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80. レベル上げに来たら、若葉さんに尾行されていました

いつも応援ありがとうございます!

当作品は、【毎日 朝06:00 / 夕方18:00】の1日2回、定時更新でお届けしております。


最新話までじっくりお楽しみください!

【サクラ視点】

 今日は土曜日。私は一人でダンジョンへ向かっていた。もちろん、正確には一人ではない。足元の影にはクロがいる。今日の目的は、私とクロのレベル上げだ。明日は、高瀬雫(たかせしずく)さんを連れて浅い階層へ行く予定になっている。だから、その前に少しでも慣れておきたい。少しでも強くなっておきたい。バスに乗って、電車に乗って、さらに少し歩く。着いたのは、初めて来るダンジョンだった。推奨レベルは35。階層は40層ほどあるらしい。私一人なら絶対に来ない。でも、クロがいる。そう思いながら、私はハンター用の装備に着替えた。


 ダンジョンに入った瞬間、クロが小さく耳を動かした。

「……?」

「どうしたの、クロ?」

「気のせいか…気にしないでくれ」

「そう?」

 少し気になったけれど、クロがそう言うなら、今は進むしかない。私は事前に調べてきたメモを確認する。

「ここは7階、17階、25階がセーフエリアね。まずは7階まで潜りましょうか」

 ダンジョンには、なぜかモンスターが出ない階層がある。そこはセーフエリアと呼ばれていて、ハンターたちは休憩や寝泊まりに使っている。もちろん、絶対安全ではない。でも、普通の階層よりはずっと安心できる場所だ。私たちは、まず真っ直ぐ7階を目指した。途中に出てきたモンスターは、低階層らしく雑魚ばかりだった。クロが前に出て、私は後ろから確認する。たまに私も魔法を使う。以前よりは、少しだけ動けるようになっている気がした。そして、思ったよりすんなり7階へ着いた。


 7階のセーフエリアには、すでに何組かのハンターがいた。壁際で休んでいる人。装備を確認している人。地図を広げている人。私も少し離れた場所に座り、軽くお昼ご飯を食べることにした。朝買ってきたサンドイッチと、ペットボトルのお茶。ダンジョンで食べると、ただのサンドイッチでもちょっとおいしく感じる。いや、緊張で味がよく分からないだけかもしれない。クロは私の足元で、じっと周囲を見ていた。

「クロも食べる?」

「今はいい」

「珍しいね」

「…おかしい」

 クロが低く呟いた。私はサンドイッチを持ったまま固まる。

「どうしたの?」

「やはりおかしい。気のせいのようで、気のせいではない」

「いったいどうしたの?」

 クロの赤い目が、わずかに細くなった。

「何者かにつけられているような気がする」


「え?深淵王?」

 思わず声が小さくなる。その名前を出すだけで、背中が冷える。でも、クロはすぐに首を振った。

「分からない。ただ、深淵王の気配とは違う」

「じゃあ、誰?」

「それも分からない。うまく姿を隠すスキルだ」

 クロがここまで言うということは、相手はかなり上手いのだと思う。ただのハンターではない。でも、深淵王のような濃い闇でもない。それが逆に不気味だった。

「どうする?」

 私は周囲のハンターたちをちらりと見る。ここで騒げば、余計な混乱を招くかもしれない。かといって、このまま見られ続けるのも怖い。クロは少し考え、低く言った。

「よし。階段を降りて、曲がった瞬間に影に隠れよう」

「でも、消えたって不思議がられない?」

「相手も隠れて来ているんだ。堂々と名乗り出ないだろう」

「…そんなものかなぁ」

「そんなものだ」


 私たちは、何事もなかったように立ち上がった。セーフエリアを出て、階段へ向かう。後ろを振り返りたい。でも、振り返ったら気づかれるかもしれない。私はできるだけ普通に歩いた。そして8階へ降りる。階段を降りて、最初の角を曲がった瞬間。クロの影が広がった。私の体が、すっと沈む。冷たい水の中に入るような、不思議な感覚。でも息はできる。音も聞こえる。私たちは、影の中に隠れた。少し遅れて、足音が近づいてくる。そして、一人の女性が角から姿を現した。

「え? どこに行ったの? 周囲に気配もないわ…」

 その声に、私は目を見開いた。影の中から見えた顔。

若葉(わかば)さん…!」


 若葉さんは、周囲を見回している。いつもの受付の雰囲気とはまったく違う。気配を消して、足音も殺して、完全にこちらを追跡していた。これが若葉さんの暗殺スキルなのだろうか。いや、感心している場合じゃない。どうして若葉さんがここにいるの。そういえば、先日聞かれた。次はいつ、どこのダンジョンに潜るのか。私は普通に答えた。まさか、このためだったの?胸の奥が、少しだけ冷たくなる。怒り、というより戸惑い。いや、少し悲しいのかもしれない。若葉さんは味方だと思っていた。美桜(みお)さんも、真里(まり)さんも。でも、隠れて見張られている。それはつまり、私は疑われているということなのだろうか。


『クロ、どうしてだと思う?』

 私は念話で聞いた。クロは少し間を置いて答える。

『私に分かるわけないだろう』

『だよね…』

『ただ、一つ分かることはある』

『なに?』

 クロの声が、少しだけ低くなる。

『サクラ。お前、疑われているんじゃないか?』

 その言葉は、思ったより胸に刺さった。疑われている。誰に。若葉さんに?美桜さんに?それとも、二人に?私は影の中から、若葉さんを見る。若葉さんはまだ、私たちを探していた。

「おかしいですね…さっきまで確かに……」

 その声は、いつもの優しい若葉さんの声だった。でも、今は少しだけ遠く感じた。


『出て、聞いた方がいいかな』

『待て』

 クロが止めた。

『ここで出れば、若葉は謝るかもしれない。だが、何を確かめようとしていたのかは分からないままだ』

『でも…』

『少しだけ様子を見る。危なくなれば出る』

 私は唇を噛んだ。味方を試すみたいで嫌だった。でも、私たちも隠し事をしている。クロのこと。深淵王のこと。私の状態のこと。全部、正直に話しているわけではない。若葉さんだけを責めることはできない。若葉さんは、しばらく周囲を探った後、通路の奥へ視線を向けた。まだ、諦めていない。私は影の中で、小さく息を呑む。どうしよう。ここから先、私たちは味方を疑うことになるのかもしれない…。


本編をお読みいただきありがとうございました!


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