9. 契約の器は、死んだ相棒だった
とりあえず、10話まで毎日3話投稿します!
3日目、3話目の投稿です。
明日からは朝6時と夜18時の投稿になります。
サクラは小さく息を吸うと、震える指先で空中に魔法陣を描いた。
「何を…する?」
俺は思わず身構えた。悪魔にとって、魔法陣とは契約にも封印にもなる。油断していいものではない。
「大丈夫。攻撃じゃないわ」
サクラがそう言った直後、魔法陣の中心から黒い影が滲み出した。
そこに現れたのは、一匹の横たわった狼だった。黒い毛並みは影そのもののように深く、閉じた瞼の奥には、もう光はない。影狼。おそらく、そう呼ばれる類のモンスターだろう。気配からして、普通の狼ではない。だが、今はもう動かない。
「この子ね、クロって言うの」
サクラは膝をつき、黒い狼の頭をそっと撫でた。
「ここに飛ばされてきて、すぐに襲われたの」
サクラの声が少し震えた。
「私だけなら、きっと死んでた。クロが前に出てくれたから、私はまだ生きてる」
彼女はクロの耳の後ろを撫でた。その手つきは、モンスターを扱うものではなかった。家族に触れる手だった。
「この子は……私を守るために死んじゃった」
サクラはクロから手を離そうとしなかった。俺は死んだのなら置いていけばいいのに…と思った。
「置いていけないの…離れたくないの。」
その一言で、俺は少しだけ黙った。
壊れた器は捨てればいい。悪魔ならそう考える。けれど俺は、マリーの体を燃やした。だから、サクラの気持ちが分からないとは言えなかった。
「この子の体をあげる……っていうのはどう?」
サクラはクロの頭を撫でながら、俺を見た。
「あなたは体がない。だから力が出せない。でも、この子の体に入れば、少しは動けるんでしょう?対価としてどう…かなぁ?この子を道具にしたいわけじゃない。でも、この子が守ってくれた命を、ここで終わらせたくない。だからお願い。この子と一緒に、私を外まで連れて行って。」
なるほど。確かに、理屈としては通っている。死んだ肉体とはいえ、器は器だ。しかも影狼なら、人間の体より魔力との相性は悪くない。
「良い、だろう」
俺がそう答えると、サクラはほっとしたように息を吐いた。死んだ体を器として使う。悪魔としては珍しい話ではない。だが、サクラがクロを撫でる手を見ていると、ただの器とは言えなかった。
契約は単純だ。俺はクロの体を器として受け取る。その代わり、サクラをこのダンジョンから脱出させる。悪魔は契約を守る。それだけは、千年前から変わらない。俺はクロの体へ意識を沈めた。
目を開けた。いや、狼の目を開けた、というべきか。視界が低い。匂いが濃い。音が近い。地面を踏む四本の脚の感覚が、妙に生々しかった。女の体に受肉したことはあるが、狼は初めてだ。なるほど。これはこれで、なかなか悪くない。
さて、問題はどれだけ動けるかだ。俺は意識を集中し、ステータスを開いた。こういう時、ステータスという仕組みは便利で助かる。
名前:クロ/???
種族:影狼/大悪魔
レベル:7/95
状態:不完全受肉/影狼の器/契約者:佐倉サクラ/魂糸共鳴/※※※※※
HP:620/18,500
MP:1,480/42,000
魔力:1,320/39,800
筋力:540/15,200
耐久:580/17,600
敏捷:860/16,900
器用:430/14,300
運:3/6
スキル:
【万象魔導】 【悪魔王の契約】【魂喰い】 【魔眼・真理看破】
【魔法解析】【魔法改竄】【高速再生】【魔力圧縮】【無詠唱】【多重詠唱】
【支配者の威圧】【魂鎖】【悪魔顕現】【王座なき魔王】
名前はクロ。その横に、なぜか俺の名と思われる部分は“???”と表示されている。種族は影狼、そして大悪魔。レベルは7と95。なるほど。クロという器に、俺という中身が無理やり重なっているわけだ。
うん、だいぶ弱体化している。数字だけ見れば、俺本来の力とは比べものにならない。特に肉体側のレベルが低い。影狼としてのクロは強い個体だったのだろうが、下層を蹂躙できるほどではない。そこに俺が無理やり入り込んでいる。不完全受肉。まさにその通りだ。
ただ、気になるものもあった。状態にある【魂糸共鳴】、それに、文字化けしたような謎の【※※※※※】。俺はこんな状態異常を知らない。悪魔の契約にも、受肉にも、こんな表示はなかったはずだ。どれ、調べてみるか。そう思った瞬間だった。そのとき、頭の中に声が響いた…。
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