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8. 少女は、悪魔を信じると言った

とりあえず、10話まで毎日3話投稿します!

3日目、2話目の投稿です。次は本日18時頃投稿

「私の名前は、サクラ。」

 女はまだ怯えを残した目で、しかし先ほどよりは少しだけ落ち着いた声でそう言った。傷は塞がったが、顔色は悪い。それでも、彼女は自分を保とうとしていた。

「あなたの名前は?」

 その問いに、俺は一瞬だけ黙った。


「私、名前ない。名付け…されて…いない、悪魔…だ…」

 何百年ぶりの日本語は、やはりうまく出てこない。言いたいことは頭の中にある。だが、それを言葉にする前に、どこかで引っかかる。昔、人間だった頃の名前はあった。あったはずだ。けれど、もう思い出せない。千年という時間は、名前さえ削り取るには十分すぎた。

 アシェル。その名を使うこともできた。だが、あれはマリーとの旅で得た名前だ。今ここで、軽く口にする気にはなれなかった。


「ねぇ悪魔さん。ここが地球なのか、あなたの星なのかは分からないわ…」

 サクラは周囲を見回しながら言った。石壁。薄暗い通路。魔力を帯びた空気。どこを見ても、ここが地球かヴァルメリアか判断できる材料はない。

「ただ、このダンジョンを出れば分かるわ」

 なるほど。たしかにそれが一番早い。


「確かに……それは、可能か?」

 俺の問いに、サクラは少しだけ困ったように笑った。

「ううん、無理」

 即答だった。おい。希望を出してから叩き落とすな。ダンジョンの下層。そこは、迷い込んだ者が歩いて帰れる場所ではない。道は複雑で、魔物は強く、空気そのものが命を削る。ましてやサクラは血だらけで、装備も満足に残っていない。


「そこで、あなたに力を貸してほしいの」

 サクラは真っ直ぐに俺を見た。怯えは残っている。当然だ。目の前にいるのは人間ではない。得体の知れない精神生命体。しかも自称、悪魔だ。それでも、彼女は目を逸らさなかった。


「私、悪魔。契約、対価、必要。それに…悪魔、信じる?」

「そうね。あなたは、悪い悪魔じゃないと思うの。違う?」

 その言葉に、俺は少しだけ黙った。違う。それは違う。

「違…う。私、国、滅ぼした。何百万…人、殺した」

 サクラの目が大きく見開かれた。無理もない。さっきまで傷を治してくれた相手が、自分は大量殺戮者だと告白したのだ。「悪い悪魔じゃない」その言葉は、俺には少し眩しすぎた。


 サクラは言葉を失っていた。当然だ。俺は今、自分で自分を危険物だと説明したようなものだ。だが、彼女は逃げなかった。逃げられなかっただけかもしれない。それでも、彼女は視線を外さなかった。

「そ、そう……でも、あなたは今、私を殺さなかった。それどころか傷を治してくれた。だから信じるんじゃない。賭けるの。私がここで死んだら、外にいる仲間も、危ないかもしれないから。今は、あなたの力を借りて外に出たいわ。」


「そう…か。あと、私、体…ない。魂…だけ。本来、の、半分…以下、しか、力、出ない」

 これは重要な問題だった。悪魔は精神生命体だ。存在するだけなら肉体はいらない。だが、人間界で力を振るうには器が必要になる。今の俺は、剣を持たずに戦場へ放り込まれたようなものだ。


 サクラはしばらく黙った。俺の言葉を理解しようとしているのか。それとも、何か別のことを考えているのか。やがて彼女は、自分の胸元に手を当てた。まだ完全には癒えていない体。震える指。それでも、その目には先ほどよりもはっきりとした意志があった。

「そうね……じゃあ」

 サクラは、俺を真っ直ぐ見た。

「これはどう?」

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