第4話・油断大敵、慢心ダメ絶対
「南方より魔族の部隊が接近中! 至急遊撃隊は向かわれたし!」
その報告を受け、フィリアは自室で軍服の襟を正した。
杖の先端に取り付けた刃を確かめ、緩みがないよう締め直す。
準備はできた……あとは部隊を率いて出るだけ。
なのに部屋を出ようとしたところで、あの言葉が浮かんだ。
『君の協力が不可欠になるが』
3日前。
カフェで向けられたあの手を、まだハッキリと覚えている。
『なぜ、私なんかの協力が必要なんでしょうか』
『君は望まず送られたこの地で、君なりに誠意を尽くして街のために働いてきた。だからこそ、もうわかっているはずの答えだよ』
問い返しても、ラインは笑みを崩さなかった。
『僕からはあえて教えない、だが断言しよう。3日以内に……君はその真実に辿り着く』
––––その3日目が、今日だった。
結局何もわかっていない。
今日が終わっても同じなら、やはり信頼に値しないホラ吹きの参謀将校だったと思うことにしよう。
フィリアは杖を手に、扉を開けた。
いつもの軍服が、心なしか肌に馴染まない。
袖を引いて直しても、その感触は残った。
今回は小規模な襲撃との報告だった。
率いるのは約30名。
車両へ乗り込み、南側の防衛線へ向かう。
窓の外には、店を開ける人々の姿があった。
軍の車両を見ても、声を掛けてくる者はいない。
嫌われているのは知っている。
この地への赴任だって、自分が望んだことではなかった。
そこは、あの人の言う通りだ。
それでも自分は、この街を守りたい。
ここで暮らす人々を、本気で大事に思っている。
ならば、成すべきを成すだけ。
答えを考えるのは後だ。
今は、目の前の職務を果たさなければ。
「第一防衛ラインは突破されています! 敵は第二ラインへ進出中!」
到着するなり、兵士が駆け寄ってきた。
車を降りると、住宅の間を進むゴブリンたちが見える。
また同じ場所まで押し込まれたのか。
だが、今度は対処できる。
「積んできた剣をこちらへ! 道の正面を空けてください!」
兵士から受け取った剣を宙へ浮かべる。
住民と味方がいないことを確認し、道を埋める敵へ剣先を向けた。
「––––『レイドブラスト』!!」
爆音と共に剣が飛ぶ。
先頭のゴブリンを貫き、後続まで一直線に薙ぎ払った。
––––ドォンッ––––!!!
次の剣は建物の間へ。
回り込もうとした敵が、盾ごと弾き飛ばされる。
以前なら、住宅の近くでこんな戦い方はできなかった。
忌々しいことに、教えてくれたのはあの男だ。
……だからといって、使わない理由にはならない。
軍人として、有効なものは使う。
それだけのこと。
「敵部隊、撤退していきます!!」
敵が退いていく。
こちらには、まだ剣も魔力も残っていた。
余裕の迎撃……。
今の私なら守れる。
もう、あんな醜態を晒すこともない……!
「追撃! もっと前へ上がります!」
「小隊長! ここから先は魔導砲の射程圏外です。援護が受けられません!」
「元々故障している砲です、最初から頼りにはしていません。今度は逃げられないよう、指揮官をここで潰します!」
制止を振り切り、剣を周囲に浮かべたまま駆け出す。
「……今の隊長なら、一級魔獣すら倒せるかもしれん」
「俺たちは援護だ! 周りの敵を近づけるな!」
背後の声に、杖を握る手へ力が入った。
期待されている……!
今度こそ、自分が襲撃そのものを終わらせるのだ。
「魔力反応はここが一番強い……」
第一防衛ラインまで押し返すと、周囲は放棄された居住区画になった。
人の姿はなく、戸の外れた家が並んでいる。
ここなら、爆発魔法も存分に使える。
「お前か、報告にあった魔導師ってのは」
「ッ!!」
通りの奥から、巨大な影が現れた。
身長は3メートルほど。ゴブリンともオークともつかない顔に、筋肉で膨れ上がった四肢。
混合獣––––その素手の体から、桁違いの魔力が溢れていた。
……一級魔獣。
息を整え、杖をゆっくり構え直す。
手強い……!
だが準一級魔導師の自分なら、倒せない相手ではなかった。
まして、今は新しい戦い方もある。
ラインなんかに頼らなくても、私が倒せる!
「ここなら存分に戦えるだろうってか? 確かに外れちゃいねえ。だがな––––」
魔獣が、地面へ拳を叩きつけた。
円状に走った光がフィリアの背後まで伸び、そのまま空へ立ち上がる。
第一防衛ラインの一角が包まれ、空の色が濁った。
「簡易封域……!」
内と外を物理的に遮断し、敵の増援を締め出す高等結界術。
振り返れば、追いつこうとしていた兵士たちが境界の向こうで足を止めていた。
一級魔獣なら、使えても不思議ではない。
動揺している暇があるなら、先に仕留める!
「『レイドブラスト』!!」
浮かべていた剣を一斉に射出する。
超高速の刃が、魔獣へ殺到した。
「そんな出力で……」
相手の膨大な魔力が、その全身を覆う。
交差した腕へ剣が衝突––––その瞬間に砕けた。
続く剣も、最後の1本も。折れた刀身が地面へ突き立つ。
「そんなっ……効かない!?」
確かに渾身の威力で放ったはずだ。
盾も鎧も貫いた剣が、あんな素手で……!
「なんだ、こんな程度かよ。結界を張った意味もなさそうだな」
腕を下ろした魔獣は、傷を確かめる様子すらなかった。
同じ攻撃では通らない。
ならば、直接爆発を叩き込む!
フィリアは踏み込み、杖の刃を振るった。
腕を狙い、脇腹へ回り込みながら返す。
だが刃は硬い皮膚に弾かれ、手応えはどこにもなかった。
「ッ……!!」
拳が振り上がる。
しかし大振りだ、これなら避けられる!
体を沈めて懐へ潜り、脇腹に杖をグッと押し当てた。
「『レイドブラスト』ッ!!」
閃光が視界を埋めた。
ゼロ距離だ……これで、今度こそ––––
「……えっ」
気づくと、華奢な足が地面を離れていた。
街並みが横へ高速で流れ、全身を痛みが貫く。
––––ドガァンッ––––!!!!!
背中から家の壁へ、思い切り叩きつけられた。
「ガッ……はぁッ!?」
息が潰れる。
悲鳴さえロクに出ないまま、崩れた壁と一緒に地面へ落ちた。
背中や肩へ、体重以上の大量の瓦礫が降り注ぐ。
何が……。
「ヒッヒッヒ」
粉塵で何も見えない。
瓦礫の崩れる音が遠のき、意識が薄れる……。
「遠距離が効かないなら近距離。そりゃ定石だわな、俺だってそうする」
声が聞こえた。
どれほど経ったのかもわからず、フィリアは目を開ける。
すぐ近くで、瓦礫を踏む音がした。
「だけどよ。お前の魔法や剣には、随分と必要ねえものが乗ってたな」
見上げる先に、魔獣が立っていた。
「魔獣の身で言うのもなんだが、お前は戦場を舐めきってる。ご立派な意志なんだろうが……俺から見りゃ、お子様同然よ」
笑われた。
反論するより先に、口から血がこぼれる。
「げほっ……ぁ……!」
咳をするだけで、腹の奥が裂けるように痛んだ。
瓦礫を押しのけ、地面へ手をつく。
だが腕が震え、体を支えることすらできない。
魔力を纏おうとしても、痛みで集中が途切れる。
口元から落ちた血が、石畳を赤く濡らしていた。
完全に……油断した。
渾身の一撃、そのつもりだった。
けれど剣を飛ばすたび、あの男に教わった技だという思いが邪魔をした。
頼りきりになりたくなくて、注ぎ込める魔力を無意識に絞っていた。
至近距離の爆発も同じだ。
いつか、この家に戻ってくる人がいるかもしれない。
そう思った瞬間、周囲を壊さないよう出力を抑えた。
誰もいない場所を選んだのに。
存分に戦えると、自分で思っていたのに……!
勝手に前へ出て、部下の制止を振り切った。
それで敵を倒せなければ、残した部下も、街も危険に晒すだけなのに!
守ると言いながら、自分は何をしていたのか。
『君は望まず送られたこの地で––––』
––––ああ……そういうことか。
「ははっ……」
街のために働いている、か弱い人々を守っている。
そう思っていれば、望まぬ場所へ追いやられた自分を見ずに済んだ。
必要とされる人間なのだと、自分で自分を認めてやれた。
街を守りたいと願うその裏で。
守る相手より、自分がどうありたいかばかり考えていた。
だから、進めば危ないという声も聞かなかった。
私ならできる、守り切れる。
……全部、自分を満足させるためだったのだ。
「オエッ……」
吐いた血が地面を濡らす。
あの人はそれを見抜いていた。
ほんの少し話しただけで、自分が目を背け続けたものまで。
「驕り……ですね。我ながら、ふさわしい末路です……」
膝はとっくに崩れた。
骨は数本……内臓もやられてる。
逃げようにも、体が動かなかった。
「じゃあな、可愛い魔導士ちゃん」
こんなことなら……カフェのお礼をもっとちゃんと言っておけばよかった。
中央から来た上官だと決めつけず、もっと……あの人自身を見ていれば。
……遅すぎる。
その瞬間、空が砕けた。
––––パリィンッ––––!!!
結界が外側からの一撃で割れ、光の破片となって消えていく。
外部からの攻撃には、あれほど強いはずなのに。
「何だ……!?」
魔獣の拳が止まった。
フィリアも、戻ってきた陽光に目を細める。
明るさを取り戻した空に、1人の男が浮いていた。
「随分高い授業料だったみたいだけど、ようやく答えがわかったみたいだね、フィリア」
聞き覚えのある声。
見間違えるはずもない、あの金髪。
「結界を外から……! このガキじゃねえ……! 報告にあったのは、アイツか!!」
こちらを見下ろすラインの瞳は––––いつもと違う、“金色”に輝いていた。




