92. 三大クランは、深淵王の前に揃えられた
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その日、運命が揃った。いや、揃えられたと言うべきかもしれない。天照院は、愛知県のダンジョンにいた。月華楼は、信濃のダンジョンにいた。羅刹組は、伊豆方面のダンジョンにいた。場所も、目的も、攻略階層も違う。本来なら、同じ場所に辿り着くはずがない。だが、その日だけは違った。三つのダンジョンの深部が、ひとつの場所へ繋がった。迷宮の道が捻じ曲がり、出口も入口も意味を失う。そして、天照院、月華楼、羅刹組。三大クランの主力パーティーが、同じ最深部へ到着した。
「天羽、なんでお前がここにいるんだ?」
最初に声を上げたのは、鬼塚鉄心だった。羅刹組の首領。その巨体が、薄暗い階層の中で嫌でも目立つ。天羽義道は眉をひそめた。
「鬼塚こそ、お前たちは他県だろう」
「そうだ。だから聞いてんだよ」
鬼塚の周囲にいた羅刹組の者たちが、じり、と構える。
「お前、俺たちを消すために来たのか?」
「待て待て。そんなわけがないだろう」
天羽の部下たちも警戒を強める。先日の抗争があったばかりだ。無理もない。そこへ、涼やかな声が割って入った。
「あなた達、なんでここにいますの?」
九条椿姫。月華楼の楼主だった。
「九条」
「九条か」
天羽と鬼塚の声が重なる。九条は扇子を閉じ、周囲を見回した。
「おかしいですわね。私たちは信濃のダンジョンにいたはずです」
「天照院は愛知のダンジョンだ」
天羽が答える。鬼塚が肩をすくめた。
「俺は温泉がてら伊豆だ」
「攻略ついでに温泉を入れるな」
天羽が呆れた声を出す。だが、誰も笑わなかった。場所が違いすぎる。偶然では説明できない。三人の表情から、同じ結論が見えた。ダンジョンの異変だ。
「地上に出た方がいいですわ」
九条が言った。その判断は早かった。異常事態である以上、まず撤退。判断としては正しい。だが、鬼塚はにやりと笑った。
「いや、俺は下に潜るぜ。楽しみだ」
「あなた、状況を分かっていますの?」
「分かってるさ。だから面白ぇんだろ」
「面白くありませんわ」
天羽は部下へ視線を向ける。
「上への階段を確認しろ」
「はっ」
数人が来た道を戻る。だが、すぐに顔色を変えて戻ってきた。
「九条様、上への階段がありません!」
月華楼の部下が声を上げる。
「先ほど降りてきた階段が…消えています」
「天照院側も同じです!」
「羅刹組の方もだ!」
報告が重なる。場が静まり返った。上への階段がない。通信も不可。地図も、現在地を示さない。三大クランの主力が、ダンジョンの中で閉じ込められた。九条は小さく息を吐く。
「はぁ…下に降りるしかありませんわね」
「あなた達、備蓄は大丈夫かしら?」
九条が問いかける。
「私たちはまだ十階層ほどしか降りておりません。体力も残っていますわ」
「うちも同じぐらいだ」
天羽が答える。
「俺もだ」
鬼塚が言った。九条は頷く。
「なら、小休憩と作戦確認をしてから降りましょう」
「仕切るな、九条」
「では、あなたが仕切りますの?」
九条が鬼塚を見た。鬼塚は笑った。
「俺が仕切ったら、全員で突っ込むだけだぞ」
「だから私が仕切りますの」
天羽が小さく息を吐く。
「異論はない」
こうして、三大クランは一時休戦した。天照院が前衛と防御を固める。羅刹組が突破役になる。月華楼が索敵と魔法支援を行う。本来なら並ぶはずのない三つの力が、同じ方向を向いた。それは頼もしくもあり、同時に不気味でもあった。なぜなら、そこまでの戦力を揃えさせた何者かがいるということだからだ。
小休憩が終わり、三つのパーティーは下層へ降りていった。だが、すぐに異変に気づく。
「おかしい」
天羽が呟いた。
「モンスターがいない」
その通りだった。本来なら、階層が進むほどモンスターは強くなる。罠も増える。道も複雑になる。だが、このダンジョンには何もなかった。モンスターがいない。罠もほとんどない。ただ、下へ降りる階段だけがある。
「こりゃ楽でいいな」
鬼塚が笑う。だが、その笑みは長く続かなかった。楽すぎる。それは、危険がないという意味ではない。誰かが道を用意しているという意味だ。二十階層。三十階層。四十階層。彼らは何事もなく降り続けた。そして、四十九階層へ到着する。ここまで来るのに、二日かかった。戦闘がないにもかかわらず、二日。体力も、集中力も、少しずつ削られていた。
「次は五十階層だ」
天羽が言った。
「区切りも良い。ボス階層の可能性がある」
「ようやくか」
鬼塚が拳を鳴らす。
「嬉しそうですわね」
九条が呆れたように言う。
「そりゃそうだろ。二日も歩かされて何もなしだぞ。そろそろ殴る相手が欲しい」
「あなたは本当に分かりやすいですわ」
だが、誰も油断はしていなかった。天照院は防御陣形を整える。月華楼は支援魔法と回復役の位置を確認する。羅刹組は前衛突破の準備をする。小休憩を終え、全員が立ち上がった。五十階層。そこに何が待っているのか。罠か。ボスか。あるいは、もっと悪い何かか。三大クランの主力は、静かに階段を降りた。
五十階層へ足を踏み入れた瞬間、全員が動きを止めた。広い空間だった。ボス部屋のようにも見える。だが、モンスターはいない。罠もない。ただ、中央に一人の男が立っていた。黒い気配をまとった男。天羽の目が細くなる。九条の表情から笑みが消える。鬼塚の口元が、獰猛に歪んだ。その男は、軽く手を上げた。
「遅いよ」
声は、場違いなほど軽かった。
「せっかく準備してあげて、待っていたのに」
深淵王。神無月玄夜。
その名を知る者たちの間に、緊張が走る。
「やはり、お前か」
天羽が低く言った。深淵王は笑う。
「うん。三大クランが揃うと、さすがに見応えがあるね」
その言葉で、全員が理解した。集められたのだ。ここまで歩かされたのだ。戦わされるためか。試されるためか。あるいは、もっと別の目的のためか。深淵王は、まるで舞台の幕が上がるのを待っていた役者のように、静かに笑っていた。
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