を一切斟酌しない冷徹さがある。
「この空気をご覧じろ。治部殿が勝手に帰ろうとしていると知れれば、ただでさえ不機嫌な主計頭が『我らを労う気があるのか!』と荒ぶるのは必定。余計に傷口を抉るだけですぞ」
俺の忠告に、正家は微かに目を細め、静かに加藤清正の方を観察した。
清正はドス黒いオーラを放ちながら酒を呷っている。
これ以上の無用な摩擦は政権運営の能率を落とすと計算したのだろう。
正家は不満顔ではあったが「……相分かり申した」と小さく頷き、三成の退出を黙殺することに同意してくれた。
俺としては、これ以上武断派と文治派の亀裂が深まり、豊臣政権が崩壊へ突き進む事態だけは絶対に避けたいのだ。
両派の対立が決定打となれば、伏見で虎視眈々と好機をうかがう徳川家康に、決定的な付け入る隙を与えることになってしまう。
それゆえ、三成の退席を清正らに悟らせるわけにはいかなかった。
とはいえ、三成の退席がバレなかったところで場が好転するわけではない。
酒の肴が朝鮮での過酷な苦労話ばかりになれば、自然と文治派へのフラストレーションが蒸し返され、鬱憤が爆発するのは目に見えている。
——だが、俺とて何も手を打たずにこの場に座っていたわけではない。
実は石田三成や長束正家には一切無断で、この宴にひとつ「仕込み」をしておいたのだ。
「むさい男ばかりで酒を酌み交わしたところで、暗く辛気臭くなるだけであろう」
俺は目配せを送り、前田利益に合図を出した。
利益が豪快に手を叩くと、大広間の襖が一斉に左右へ引き払われた。
艶やかな衣を身にまとった博多の白拍子たちが、楽器を手に続々と宴の席へと雪崩れ込んできたのである。
「なっ……左京亮殿、これは一体何の真似です。このような余興、事前の手配には一切含まれておりませぬぞ」
整然たる計画を乱された長束正家が鋭い眼差しで咎めてくるのを尻目に、列に並ぶ歴戦の諸将のうち、立花宗茂や藤堂高虎といった目端の利く者たちが「さすがは左京亮殿、わかっておられる」とばかりにニヤリと口元を緩めた。
俺はすっくと立ち上がり、諸将を見渡して朗々と声を張り上げた。
「太閤殿下は亡くなられた。明征伐も道半ばで挫折し、無念の思いは各々方胸にありましょう。しかし、誰よりも派手好きであったあのお方ならば辛気臭い出迎えなど決してなさらなかったはず! 亡き太閤殿下が『儂も混ぜろ』と羨ましがって黄泉から顔を出したくなるくらいに、唄って踊って、皆々が無事に戻ってきたことを盛大に労おうではないか!」
その言葉が、胸に鉛のような無念を抱えていた男の心に真っ直ぐ突き刺さった。
加藤清正が盃を握りしめたまま、その太い眉を歪ませてボロボロと大粒の涙をこぼしたのだ。
「……おう、おうともよ! 左京亮殿の申す通りじゃ! 殿下のために、今宵は大いに呑もうぞッ!」
清正が叫び、同輩の諸将と力任せに杯を交わし始める。
すかさず前田利益が白拍子たちの輪の中心へと躍り出て、扇を手に鮮やかに舞い始めた。
張り詰めていた空気は完全に吹き飛び、宴は一気に最高潮のどんちゃん騒ぎへとリスタートを切った。
酒と歓声と手拍子が乱れ飛ぶ狂騒の中、もはや石田三成が席にいないことなど、誰一人として気に留める者はいなくなった。
目論見通りの大騒ぎを見届けた俺は、頃合いを見て席を立つ。
この乱痴気騒ぎの裏で、打つべき布石は山ほどあるのだ。
「立花殿、此度の外征では息子の行栄が大変お世話になり申した。心より御礼申し上げる」
まずは前線で息子を支えてくれた立花宗茂の元へ赴き、自らなみなみと酒を注ぐ。
宗茂は爽やかに杯を掲げ、快く応じてくれた。
「なんの。行栄殿は初陣の十八歳とお聞きしておりましたが、実に素直な気性で、我らの言葉にも真摯に耳を傾けておられました。何より前田殿の縦横無尽の武勇、岡殿の堅実な兵站、そして我が旧友・志賀親次の見事な采配……二階堂家の家臣団の結束と精強さには、心底感服いたしましたぞ」
宗茂はそう語ると、遠くで白拍子と陽気に舞い踊る前田利益や、広間の片隅に控える家臣たちの姿に目を細めた。
志賀親次は、かつて大友家中で宗茂とともに期待を背負った同輩であり、結果として大友家改易の引き金を引くことになってしまった男でもある。
暗愚な大友義統に比べれば、若く素直な行栄という主君に恵まれ、その才を遺憾なく発揮できている親次の姿に、宗茂も胸のつかえが下りたように安堵の笑みを浮かべていた。
俺はふっと相好を崩し、さらに宗茂の杯へ酒を注ぎ足しながら、悪戯っぽく笑いかけた。
「時に立花殿。大坂の大名屋敷で首を長くして待っておられる誾千代殿や四人のお子たちと再会するのが、今から楽しみで仕方ないのではござらんか?」
史実では不仲と別居が語られる二人だが、この世界線では夫婦仲は極めて円満そのもの。
戦の合間を縫って愛を育み、すでに四人の子宝に恵まれているのだ。
人質として大坂屋敷に入っている妻子の元へ帰る日を待ち望んでいたであろう宗茂は、俺の賑やかしに「あ、いや……」と言葉を詰まらせ、その端正な顔を耳まで真っ赤に染め上げて盃で口元を隠した。
「左京亮殿、からかわないでくだされ……。大坂の屋敷に戻った折には、まずはきつく叱られ、その後に温かく迎えられるのであろうと……そう思うと、面映ゆい限りです」
照れ隠しに一気に酒を干す宗茂の姿に、俺も思わず声を立てて笑ってしまった。
この男の家庭の温もりを守るためにも、くだらぬ権力闘争で日ノ本を割らせるわけにはいかない。
次いで俺は、東部衆の列に座る吉川広家の元へとさりげなく足を運んだ。
今年三十九歳、まさに武将として脂の乗り切った働き盛りの男である。
その精悍な面構えからは、毛利の両川体制の一方の吉川を一身に背負う気迫がみなぎっていた。
小早川隆景が没して以降、太閤殿下のご存命時から燻り続けている毛利一門の領地問題は、いまだ正式な決着を見ていない。
名護屋に向かう途中の広島城で、俺自身が三成と輝元に直接釘を刺しておいた一件を、当事者である広家に伝えて安堵させておく必要があった。
「吉川殿、ご帰還の大役、心より大儀にござった」
注いだ酒を前に、世間話の体裁を装いながら低く切り出す。
「時に吉川殿、出雲・伯耆の所領を巡る沙汰の件、ご安心めされよ。名護屋へ向かう道中、広島にて自分が毛利中納言殿(輝元)と石田治部にきつく言い含めておいた。毛利の強みは一族の結束にこそあり、五本の矢を束ねることこそが毛利家安泰の唯一無二の道であるとな。吉川の領地を安易に動かすことのなきよう釘を刺してあるゆえ、思い悩むことはござらぬ」
「……左京亮殿が、そのようなお口添えを」
毛利家中の主導権争いや政権中枢の思惑に振り回され、心中穏やかでなかった広家は、安堵したように深く息を吐き、頭を下げてきた。
だが、俺の狙いはそれだけではない。
さらに身を寄せ、斜め向かいの黒田長政が白拍子に気を取られているのを見計らって、広家の耳元へ囁きかけた。
「それともう一つ、肝に銘じておかれよ。本領安堵のお墨付きなどというものはな、真の総大将の花押が据えられていなければ、ただの紙切れに過ぎぬのだ」
「お墨付き、でござるか……? いえ、それがしはそのような約条を交わす心当たりなど……」
まだ見ぬ未来の事態を唐突に持ち出され、広家はますます混乱を深める。
俺はその困惑を意に介さず、冷徹な声音で歴史の教訓を突きつけた。
「かつて九州征伐の折、豊前の城井鎮房がどうなったかをお忘れか。黒田官兵衛から本領安堵を約束されて豊臣に降ったものの、結局は反故にされて国替えを命じられておる。豊前に居残って一旦は黒田の家臣となったが、最後は無残なものよ。中津城に呼び寄せられ、家臣諸共騙し討ちされて城井一族は根絶やしぞ。亡き太閤殿下の命で黒田長政殿自らの手で城井鎮房を斬り捨てたと聞く。……大将の花押なき空手形による誘いほど、乱世において当てにならぬものはござらぬぞ。決して呑まれるな」
広家の瞳が戦慄の色を帯び、盃を持つ手が微かに止まるのが見て取れた。
黒田父子の過去の残忍な騙し討ちの記憶と重ね合わされ、「本領安堵の甘言=黒田家の常套手段」という強烈な警戒心が、広家の脳裏に深く刻み込まれたのだ。
まだ起こりもしない事態をまるで見てきたかのように語り、自分すら知らぬ思惑を先読みして忠告してくる目の前の俺に対し、広家は底知れぬ気味悪さと畏怖を覚えているようだった。
世間で『東国の今元就』などと恐れられている俺の虚像が、この男の心に強烈な楔となって打ち込まれたらしい。
「……ま、まことに肝に銘じておきましょうぞ、左京亮殿」
深く頭を下げた広家の表情を見届け、俺は心の中で小さく頷いた。
——よし、これで後々黒田長政が家康の意を受けて甘言を弄してきても、簡単には呑み込めまい。
暗躍の確かな手応えを感じつつ、俺は笑顔を崩さぬまま、再び狂騒と喧騒の渦巻く広間の中へと杯を持って歩き出した。
<1599年 1月7日>
宴の翌日。
臼杵兵たちをねぎらい領地へと帰還させた後、俺は息子の行栄と前田利益を連れ、出征軍の諸将と共に京へ向かう段取りを整えていた。
しかし、一向に出発の号令がかからない。
聞けば、島津軍の出発が遅れているためだという。
一体何事かと島津の陣まで様子を見に行ってみると、そこには目を疑う光景が広がっていた。
「右だ! いや、そこは大きく蹴り出せ! 走れぇぇっ!!」
砂煙が舞う広大な陣のど真ん中で、島津義弘の三男・島津忠恒が、配下の者たちを数百人も動員して大々的に蹴鞠に興じていたのである。
いや、あれは「蹴鞠」と呼んでいい代物ではない。
雅に輪になってポンポンと鞠を蹴り上げる公家のお遊びとは対極にある。
敵味方に分かれて陣中の広場を駆け回り、猛烈な勢いで鞠を奪い合い、時に体を激しくぶつけ合いながら、定められた敵陣の奥深くへ鞠を蹴り込む——歴史知識チートを持つ俺の目から見れば、それはほぼ蹴球であった。
島津忠恒は無類の蹴鞠好きとして知られているが、聞けば朝鮮の戦場では満足に鞠を蹴る場所も相手も確保できず、すさまじい鬱憤を溜め込んでいたらしい。
日本に帰国し、ようやく重圧から解放された反動で、その不満を爆発させるかのように狂ったように走り回っている。
(……おいおい、ちょっと待て)
汗だくになって猛烈なダッシュを繰り返す忠恒の姿を呆然と眺めながら、俺の脳裏にふと昨夜の出来事が過った。
昨晩の博多での慰労の宴席。
主賓であるはずの島津父子がいつまで経っても現れず、料理は冷め切り、痺れを切らした加藤清正と小西行長が一触即発の睨み合いを演じるなど、会場全体が最悪のグダグダ感に包まれていたあの一件だ。
遅れて現れた島津義弘は「軍勢の着岸と負傷者の手配に手間取った」と深々と頭を下げていたが……。
(着岸の手配だの負傷者の手当だの殊勝なことを言っていたが、あれは絶対に嘘だな。昨日の宴に大遅刻したのも、港に着くなりこの男が我慢できずに蹴鞠を始めてしまったせいじゃないのか……!?)
父親の義弘が必死に息子の粗相を取り繕って頭を下げていた図を思い浮かべ、俺は確信に近い思いを抱いて深くため息をついた。
これから京へ上ろうという時に、どれだけマイペースなのだ。
俺たちの視線に気づいた忠恒は、悪びれる様子もなく傍若無人な態度でこちらを一瞥しただけで、再び「よぉし、繋げぇっ!」と叫んで荒ぶる蹴鞠に意識を戻す。
すると、陣の片隅でドカッと胡座をかき、愛刀の刃こぼれを布で拭い清めていた一人の武将が、ぬらりと立ち上がった。
島津義弘の甥であり、日向佐土原三万石の独立大名でもある島津豊久である。
配下たちがサッカーに熱狂する中、彼だけは全く興味がないらしく、一人だけ戦場の血生臭い空気を色濃く纏っていた。
「……待たせて、わりいこっでごわす」
豊久は低い声で言い、こちらへ歩み寄ってきた。
瞳孔の開いたようなギラギラした双眸が、俺と前田利益を射抜く。
「忠恒の奴は、泗川の戦で大層暴れ回ったはよかが、いざ戦が終わって暴るる場所がのうなり、血が激っておらるる。あの通りじゃっで、少しばかり待ってくいやんせ」
その背後で、前田利益が不機嫌そうに愛用の朱槍を扱きながら鼻を鳴らした。
「……随分と生意気な殿様ですな。いっそこの槍で、鞠ごと突いてやりましょうか」
その瞬間、豊久の纏う空気が一変した。
獰猛な獣が獲物を見つけたような、歓喜と狂気が入り混じった笑みがその顔に張り付く。
チャキ、と親指で刀の鯉口を切った。
「おお……? やるか? あんた、傾奇者で名高き前田利益殿じゃな? よか、よか。見事な傾きぶり、こん豊久めが相手になろう。俺の首、欲しかか?」
豊久は前傾姿勢になり、ギラつく瞳で利益を睨み据えた。
「ならば——おはんの首、置いてけ!」
豊久の剥き出しの殺気に対し、利益もまた嬉々として朱槍を構えかける。
「おん? こりゃ楽しくなってきましたな」
このままでは、出立前の陣中でとんでもない私闘が始まってしまう。
「ばっ、馬鹿者共! 槍を収めろ利益! 豊久殿も落ち着かれよ!」
俺は慌てて二人の間に割って入り、冷や汗を流しながら利益の朱槍を力づくで押さえつけた。
「殿軍の大役を果たし、異国で長年我慢を強いられていたのだ! 気が緩んで蹴鞠に興じるのも無理はなかろう! なぁ利益!?」
無理矢理に利益を引き剥がし、豊久から距離を取らせる。
向こうでは依然として「敵陣陥落ぞ!」と忠恒らの奇声が響き渡り、こちらは血気盛んな薩摩隼人と傾奇者が火花を散らしている。
——やれやれ、異国の地獄を生き抜いてきた戦闘狂共の相手は、つくづく骨が折れる。
俺は痛む胃をさすりながら、自陣へ戻るべく利益の背中を強引に押し出した。
利益と豊久の一触即発の睨み合いを力技で収めた後、俺は肩をすくめながら行栄と共に自陣の支度へと戻った。
それにしても、あの島津忠恒。
俺の歴史知識チートが正しければ、この男は関ヶ原の戦いの前年——つまり今年か来年に、島津家の筆頭家老である伊集院忠棟を手ずから斬り殺すはずだ。
原因は、今回の朝鮮出兵における兵糧問題である。
留守居役として領国を任されていた伊集院忠棟は、朝鮮への物資や兵糧の輸送を渋り、最前線で地獄を見ていた島津の将兵たちから凄まじい恨みを買っている。
もともと伊集院忠棟といえば、九州征伐の折に島津家を豊臣への降伏に導いた立役者であり、その後の太閤検地でも石田三成らに全面的に協力して都城八万石を直轄で与えられた、豊臣政権と極めてパイプの太い男だ。
石田三成にとっても、島津家を統制する上で最も頼りにしている腹心の一人である。
それだけに、島津家中では「豊臣に媚びを売って私腹を肥やす裏切り者」としてヘイトを集め続けていた。
その鬱屈した不満が爆発し、忠恒による伊集院暗殺へと繋がり、それが引き金となって伊集院一族が蜂起する『庄内の乱』が勃発する。
島津家はその反乱鎮圧に手間取り、結果として関ヶ原の戦いにおいて主力を派兵できないという致命的な状況に陥るのだ。
島津家のお家騒動なら勝手にやってくれればいいのだが、問題は場所だ。
反乱が起きる日向国は、我が二階堂家が治める豊後臼杵のすぐ隣である。
隣国で大規模な反乱が起きれば、豊臣政権から「隣国として鎮圧軍を出せ」と派兵の号令が掛かるのは火を見るより明らかだった。
冗談ではない。
朝鮮出兵が終わったばかりで、これ以上の無駄な出費や軍役は絶対に避けたい。
それに引退ライフへの資金が目減りしてしまう。
俺は伊集院忠棟とは面識がないため、直接忠告して凶行を止めることは難しい。
ならば、豊臣政権の中枢であり、伊集院忠棟と昵懇の仲である石田三成を経由して、それとなく警告を発しておくべきだろう。
文治派の三成なら、己の腹心である伊集院を護るため、法度と秩序を盾に何らかの介入や警告を試みるはずだ。
忠恒の暴走さえ未然に防げれば、庄内の乱は回避できる。
無用なトラブルを回避し、平穏な隠居生活をもぎ取るためにも先手必勝である。
そう心に決め、京へ向かう道中、俺たちは山陽道を東へと進む諸将の軍列と合流を重ねていった。
<1599年 1月下旬>
大坂へ向かう道すがら、俺は機会を見つけて石田三成の供回りに馬を寄せる。
「治部殿、少々よろしいかな」
馬上で書類に目を走らせていた三成は、視線だけをこちらに向けて短く応じた。
「……左京亮殿ですか。何用でしょう。京に戻り次第、太閤殿下の葬儀の段取りや上方各所の治安維持、さらには渡海衆の論功行賞の精査など、片付けねばならぬ政務が山積しております。手短に願いたい」
相変わらずの官僚気質全開である。
この男の仕事熱心さと能吏としての有能さは本物なのだが、人の感情の機微に対する配慮の欠如が、後の世でどれほどの悲劇を生むことか。
俺は手綱を握り直し、周囲の物音に紛れるよう声を潜めて切り出した。
「島津の御曹司……忠恒殿の件にござる。博多の陣頭で見せたあの鬱屈した荒れよう、治部殿も耳にされておられよう」
「ええ。陣中で蹴鞠紛いの乱痴気騒ぎを起こして出発を遅らせたと聞き及んでおります。大名としての自覚が足りぬと、いずれ厳重に注意せねばなりますまい」
「問題は蹴鞠そのものではござらぬ」
俺は険しい視線を三成に向け、確信を込めて告げた。
「あの男の鬱憤の矛先は、国元で補給を差配していた伊集院幸侃(忠棟)殿に向いております。島津の渡海衆が抱く怨嗟は尋常ではござらん。相手が誰であろうと手ずから斬り捨てかねぬ狂気を孕んでおりますぞ」
「……伊集院殿は、太閤殿下の命に基づき、領内の秩序維持と兵站の差配を厳格に執行したまで。落ち度などありはしませぬ」
三成の眉がぴくりと動く。
やはり腹心を庇う姿勢は崩さない。
「理屈はそうでありましょう。だが、地獄の戦場を生き延びてきた血気盛んな薩摩隼人どもに、官僚の理屈が通じると思われますか? 忠恒殿の怒りは理非を越えておりますぞ」
三成は馬を止め、じっと俺の顔を見つめた。
まさか他家の筆頭家老が主君の息子に白昼堂々斬殺されるなどという前代未聞の凶行を、この生真面目な男が即座に信じられるはずもない。
だが、俺がこれまで数々の政変や戦乱を予見し、手を打ってきた実績を知る三成は、頭ごなしに否定することもできなかった。
「……左京亮殿は、忠恒殿が私闘に及ぶとでも仰るのか。豊臣の法度を無視しての私闘など、断じて許されるものではない」
「法度で縛れぬからこそ武辺者は恐ろしいのです。伊集院家は島津の一門に連なる名族であり、幸侃殿の嫡男・忠真殿は義弘殿の次女である御下殿を娶っております。忠恒殿にとっても義理の弟にあたる間柄。それほど深く根を張った大勢力を相手に凶行に及べば、島津家を真っ二つに割る大乱に発展するのは火を見るより明らか。大事になる前に、治部殿から忠恒殿にきつく釘を刺し、同時に伊集院殿にも『決して忠恒殿と二人きりになるな、身辺を厳重に警戒せよ』と早馬で警告を発しておくべきかと存ずる。もし上方や領国で伊集院殿が討たれるようなことがあれば、日向一帯を巻き込む大戦乱となりましょう」
三成はしばらく険しい顔で押し黙り、やがて小さく息を吐いた。
「……分かり申した。忠恒殿の気性については私からも折を見て諫言いたしましょう。幸侃殿へも、万が一の警戒を怠らぬよう書状をしたためておきます」
「重畳にござる。豊臣の天下が揺らぎかねぬこの大事な時期、無用な火種は一つでも多く消しておくに越したことはござらぬからな」
ひとまず三成に強烈な警戒心を植え付けることには成功した。
これであの愚直な男が先手を打ってくれれば、忠恒の凶行も防げるかもしれない。
役目を終えた俺は、馬首を巡らせて息子の行栄と利益の待つ列へと戻った。
見上げれば、冬の澄んだ空の向こうに、権謀術数渦巻く畿内の山並みがかすかに見え始めていた。
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