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97. 戦いが終わった瞬間、正体バレの地獄が始まった

いつも応援ありがとうございます!

当作品は、【毎日 朝06:00 / 夕方18:00】の1日2回、定時更新でお届けしております。


最新話までじっくりお楽しみください!

【サクラ視点】

 戦いは、まだ深淵王(しんえんおう)が有利だった。クロは深淵王の背中にある黒い糸を見つけた。ダンジョンと深淵王を繋ぐ、細い細い命綱。あれを切れば、深淵王の力は落ちる。それは分かっている。でも、分かっていることと、できることは違った。クロが魔力を動かすたびに、私の胸が締めつけられる。頭の奥が熱い。喉の奥に血の味が残っている。目の奥が痛い。それでも、クロは私を見て、力を抑えている。抑えながら戦っている。だから、届かない。深淵王はそれを分かっている。分かった上で、笑っている。

「サクラちゃん、大丈夫?」

 その声が、優しいふりをしているのが気持ち悪かった。私は答えなかった。答えたら、血が出そうだったから。その時、重い足音が近づいてきた。羅刹組(らせつぐみ)首領、鬼塚鉄心(おにづかてっしん)さんだった。


「おい」

 鬼塚さんが私の前で足を止めた。その大きな体には、まだ腹の傷が残っている。立っているだけでもおかしい状態だった。

「お前、もしかして、あいつの反動か何か受けてんのか?」

 私は息を呑んだ。話していいのか。一瞬、迷った。でも、今隠したところで何の解決にもならない。クロは私を守るために力を抑えている。それなら、私も隠れている場合じゃない。

「…はい」

 私は小さく頷いた。

「契約の糸で、クロ…あそこで戦っている人と、魂が繋がっています」

 鬼塚さんは、ちらりとクロを見た。黒い角。六枚の翼。赤い瞳。黒狼だったクロは、今は悪魔の姿で戦っている。

「彼が魔力や力を使うと、私に反動が出るの」

「つまり」

 鬼塚さんは舌打ちした。

「あいつの反動が、てめえに流れてるってことか」

 私は小さく頷いた。


 鬼塚さんは舌打ちすると、腰に巻いていた赤黒い鎖を乱暴に外した。鎖は、ただの金属ではなかった。どこか生き物の血管のように、鈍く脈打っている。

羅刹血鎖(らせつけっさ)

 鬼塚さんが低く言った。

「羅刹組の首領が持つ、暴走した馬鹿どもの反動や呪いを引っ張るための鎖だ」

「え…?」

「魂だの契約だの、細けぇ理屈は知らねえ」

 鬼塚さんは鎖の片端を自分の腕に巻きつけた。そして、もう片端を私の足元へ投げる。赤黒い鎖が、蛇のように床を這った。次の瞬間、鎖は私の手首へ絡みつく。ひやりとした感触。その直後、胸を締めつけていた重さが、少しだけ軽くなった。

「でもな」

 鬼塚さんの全身が軋む。骨が鳴り、口の端から血が垂れた。

「痛みが流れてるなら、話は別だ」


「鬼塚さん!」

 私は思わず叫んだ。鬼塚さんの膝が、わずかに沈む。それでも、倒れない。赤黒い鎖が、ぎりぎりと音を立てた。私の中にあった痛みの一部が、鎖を通って鬼塚さんへ流れていく。

「騒ぐな」

 鬼塚さんは、血の混じった息を吐きながら笑った。

「おめー、こんな痛みに耐えてたんか」

 その声には、からかいだけではないものがあった。

「すげーじゃねえか」

「そんな…」

「愛ってやつか。けっ」

 鬼塚さんは深淵王を睨んだ。獣のように笑う。

「長くは持てねえ。だが、耐えてやる」

 そして、戦場の向こうへ向かって叫んだ。

「おい、そこの!」

 クロの赤い瞳が、鬼塚さんを見る。

「てめえが本気を出せねえ理由は、今だけ俺が持つ」

 鎖がさらに軋む。鬼塚さんの腕に、血が滲む。

「絶対に決めろ!」

 クロは、一瞬だけ目を細めた。そして、短く答えた。

「おう!」



【クロ視点】

 鬼塚がサクラに近づいた時は、どうなるかと思った。だが、どうやらいらない心配だったようだ。赤黒い鎖が、サクラと鬼塚を繋いでいる。サクラへの反動を、鬼塚が引き受けている。仕組みは分からない。だが、効果はある。鬼塚はサクラより遥かにレベルが高い。それでも重傷の身体で、どこまで耐えられるかは分からない。長くは持たない。なら、一撃で決める。

「グラビティスフィア!」

 黒い球体が生まれる。今までよりも速い。濃い。重い。深淵王の表情が初めて変わった。

「なに、早い!」

 黒い球体は、深淵王の身体を狙っていない。背中。ダンジョンと深淵王を繋ぐ、黒い糸。その一点へ飛ぶ。球体が糸に触れた瞬間、空間ごと削り取った。黒い糸が、消える。深淵王の背後で、何かが千切れる音がした。

「…切った、だと?」

 深淵王の口元から、初めて余裕が消えた。


 だが、深淵王はまだ倒れなかった。全身から黒い魔力が噴き上がる。

「まだだ」

 その声には、初めて焦りが混じっていた。

「まだ、俺は迷宮に選ばれている!」

 深淵王が腕を振り上げる。その瞬間、俺は次の黒い球体を作っていた。ただし、狙うのは深淵王の身体ではない。足元。深淵王の影、その中心。

「グラビティスフィア―(つい)

 黒い球体が、地面へ沈む。直後、深淵王の身体が落ちた。膝が床を砕く。肩が沈む。背筋が折れるほどの重力が、深淵王を地面へ縫いつける。

「ぐ、あ…!」

 深淵王は立ち上がろうとした。だが、もう迷宮からの力は流れてこない。ダンジョンと繋がっていた糸は切った。これは通常のグラビティスフィアほど魔力を使わない。だから選んだ。サクラにも、鬼塚にも、これ以上無駄な負荷はかけられない。俺はゆっくりと近づいた。倒れ伏した深淵王を見下ろす。

「終わりだ」


「サクラさん」

 その時、聞き慣れた声がした。サクラが息を呑む。深淵王の顔が、先ほどとは違っていた。いや、違う。戻っていた。会社の先輩。サクラの主任。藤堂悠真(とうどうゆうま)の顔へ。

「藤堂さん…?」

 サクラの声が震える。

「本物、なの?」

 藤堂は、いつものように困ったような笑みを浮かべた。

「はははっ。この前は三日も休んじゃってごめんね」

 その軽い口調が、あまりにも日常のものだった。

「そうだ。君がやっている海風会社の広告、キャッチコピーはBパターンに変更しておいてね」

 サクラの目が見開かれる。それは、サクラが今まさに手がけている仕事だった。そして、藤堂に相談していた内容だった。

「クロ…」

 サクラが呟く。

「本物だよ…分かる。主任だって」

 その声は、泣きそうだった。その瞬間。赤黒い鎖が、音を立てて弛んだ。鬼塚が倒れた。


 鬼塚が倒れた。その瞬間、俺の意識がそちらへ向いた。ほんの一瞬。魔力が緩む。深淵王は、それを見逃さなかった。倒れたまま、地面を爆発させる。爆風。その勢いで、深淵王の身体が俺から離れた。

「まだそんな力が…」

「そりゃあ」

 藤堂の顔で、深淵王は笑った。

「今まではダンジョンの力だったからね」

 接続を切られても、本人の力がゼロになったわけではない。くそ。詰めが甘かった。深淵王は壁にもたれ、サクラを見る。

「サクラさん」

 その声は、藤堂主任のものだった。

「もう会社には行けない。さよならだ」

 サクラの顔が歪む。深淵王は叫んだ。

「さあ、道を開け。黒淵階(こくえんかい)


 何も起きなかった。黒い階段は現れない。闇も開かない。深淵王の顔から、さらに余裕が消える。

「…どういうことだ?」

 もう一度、深淵王が叫ぶ。

「来い、黒淵階!」

 何も起きない。

「なぜ出てこない!」

 深淵王の声が荒くなる。

「まさか…大賢者が邪魔をしているのか。くそっ!」

 その間に、俺は鬼塚へ近づき、回復魔法をかけた。

「大丈夫か」

 鬼塚は、かろうじて目を開ける。

「すまねぇ…こんな時に。奴は?」

「あそこで逃げる準備中だ」

「くそ」

 鬼塚は血まみれの顔で笑った。

「最後だ。あと一発なら、耐えてみせる」

 赤黒い鎖が、まだかろうじて繋がっている。なら、使わせてもらう。鬼塚には悪いが、ここで逃がすわけにはいかない。


「グラビティスフィア」

 黒い球体が生まれる。深淵王は壁にもたれたまま、こちらを見た。黒淵階は開かない。ダンジョンとの接続は切れている。逃げ道はない。今度は、避けさせない。黒い球体が飛ぶ。深淵王は腕を上げようとした。だが遅い。球体は胸に着弾した。空間ごと、肉も骨も魔力も削り取る。深淵王の胸が、えぐれた。藤堂の顔が、ほんの一瞬だけ歪む。何かを言おうとしたのかもしれない。だが、声にはならなかった。深淵王は、そのまま崩れ落ちた。終わった。その直後、鬼塚も倒れた。

「鬼塚さん!」

 サクラが血だらけのまま、鬼塚を支える。よく見ると、サクラもかなりひどい状態だった。鬼塚が肩代わりしていても、すべてのダメージが消えたわけではない。

「ヒール」

 俺は回復魔法をかける。鬼塚へ。サクラへ。どちらも、まだ生きている。

「ありがとう」

 サクラが小さく言った。

「サクラも、よく耐えてくれた」

「多少はね…」

 サクラは無理に笑った。笑うな。そう言いたかったが、今は言えなかった。


 ふと見ると、階段が出現していた。上へ続く階段。そして、下へ続く階段。深淵王が倒れたことで、閉じられていた道が戻ったのだろう。

「さあ、みんなを連れてきましょ」

 サクラが言った。俺とサクラは、天羽(あもう)九条(くじょう)美桜(みお)、鬼塚を一箇所へ集めた。俺は回復魔法をかける。すべてを治すほどの余裕はない。だが、命を繋ぐくらいならできる。しばらくすると、下の階から多数の足音が聞こえてきた。落とされていた三大クランのメンバーたちだ。

 まずい。この姿を見られるわけにはいかない。俺は黒狼の姿へ戻った。サクラの影の近くへ寄る。

『任せる』

 念話でそう告げると、サクラは小さく頷いた。

「うん」

 さて。深淵王は倒した。だが、問題は何も終わっていない。ここからどうやって出るか。そして、この状況をどう説明するか。さらに言えば、美桜には黒狼が喋るところを見られている。戦いが終わった瞬間から、別の意味での地獄が始まっていた。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


実は今回の『羅刹血鎖』、第63話からの伏線でした!


九条が鬼塚の腰にある赤黒い鎖へ視線を向けた、あのシーンを覚えていましたでしょうか……?


「相変わらず、物騒なものをお持ちですのね」


あの時の何気ない会話が、今回ようやく回収できました!

(※気になった方はぜひ 第63話 を読み返してみてください!)


いよいよ次回、第98話!そして明日、第99話で第一部フィナーレです!!

最後まで駆け抜けますので、よろしくお願いします!


一気読みしてくださった方も、毎日追ってくださっている方も、本当にありがとうございます!

面白い、続きが気になる!と思ってくださったら、ページ下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援していただけると、第5章執筆の凄まじいエネルギーになります!


実はX(Twitter)にて、サクラや大悪魔の【AI生成イラスト】や、作品の世界観をイメージした【オリジナルAI音楽】、執筆の裏話などを投稿しています!

ぜひ、お気軽に覗いてみてくださいね!

【https://x.com/WaiWair99】

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