1600-7 青松
<1600年 8月10日>
慶長五年七月二日。
武蔵を目指して東海道をひたすら行軍を続けた徳川家康の本軍が、ついにその本拠たる江戸城下へと到着する。
道中、俺と南御前の乗る輿は、伏見城下で鳥居元忠の配下から警固を引き継いだ水野勝成率いる手勢によって、前も後ろもガチガチに固められていた。
表向きは「天下の奥羽征伐の先導役たる貴客の手厚い護衛」という触れ込みであったが、その実態が逃亡を防ぐための厳重な軟禁であることは、見送る街道の民百姓にすら一目で知れる物々しさであった。
輿の簾を指先でわずかに持ち上げ、外の町並みを覗き見る。
江戸の地を踏むのは、天正十八年(1590年)の小田原征伐の折、俺が二万の軍勢を率いて湯島天神に陣を敷いて以来、実に十年ぶりのことであった。
後世において「家康公が入城する前の江戸は、一面を葦で覆われた荒れ果てた寒村に過ぎなかった」などと語られることがあるが、それは徳川家の手柄を過大に見せるための喧伝である。
だが――そうした修飾を差し引いても、目の前に広がる現在の光景は、俺の知る十年前の江戸とは明らかに別物だ。
徳川家康が小田原征伐後にこの地を拝領してから十年。
二百五十五万石の主がその財力と人力を惜しみなく注ぎ込んだ大土木普請の成果が、視界の隅々にまで遺憾なく表れている。
かつて日比谷の入り江であった湿地帯には膨大な土砂が投入されて埋め立てが進み、碁盤の目のごとき武家屋敷街の町割りが着々と広がりつつある。
城の防衛と物資輸送を兼ねた道三堀などの大堀割が切り開かれ、運河には軍需物資や糧米を山積みにした荷船がひっきりなしに行き交っている。
城下町には京や堺にも引けを取らぬ大店が立ち並び、諸国から集まった職人や商人、武士たちの放つ喧騒が、熱気となって淀むほどに立ち込めていた。
(……元々あった要衝の地に、これほどの規模の大普請を重ねてくるとはな)
太田道灌が築いた堅牢な軍事拠点と港湾のポテンシャルを徹底的に利用して、粘り強い土木工事によって巨大要塞都市へと急速に江戸を昇華させる。
その統率力と普請への執念には、素直に舌を巻かざるを得ない。
この規模の都市を抱え、関東二百五十五万石の動員力を誇る徳川家康を敵に回すとなれば、並大抵の軍略では太刀打ちできぬという現実を、街道の土埃越しにまざまざと見せつけられた思いであった。
やがて、軍列から外された俺たちの輿は、江戸城の直前で南へと進路を変える。
連れて行かれた先は、城内の座敷牢でもなければ、吹き曝しの武家長屋でもない。
愛宕山の麓に静かに佇む禅寺の青松寺であった。
文明八年(1476年)、江戸城を築いた太田道灌が、雲岡舜徳を招いて創建した名刹である。
寺域を取り囲む青々とした松の巨木が、真夏の刺すような陽光を遮り、境内には深山幽谷を思わせる冷涼な静けさが満ちていた。
「ほう……愛宕の青松寺か」
輿を降り、山門を見上げながら俺が呟くと、水野勝成が馬首を巡らせ、配下の兵たちに鋭く下知を飛ばして寺の周囲を瞬く間に固めさせた。
「左京亮殿、ひとまずはこの寺にて旅の埃を落としてくだされ。内府様が出陣の刻限を定めるまで、ここで大人しくしていてもらわねば困りましてな」
相変わらず猛虎の如き獰猛な気を纏いながら、水野勝成は不敵に笑って見せた。
宿舎にこの寺を選んだ徳川家康の意図は、痛いほどによく分かる。
青松寺は曹洞宗の寺院だ。
そして、我が二階堂家の本領たる須賀川の菩提寺・長禄寺もまた、同じ曹洞宗の名刹である。
俺と南御前は、徳川家康にとって「奥羽・下野の軍勢を抑え込むための最重要の人質」であると同時に、「もし無礼な扱いをしてその身を危うくすれば、百万石が即座に火を噴く劇薬」でもあった。
罪人のように薄汚い長屋に閉じ込めれば、宇都宮の盛隆や岩城の盛行が激怒して徳川との手切れを決断しかねない。
かといって、城下を自由に歩かせるわけにもいかない。
ゆえに、二階堂家と縁の深い曹洞宗の格式高き名刹をあてがい、丁重に遇しているという体裁を取り繕いながら、水野勝成の手勢で厳重に包囲して軟禁する――。
相手の顔を立てつつ、逃走の隙は寸毫も与えない。
いかにも外交面でも百戦錬磨な徳川家康が考えそうな、嫌味なほどに周到な政治的配慮であった。
寺に入ってから数日が過ぎる。
水野勝成の敷いた警戒網は物々しい。
寺の周囲には常に番衆が目を光らせ、門前を通る町人や僧侶の出入りすら厳しく詮議されている。
城下から漂ってくる喧騒とは裏腹に、寺の内部は不気味なほどの無音の世界であった。
大坂や伏見で何が起きているのか。
奥羽の伊達政宗や、下野の小山・宇都宮に布陣しているはずの息子たちがどう動いているのか。
徳川方の徹底した情報統制により、外部の報せは一切届かない。
まるで、時間が止まってしまったかのような、完全な隔離状態であった。
だが、そんな重苦しい閉塞感など、我が妻には何一つ通じないらしい。
「――フッ! セイッ!」
七月上旬の昼下がり。
蝉時雨が降り注ぐ青松寺の境内に、空気を鋭く引き裂く凄まじい風切り音が木霊していた。
本堂の前の白砂の上で、白羽二重の鉢巻を締め、たすき掛けをした南御前が、愛用の薙刀を一心不乱に振り抜いていた。
今年で五十九歳を迎える我が妻だが、百七十センチを超える引き締まった長身と、背筋を凛と伸ばした立ち姿の威厳は昔のままだ。
刃先が弧を描くたび、鋭利な刃風が白砂を巻き上げ、真夏の熱気を切り裂いていく。
彼女の放つ殺気は、六十手前の老女のそれとは到底思えない凄絶さだ。
「ひ、ひぃ……」
「な、なんなのだ、あの鬼ババアは……」
境内の隅で監視に当たっていた水野隊の番衆たちが、顔面を蒼白にして震え上がり、遠巻きに後ずさっていく。
南御前が薙刀の切っ先をぴたりと静止させ、ギロリと細めた双眸で番衆の群れを睨み据えると、若い足軽などは腰を抜かしかけて槍を取り落としそうになっていた。
軟禁されてやることがないからと、退屈しのぎに始めた薙刀の稽古であったが、見張りの兵たちを精神的に痛めつけるにはこれ以上ない威嚇となっていた。
「阿南、それくらいにしておけ。見張りの若侍どもが泡を吹いて倒れてしまいそうだぞ」
本堂の縁側に腰を下ろしていた俺が苦笑いしながら声をかけると、南御前はフンと短く息を吐き、薙刀を石突から地面へと下ろした。
額の汗を手ぬぐいで拭いながら、長い足を大股に運んで縁側へと上がってくる。
「揃いも揃って軟弱な腰抜けばかりよ。こんな腑抜けどもを幾万集めたところで、奥羽の兵の敵ではないわ」
荒い息ひとつ乱さずに言い放ち、南御前は俺の隣にスラリと腰を下ろした。
俺が急須から湯呑みに注いでおいた冷たい茶を差し出すと、南御前はそれを受け取り、喉を鳴らして一気に干した。
「それにしても、夫殿」
空になった湯呑みを縁側に置き、南御前が声を落として呟いた。
その切れ長の瞳に、先ほどまでの荒々しい気迫とは異なる、母としての、そして一門の重鎮としての深い憂慮の色が宿る。
「外の様子を尋ねても、水野勝成も番衆どもも貝のように口を閉ざして何も言わぬ。……須賀川の盛宗や、宇都宮の盛隆は、今頃うまくやっておるのであろうな」
我が子や孫たちの顔を思い浮かべているのだろう。
下野の小山城には盛隆の先発隊一万、宇都宮城には盛隆本隊と盛宗らが集結しているはずだ。
目と鼻の先で、徳川の大軍と対峙しているはずの身内を案じるのは、母として当然の情であった。
俺は空になった南御前の湯呑みに再び茶を注ぎ足し、松の梢を渡る風を見上げながら、穏やかに首を横に振った。
「案ずるな、阿南。あいつらは儂らが思っている以上に抜け目なく、したたかに育っておる。小山城に盛隆の先発隊、宇都宮には盛宗、そして磐城の勿来関には盛行が陣を敷いておるはずだ。徳川が頼朝公の故事に倣った大軍を号していようと、そう容易く抜ける布陣ではない」
大坂城の軍評定で井伊直政が読み上げた「二十八万四千騎」という途方もない数字。
あれは決して、単なるハッタリの絵空事ではない。
毛利輝元、宇喜多秀家、長宗我部信親ら西国諸大名をはじめ、豊臣秀頼の威光の下に集められた諸将がそのまま東国へ押し寄せてくれば、実際にそれぐらいの動員数にはなるであろう。
奥羽を圧殺し得る陣立てであった。
だが、その大軍の半分を占める西国の大名たちこそが、徳川家康にとっての誤算。
小山方面へ向かう瞬間に、ガラ空きとなったその後背を焼き払う火種となる。
徳川直率の兵や東軍諸将の兵力は十数万に留まり、奥羽の戦力とも均衡状態に陥るであろう。
実数としても虚勢としても、徳川家康が天下へ誇示するその威圧感の裏にある脆さを、我が鋭敏な一門が見抜けないはずもなかった。
俺は南御前の肩にそっと手を置き、言いきかせた。
「状況は水面下で確実に動いておる。徳川内府が下野へ向けて出陣するその時まで……今はただ、この静寂を味わいながら、のんびり待とうではないか」
俺の言葉に南御前はしばらくじっと庭の白砂を見つめていたが、やがてふっと口元を緩め、小さく頷いた。
「……そうだな。焦ったところで何が変わるわけでもなし。夫殿がそう言うのなら、今は茶でも飲んで待つとするか」
青松寺の静まり返った境内に、蝉の声だけが絶え間なく降り注いでいた。
そこへ一陣の風が吹き抜け、青々とした竹林をさわさわと涼しげに揺らしていく。
西からそっと届いたその風は、真夏の昼下がりとは思えぬほど心地よく頬を撫でたが、その清涼さの奥底には、いずれ天下を二分する巨大な嵐の胎動が確かに潜んでいた。
やがてすべてを呑み込む大嵐が、すぐそこまで迫っている。
俺は嵐の前にしか訪れぬこの濃密な凪の時間をただ静かに味わうべく、冷えた茶の心地よい苦味を舌先で転がした。
<1600年 8月20日>
慶長五年七月十二日。
愛宕下の青松寺に俺たちが押し込められてから、十日が過ぎた。
水野勝成の手勢による包囲と警戒はいまだ厳重を極め、城下の風聞や外からの報せは一切届かない。
だが、この深い静寂は、徳川の奥羽征伐の陣立てが予定通りに淡々と、そして着実に進んでいるがゆえの静けさであろう。
そんな折、昼下がりの静まり返った境内に、突如として怒声と騒ぎが巻き起こった。
「――放せ! 無礼者、儂を誰と心得る! 下ろさぬかッ!」
「これこれ、景気のいい悪童でござるな。寺の床下に潜り込んで何をしておったのか」
本堂の廊下の向こうから、聞き慣れた豪快な笑い声とともに一際大きな足音が近づいてくる。
現れたのは、我が義息にして天下無双の傾奇者――前田利益であった。
その二メートル近い巨躯を揺らす利益の右腕には、襟元を無造作に鷲掴みにされ、子猫のように宙吊りにされた一人の少年がぶら下がっていた。
年は十歳かそこら。
着ている小袖こそ上等な絹地であったが、あちこちに土や枯れ草がこびりつき、髪も汗と埃でぐしゃぐしゃに乱れている。
だが、前田利益の巨腕にぶら下げられ、足をじたばたと空に泳がせながらも、その少年に怯んだ様子は見られない。
それどころかギラギラとした野獣のような眼光で前田利益を、そして縁側に座る俺と南御前を睨みつけていた。
「利益、何事だ。その小僧は如何した?」
俺が声をかけると、前田利益は襟元を掴んでいた手を解き、捕まえた獲物を庭の白砂の上へと転がして、一礼してくる。
「義父殿、驚かせてしまい申し訳ござらぬ。境内の見回りをしておりましたところ、本堂の縁の下に怪しい気配がございましてな。この小僧が息を潜めてこちらを覗いていたゆえ、手を入れて引きずり出しました。寺の裏手にある生垣が小さく破れておりましたゆえ、そこから潜り込んできたようですな。外の見張りどもは誰一人として気づいてない様子」
「覗いてなどおらぬ! 儂は堂々と見聞に参ったのだ!」
少年は地面に尻餅をつくや否や、跳ね起きるように立ち上がり、胸を反らせて仁王立ちになった。
着物を乱暴に払い、尖った顎を突き出して俺たちを見据えてくる。
「何を見聞しに来たというのだ、小僧」
「決まっておろう! この寺に、天下を乱す奥州の『大天狗』と、人を食い殺す『鬼御前』、それに『大ふへん者』なる大男が閉じ込められておると城中の小姓どもが噂しておったゆえ、どんな面構えの化け物どもなのか見に来てやったのだ!」
そう言い放つと、少年はずかずかと縁側へ歩み寄り、俺の顔をまじまじと覗き込んできた。
「……おい。お前がその大天狗か? なんだ、鼻が長くないではないか」
「当たり前であろう。俺はただの人間だ。……それに誰が大天狗じゃ」
人を食い殺す『鬼御前』は、まあ隣で薙刀の手入れをしている南御前のことだろう。
先日の稽古で番衆たちを震え上がらせていたからな。
そして『大ふへん者』は、前田利益の前立て(武辺者/不便者)のことだ。
だが――『大天狗』とは何だ。
よりによって日ノ本を股にかける大妖怪扱いとはどういうことだ。
(なぜだ……。なぜ俺が陰で大天狗などと呼ばれておるのだ……)
二階堂盛義といえば、温厚篤実で争いを好まず、義理と人情を重んじる良識派の武将として天下に知れ渡っているはずではないのか。
思えば、これまでも不本意なあだ名は数々頂戴してきた。
若かりし頃の『須賀川の麒麟児』あたりまではまだ可愛げがあったものの、その後はいったい何だ。
敵陣を力づくで粉砕したと誇張されてついた『岩瀬の陥陣営』。
相馬盛胤との死闘を揶揄され、南御前にまでからかわれた『仙道筋の餓狼』。
一代で勢力を広げた事績とチート知識による立ち回りからいつの間にか広がってた『東国の今元就』。
果ては豊後で地震を当てただけで、百姓どもから拝み倒された『サンタ・モリヨシ大明神』……。
牛から麒麟、高順、狼、謀聖、果てはキリシタンの聖人まで、時代と場所を経るごとに妙な二つ名ばかりが増えてきたが、ここへ来て――『日ノ本を股にかける大天狗』だと?
大天狗といえば、かつて平清盛や源頼朝を翻弄し、源平の争乱を裏で操りまくって天下を引っ掻き回したあの後白河法皇が、源頼朝から「日本第一の大天狗」と罵倒されたのがあまりに有名だ。
だが、俺があの希代の治天の君よろしく、いつ天下を股にかける権謀術数を弄したというのか。
こちらは滅びの運命を避けたい一心で、知っている歴史の知識を頼りにバタバタと予防線を張ってきた小心者に過ぎない。
それなのに、本物の大天狗の後白河院と同じ枠に放り込まれるとは心外極まる。
山奥で妖術を操る化け物扱いされた上、日ノ本全土を股にかける大妖怪とは、我が事ながら嘆かわしいにも程があろう。
俺があまりの理不尽さに内心で打ちのめされていると、目の前の少年はふんぞり返って自ら名乗りを上げた。
「儂の名は辰千代! 徳川家の男子である!」
辰千代。
徳川家康の六男。
母の身分が低く、面魂が幼き頃の松平信康に似ていた為に「鬼子」として徳川家康から忌み嫌われ、江戸城の奥で冷遇されていると聞く、不遇の御曹司である。
確か昨年、亡くなった弟の松千代の代わりに長沢松平家の名跡を継いでいたはず。
その辰千代が、尖った眼光で俺たちを値踏みするように見回している。
そのふてぶてしい面魂をじっと見つめていた南御前が、忌々しそうに眉根を寄せ、心底うんざりしたような顔で吐き捨てた。
「……なんじゃ、その小賢しい目つきは。まるで、杉目の城で初めて顔を合わせた時の政宗(梵天丸)のようではないか」
「おいおい、阿南。まただいぶ懐かしい話を持ち出すものよ」
「思い出さずにおれるか。挨拶もせぬうちから『家臣の分際で、なぜ膝をつかぬ!』と喚き散らして其方を睨みつけてきた、あの生意気極まる甥っ子の幼き頃の面構えそのものよ。……徳川の家中にも、このような可愛げのない餓鬼がおったとはな」
南御前の苦々しい愚痴に、辰千代はカッと目を見開き、不服そうに噛みついてきた。
「政宗だと!? 知っておるわ、奥州の独眼竜だろ! あんな奴、父上にかかれば一捻りだ!」
鼻を鳴らし、意気軒昂に言い放つ辰千代。
南御前の放つ圧倒的な威圧感を前にしても、この小僧は一歩も引かずに言い返してきた。
普通の武士なら腰を抜かすところだというのに、大した肝の据わりようである。
すると、南御前が持っていた薙刀を縁側に預け、すっと立ち上がった。
白砂を踏みしめ、大股で辰千代の前へと歩み寄る。
百七十センチを超える長身の影が、九歳の少年の全身をすっぽりと覆い尽くした。
南御前は氷のように冷え切った眼差しで、辰千代を見下ろした。
「小僧。……そなた、己が何をしでかしたか、分かっておるのか」
低くハスキーな、地を這うような声音。
辰千代はびくりと肩を揺らしたが、負けじと顎をしゃくって睨み返した。
「な、なんだ! 儂は徳川家康の息子だぞ! 文句があるなら父上に言え!」
「内府の息子だと? ……それがどうした」
南御前の一喝は、境内の松の梢を震わせるほどの重みを持っていた。
「そなたが城を抜け出し、生垣の破れ目から忍び込んだ真似が、もし外の見張りどもに見咎められていたらどうなっていたか、考えたことはあるのか? 此処の警護を預かる水野勝成は苛烈な武辺者。そなたが境内に侵入したと知れれば、見張り役の兵どもは『警備を怠った』罪で、弁解の余地もなく首を刎ねられておったのだぞ」
「な……っ」
「己のつまらぬ好奇心と我儘のために、咎なき身内の兵を死地に追いやる。それが人の上に立つ武士のすることか! ……己の立場に甘え、他人の命の重みも弁えぬその浅ましさ、性根が腐っておるわ!」
苛烈を極める叱責であった。
普段、父・家康から冷たく無視されるか、周囲から腫れ物のように扱われてきたであろう。
辰千代にとって、真正面から己の至らなさと「武士としての責任」を叩きつけられたのは生まれて初めての経験なのでは?
辰千代は顔を真っ赤にし、唇をわなわなと震わせたが、南御前の放つ凄まじい気迫の前に、言い返す言葉を見つけられずに立ち尽くしている。
「……まあよい、阿南。そこまでにしてやれ。まだ九歳の子供だ」
俺が割って入ると、南御前はフンと短く息を吐き、薙刀を拾ってさっさと具足蔵の方に行ってしまう。
俺は縁側から辰千代を手招きし、茶碗と、盆に乗せた色鮮やかな干菓子を差し出してやる。
軟禁中とはいえ、奥羽を刺激して爆発させまいと気を遣う江戸城から、機嫌伺いとして届けられていた上方仕込みの上等な落雁や金平糖である。
「辰千代君、座りなさい。喉が渇いておろう」
辰千代はなおも悔しそうに南御前の去っていく後ろ姿を睨みつけていたが、やがて気まずそうに目を逸らし、恐る恐る縁側へと上がってきた。
差し出された茶を一気に飲み干し、菓子をひっ掴んで乱暴に口に放り込む。
「……美味いな、これ。城のやつより上等だ」
「そうであろう。そなたの父君が届けてくださった菓子でな。ところで辰千代君、城の大人たちは今、どんな様子なのだ?」
俺が世間話のように水を向けると、辰千代は説教のショックを振り払うかのように、口の周りに粉を散らしながら得意げに喋り始めた。
「父上も城の大人どもも、奥羽征伐の話ばかりだ! 父上は『越後の伊達成実など、加賀の前田の軍勢と、信濃の蒲生や真田らの軍勢で春日山城を囲ませれば干からびる』と笑っておったぞ!」
「ほう……」
「それに水戸の佐竹も海沿いに北へ押し出す手筈だ! 兄上も近々、先陣三万を率いて下野へ発進する! 父上の大軍が小山へ着けば、奥州の伊達などひとひねりだと皆が言っておるぞ!」
辰千代が城内で聞きかじった大人たちの軍議を、自慢げにペラペラと喋り散らかす。
俺は菓子を咀嚼する少年の姿を見つめながら、頭の中で静かに盤面を組み直していた。
(……なるほどな。すべて当初の陣立て通り、滞りなく進んでいるわけだ)
辰千代の口から出た言葉には、上方の不穏な動きを示す兆候は一切なかった。
越後では春日山城を守る伊達成実の一万五千に対し、越中国境の親不知まで前田利長の二万五千が出張り、信濃国境の川中島に蒲生秀行と真田昌幸らの一万が展開して包囲の構えを取る。
そして下野・南奥の正面では、小山城の守備に二階堂の手勢一万、宇都宮城に盛隆ら三万、海道筋の磐城勿来関に盛行の一万が迎撃の布陣を固め、その後方から伊達政宗率いる奥羽本軍八万が一気に南下してくる手筈だ。
対する徳川軍は、結城秀康の先陣二万と、秀忠の中軍三万、家康の後備え三万、それにすでに江戸到着済みの豊臣譜代の軍六万を合わせて十四万。
それに常陸太田城の佐竹が二万。
(越後の成実なら、親不知の険隘と信越国境を巧みに使って前田と信州勢を釘付けにしてくれるはずだ。そして下野では、盛隆と盛宗、盛行の防衛線が政宗の本軍と合流すれば、徳川の本軍十四万をガッチリと受け止められる……)
予定通り、奥羽鎮守府と二階堂の鉄壁の防壁によって、徳川の大軍は下野の野に足止めを食らうことになる。
戦局は俺の想定通りに極めて順調に推移している。
安堵の息を静かに吐き出す。
「おい、大天狗。何をニヤニヤしておるのだ」
菓子を平らげた辰千代が、まだどこか尖った目で俺の顔を覗き込んできた。
南御前に叱り飛ばされて縮こまりつつも、その眼光の奥には、父に愛されず、誰からも期待されずに育った者にしか宿らない、鋭利な牙と飢餓感がギラついている。
だが、この反抗心とふてぶてしさは、凡百の貴公子には決して持ち得ぬ天性の器量だ。
(……良い面魂をしておるな。松平忠輝)
史実ではその奔放さと鬼子としての不吉を疎まれ、大坂の陣の後に改易・配流の憂き目に遭った悲運の武将。
だが、この規格外の野性とエネルギーを、狭い江戸城の中で腐らせておくのはあまりにも惜しい。
(俺が育てれば、とんでもない大物に化けるかもしれんな……)
思えば政務軍略に忙しすぎて、手ずから息子や娘たちには教育を施す機会をことごとく逸してきた。
すでに子らは皆成人し、それぞれの道を歩んでいる。
隠居したら暇になるだろうから、この童を鍛えて一角の武将に育て上げるのも面白いかもしれん。
プロデューサー気質のような奇妙な熱が、胸の奥でふつふつと疼くのを覚えた。
「辰千代君、そなたは源九郎判官の武勇伝はお好きかな?」
唐突な問いかけに、辰千代は「あ?」と不審そうに片眉を吊り上げた。
「九郎判官? 源義経のことか? 知ってるに決まってるだろ! 馬で崖を駆け下りて平家を蹴散らした、すげえ大将だ! 俺だってそれくらい知ってるわ!」
「そうであろうな。では、その源義経がどこで力を蓄え、それほどの武者になったか知っておるか?」
俺は茶を啜り、中庭の青々とした木立に目をやりながら、穏やかな声音で語りかけた。
「源義経は幼き頃、遮那王と名乗って京の鞍馬山に閉じ込められ、ただの寺小姓として生涯を終えるはずであった。……だがな、かの御仁は狭苦しい山を抜け出し、金売り吉次に連れられて、はるか奥州平泉へと下ったのだ」
「奥州……平泉?」
「そうだ。源義経はな、奥羽のどこまでも広大な山河を馬で駆け巡り、厳しい自然の中で己の武勇と胆力を限界まで磨き上げた。奥羽の大地で力を蓄えたからこそ、都の平家をことごとく打ち滅ぼすほどの天下無双の将となったのだ」
辰千代は目をしばたたかせ、俺の言葉に引き込まれるように耳を傾けていた。
俺は身を乗り出し、少年のギラつく瞳を真っ直ぐに見据えて薄く笑ってみせた。
「どうだ、辰千代君。江戸の城など息が詰まって退屈であろう。……そなたもここを出て、奥羽へ来てみぬか? 奥羽は山も川も広いぞ。そなたのような暴れ馬が駆け回るには、もってこいの場所よ」
「な……っ!」
辰千代は一瞬、眩しいものを見るように息を呑んだが、すぐにカッと顔を赤らめ、気色ばんで立ち上がった。
「ば、馬鹿を申せ! 誰が奥州の田舎などに! 大天狗の戯言など聞くものか!」
辰千代はそう吐き捨てて立ち上がると、ふいに縁側に立てかけられていた木刀を無造作にひっ掴んだ。
そして切っ先を、柱の傍らで腕組みをしていた前田利益へとピタリと突きつける。
「それよりも大男! お前のその『大ふへん者』が真か偽りか、儂が試してやる! 相手をせよ!」
「ほう?」
前田利益は太い眉をわずかに動かし、獰猛な笑みを浮かべた。
その辺に転がっていた手頃な竹箒を片手で軽々と拾い上げると、白砂の庭へと飛び降りる。
「良き度胸の小僧っ子だわい。手加減など野暮な真似はいたし兼ねるが、よろしいかな?」
「望むところだッ!」
辰千代は白砂を蹴立てて果敢に突進した。
九歳とはいえ武門の家である徳川の血を引く男子、鋭い踏み込みから渾身の唐竹割りを繰り出す。
だが――前田利益の竹箒がほんの軽く払われた瞬間、辰千代の小さな身体は紙屑のように宙を舞い、白砂の上へと派手に転がされた。
「ぐっ……!」
おそらく江戸城の稽古では、指南役や近習たちが怪我をさせまいとへっぴり腰で受け止め、わざとらしく負けてみせていたのだろう。
だが、この二メートル近い巨漢が手加減などするはずもない。
痛烈な衝撃に砂まみれとなりながらも、辰千代は泣き言一つ漏らさず、むしろ獰猛な歓喜の光を瞳に宿らせていた。
「あははっ! 吹き飛ばされた! ……もう一丁だッ!」
「まだまだ腰が浮いておるのぉ」
跳ね起きては斬りかかり、払われては転がり、また泥だらけになって笑いながら突っ込んでいく。
天下無双の傾奇者が振るう容赦のない風圧に、辰千代は完全に夢中になって挑みかかっていた。
その白熱した稽古風景を縁側から見守りながら、俺は思わず小さく吹き出し、心中で独りごちた。
(……やれやれ。もしこの光景を、結城秀康が見たらどう思うだろうな)
天正十四年の手取川合戦で十四歳の初陣を飾って以来、佐々成政を討ち取った前田利益の武勇に雷を打たれ、ずっと焦がれるような憧れを抱き続けてきたあの生真面目な兄である。
五月に伏見城へ登城した折、少年のように目を輝かせて前田利益に熱っぽい敬慕を語りかけていた結城秀康が、城の奥で冷遇されている弟がその憧れの豪傑と砂まみれになって無邪気に打ち合っている姿を見たら――間違いなく、ものすごく羨ましがって複雑な顔をするに違いない。
何度も白砂に転がされ、肩で激しく息を乱しながらも、辰千代はなおも木刀を構え直した。
だが、その時、寺の鐘楼からポーンと昼下がりの鐘の音が響き渡る。
その澄んだ余韻を耳にした瞬間、辰千代はハッと我に返ったように目を見開き、慌てて空を見上げて日の高さを確かめる。
「……しまっ、もうこんな刻限か!」
「おや、もう終いかね?」
前田利益が竹箒を肩に担ぎ、からかうように片眉を上げる。
辰千代は悔しそうに歯噛みしながら、額の汗と砂を腕で乱暴に拭った。
「まだまだやりたいに決まっておろう! だが、もう戻らねば、傅役の皆川の爺いが気づく刻限なのだ。……あの爺い、儂を腫れ物扱いするばかりで反吐が出るが、もし抜け出しを父上に告げ口でもしたら……それこそどんな折檻を受けるか分からんからな」
憎々しげに吐き捨てつつも、父親への生々しい恐怖を覗かせる辰千代の言葉に、俺は内心で思わず苦笑を漏らした。
(皆川の爺い、皆川広照か……)
面識こそないが、その名は記憶にあった。
かつて下野の皆川城から奴を叩き出し、所領を奪って追放したのは他ならぬ俺自身だからだ。
旧領回復を願って小田原の北条氏を頼り、その人物を北条氏政に見透かされて嫌われ、最後は徳川家康に拾われて辰千代の守り役に収まった男。
徳川家康の機嫌を損ねまいと、不遇の鬼子を腫れ物のように扱い、事なかれ主義で日々をやり過ごしている皆川広照の小心な姿が、ありありと目に浮かぶようであった。
「……また来るぞ、大天狗!」
辰千代は木刀をぽんと白砂に投げ捨てると、俺を見据えてふんと鼻を鳴らした。
そして前田利益に向き直り、ニヤリと笑ってみせる。
「大ふへん者、次は必ず一本取ってやるからな!」
そう言い残すと、辰千代は身軽な動きで裏手の生垣へと駆け戻り、破れ目からするりと潜り抜けて、音もなく江戸城の方角へと消え去っていった。
「……ふふ。悪童ながら、なかなかに引き際を弁えた利発な小僧でござるな」
その背中を見届け、前田利益は独り言のように短く呟くと、竹箒を縁の下に戻し、再び何事もなかったかのように槍を立て直して本堂の警固へと戻っていった。
嵐の前の青松寺に、再び静寂が戻ってきた。
辰千代との思わぬ出会いはあったが、すべては予定通りに進んでいる――この時の俺は、まだそう信じて疑っていなかった。
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