小さな母親
「かあちゃん!かあちゃん!」
どこからか幼い男の子の
叫び声が聞こえる。
あれ以来始めて聞く
まともな人間の声だ。
行ってみると、男の子は、
焼けて炭のようになった
家の前を行ったり来たりしがら
泣きわめいていた。
そしとすぐ近くまでに
炎の波が迫っているのがみえた。
あさひは空襲のときを思い出した。
たくさんのひとが、
いきなり引き返してきたかとおもうと、
一瞬にして炎に飲まれてしまったのを。
あの子もそうなってしまう!
あさひは急いで
男の子の手をひいて、
とにかくその場を離れた。
男の子とあさひは、
大きな木の下に座った。
泣きつづける男の子に、
あさひはそっと言う。
「泣かないで。お母ちゃんはここよ」
あさひは母親になりきってみたが、泣き止まない。
「いいこにして。ね?」
あさひは
呉の空襲を再び思い出した。
たしかあのあと、
荷物ぐるまに乗せられて、母親と一緒に広島に向かった。
その時に母は、
なにかを聞かせてくれた…
「子守唄・・・」
つぶやくと、
泣きつづける男の子を
膝にのせ、抱き、子守唄を歌った。
木の周りには、
たくさんの人が集まっていたが、
ほとんど死んでいた。
小さな母親の歌声は、
ずっと続いた。
その声は次第に弱くなる。
男の子の泣き声はいつの間にかやんでいた。
そして息を引き取っていた。
それでもあさひは歌いつづけた。
かぼそく、
消えそうな声で。
目はうつろだった。
ひとしきり歌い終わると、
「お母ちゃん……」
と呟き、また歌い始めた。
かすれた歌声もやがて消えて、あさひは横たわる。
「……………………」
あさひは
再び目を開けることも、
歌を歌うこともなかった。




