表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
84/116

84. お前はマリーじゃない。お前は真里だ

いつも応援ありがとうございます!

当作品は、【毎日 朝06:00 / 夕方18:00】の1日2回、定時更新でお届けしております。


最新話までじっくりお楽しみください!

 サクラは翌日から普通に仕事へ戻った。本人は申し訳なさでいっぱいだったが、会社の者たちはむしろ心配していた。まあ、当然だ。会社で鼻血と吐血をして倒れた人間が、翌日から普通に仕事をしようとしているのだから。俺としても、しばらくは無茶をする気になれなかった。俺が力を使えば、サクラに負担が流れる。分かっていたはずなのに、まだ甘く見ていた。だから、二日ほどは単独でダンジョンに潜るのをやめることにした。サクラの自宅で、静かに休む。そう決めていた。その時だった。ピンポーン。呼び鈴が鳴った。


 誰だ。俺は玄関の方へ意識を向けた。ドア越しに確認したい。ただ、今の俺は黒狼だ。ドアスコープを覗くには、どう考えても高さが足りない。仕方なく、人型になる。……問題は、服だ。人型になるたびに服がない。いい加減、この問題もどうにかしなければならない。そう思いながらドアに近づいた瞬間、俺は動きを止めた。感じた。ドアの向こうにいる存在を。なぜだろう。俺は、真里(まり)に反応してしまう。顔を見なくても分かる。声を聞かなくても分かる。そこにいる、と。同時だった。

「マリー」「アシェル」

 俺の声と、ドアの向こうの声が重なった。真里から俺の姿は見えていない。それなのに、あいつは俺をアシェルと呼んだ。


「あれ? クロバ様ですの? いますのね! 開けてくださいまし」

 さすがに、ここで逃げるわけにはいかない。しかし、今の俺は人型になったばかりで裸だ。このままドアを開ければ、話がややこしくなる。いや、すでに十分ややこしいが。

「ちょっと待ってくれ。今、風呂上がりでタオル一枚だから、着替えてくる」

「まあ。失礼いたしましたわ。お待ちしております」

 素直に待つな。そう思いつつ、俺は急いで服を着た。サクラが置いてくれた予備の服だ。サイズは少し合わないが、裸よりはマシだ。俺は玄関へ戻り、扉を開ける。そこには、いつもの縦ロールを揺らした真里が立っていた。

「ごきげんよう、クロバ様」

「…今日はどうしたんだ」

「その前に、お邪魔してもよろしいですの?」

 俺は少しだけ迷い、真里を家に上げた。


「それで、今日はどうしたんだ」

 俺が尋ねると、真里は小さな包みを差し出した。

「サクラさんに、先日ご飯代を出していただきましたの。そのお返しに来ましたわ」

「そうか。だが、サクラは仕事に出ていていないぞ」

「ええ。そうでしたわ」

 真里は、そこで少しだけ困ったように笑った。

「私も分かっていたはずですのに」

「なら、なぜ来た」

「来ないといけないような気がしたのです」

 その言葉に、俺は黙った。真里自身も、戸惑っているようだった。理屈ではない。予定でもない。ただ、ここへ来なければならない気がした。それは、俺が真里の気配に反応したことと同じなのかもしれない。真里は一瞬、唇を噛み締めた。そして、何かを決めたように顔を上げる。


「クロバ様」

 真里の声が、少しだけ硬くなった。

「聞いても、よろしいですか」

「なんだ」

「どうして、クロバ様は私をマリーと呼ぶのですか?」

 俺は答えられなかった。真里は続ける。

「どうして私は、クロバ様をアシェルと呼んでしまうのでしょうか」

 その手が、胸元をぎゅっと握る。

「それに、サクラさんの召喚獣のクロ様を見た時も、私は同じ名前を呼びましたわ」

 アシェル。その名を。

「知らないはずなのです。聞いたことも、教えられたこともありませんのに」

 真里の瞳が揺れる。

「なのに、どうして私は、その名前を知っているのですか」

 俺はすぐには答えられなかった。真里を見つめる。けれど、その奥に映っているのは、今ここにいる真里だけではない。マリー。かつて俺に願いを託し、身体を差し出した女。その面影が、真里の中に確かにあった。


「悪かった」

「え…?」

 真里が目を瞬かせる。

「お前を、別の誰かとして見ていたわけじゃない」

 そこまで言って、俺は言葉を止めた。違う。それは綺麗すぎる。

「いや。それは嘘だな」

 小さく息を吐く。

「少しは、重ねていた」

 真里は胸を、きゅっと押さえた。

「昔、マリーという女がいた」

「マリー…」

 真里がその名を繰り返す。まるで、初めて聞いた名前ではないように。

「お前は、そいつによく似ている。顔も、声も、仕草も。だから俺は、間違えた」

 俺は、真里から視線を逸らさなかった。


「では、私は…そのマリーという方なのですか?」

 真里の声は震えていた。怖いのだろう。自分の中に、知らない誰かがいることが。自分が自分ではないかもしれないことが。俺は、迷わず首を振った。

「違う」

 その声に、迷いはなかった。

「さっきも言ったが、お前は真里だ」

「でも、私はアシェルという名前を…」

「それは俺にも分からない」

 真里が息を呑む。

「お前がなぜその名を知っているのか。なぜ、俺をそう呼ぶのか。俺が知りたいくらいだ」

 真里は無意識に胸元を押さえた。知らないはずの名前。会ったこともないはずの誰か。それなのに、マリーという名を聞いた瞬間、胸の奥が震えている。

「俺がマリーと呼んでしまったのは、俺の未練だ」

 俺は言った。

「だから、謝る」


「クロバ様…」

 真里の声が、小さく揺れた。

「お前は真里だ」

 俺はもう一度言った。

「マリーの代わりじゃない。マリーの続きでもない。少なくとも、俺はそう扱わない」

 真里は、少しだけ目を伏せた。その表情には、いくつもの感情が混じっていた。安心。戸惑い。そして、ほんの少しの寂しさ。マリーではないと言われて、安心したのか。それとも、胸の奥で震えた何かが、行き場をなくしたのか。俺には分からない。だが、真里をマリーの代わりにするつもりはない。それだけは決めていた。真里は、ゆっくり顔を上げる。

「ありがとうございますわ」

 その声は、まだ少し震えていた。それでも、真里は真里としてそこに立っていた。

本編をお読みいただきありがとうございました!


一気読みしてくださった方も、毎日追ってくださっている方も、本当にありがとうございます!

面白い、続きが気になる!と思ってくださったら、ページ下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援していただけると、第5章執筆の凄まじいエネルギーになります!


実はX(Twitter)にて、サクラや大悪魔の【AI生成イラスト】や、作品の世界観をイメージした【オリジナルAI音楽】、執筆の裏話などを投稿しています!

ぜひ、お気軽に覗いてみてくださいね!

【https://x.com/WaiWair99】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ