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78. クロは、サクラちゃんから離れられないはずだった

いつも応援ありがとうございます!

当作品は、【毎日 朝06:00 / 夕方18:00】の1日2回、定時更新でお届けしております。


最新話までじっくりお楽しみください!

美桜(みお)視点】

 若葉(わかば)と二人でご飯を食べに来るのは、珍しいことではない。仕事帰りに予定が合えば、近所のレストランに入る。特別な日ではない。ただの姉妹の食事だ。若葉はメニューを眺めながら、嬉しそうに悩んでいる。

「お姉ちゃん、今日は何にする?」

「そうだな…」

 私は返事をしながらも、意識は別のところにあった。サクラちゃん。クロ。あの日の転移。ずっと引っかかっていた違和感が、頭の中で形になりかけている。若葉が首を傾げた。

「お姉ちゃん? なんか難しい顔してるよ?」

 私は小さく息を吐き、口を開いた。

「サクラちゃんは、嘘をついているかも…」


「え? お姉ちゃん、どういうこと?」

 若葉の目が丸くなった。

「あ、先に言っておくけど、断定じゃない。サクラちゃんを責めたいわけでもない」

「うん」

「ただ、気になることがあるんだ」

 私は水を一口飲んで、言葉を選んだ。

「サクラちゃん、前に言ってたよね? クロはサクラちゃんから50メートル以上離れられないって」

「そうね。確かに言っていたわ」

 若葉も覚えていた。

「でも、先日の天照院と羅刹組の抗争で、真里ちゃんが転移魔法に巻き込まれた」

「うん、そうね」

「その時、たまたまサクラちゃんも一緒に転移させられたの」

「え! そうだったの!」

「そう。その時、私は真里ちゃんの護衛で、同じ場所にいた」

「そうだったよね」

「でもね、転移が発動した時、私とクロは置いていかれた」

 私は若葉を見た。

「クロは、消えなかったんだ」


「え? そうなの?」

 若葉の声が少し小さくなる。

「じゃあ、サクラさんは…」

「分からない」

 私はすぐに言った。

「嘘をついた、とまでは言えない。サクラちゃん自身が、本当にそう思っていた可能性もある」

 サクラちゃんは悪い子ではない。それは分かっている。ただ、事実として矛盾がある。クロがサクラちゃんから50メートル以上離れられないなら、サクラちゃんが転移した瞬間、クロも何らかの影響を受けるはずだ。でも、クロはその場に残った。消えなかった。引っ張られもしなかった。それはつまり、クロがサクラちゃんから離れられないという説明が、正確ではないということになる。

「そうね。まだ断定できないわね」

 若葉も慎重に頷いた。私は少しだけ胸が痛んだ。サクラちゃんを疑いたいわけじゃない。でも、クロのことは見過ごせない。


 本当は、もっと引っかかっていることがある。クロの目。仕草。こちらを見る時の、妙な間。それに、あの黒い狼から感じる、懐かしい何か。皐月。その名前が、胸の奥で何度も浮かぶ。でも、若葉にそれを軽々しく言うことはできない。もし違ったら。もし、ただ私がそう思いたいだけだったら。若葉を、また傷つけることになる。だから今は、事実だけを見る。クロは、サクラちゃんの説明と違う動きをした。まずはそこを確かめる。若葉は私の顔をじっと見ていた。何かを察したのかもしれない。それでも、深くは聞かなかった。


「そこでだ、若葉」

「なに?」

 私は少しだけ姿勢を正した。

「お願いがある」

 若葉が警戒するように目を細める。

「サクラちゃんのダンジョンでの様子を、見てきてほしいんだ」

「見てきてほしいって…」

「若葉の暗殺スキルで」

「隠れて見張れってこと?」

「…そうだ」

 若葉は困ったように眉を下げた。

「う〜ん、いいのかなぁ」

 その反応は当然だ。サクラちゃんに黙って見張る。褒められたことではない。

「もちろん、後日ちゃんとサクラちゃんには直に謝る」

 私は言った。

「でも、今は確かめたい。クロが何者なのか。サクラちゃんが何を隠しているのか。…それと、サクラちゃんが危ないことに巻き込まれていないか」

 若葉はしばらく考え込んだ。そして、小さく息を吐く。

「う〜ん…分かったよぉ」

「ありがとう」


「とりあえず、サクラさんに次いつダンジョンに潜るのか連絡してみますね」

 若葉はスマホを取り出し、慣れた手つきでメッセージを打つ。返事は、思ったより早く返ってきた。

「今度の土曜日だそうです」

「場所は?」

 若葉が画面を見て、少しだけ笑った。

「けっこう遠いですね〜」

「遠い?」

「はい。お姉ちゃん、高くつきそうです」

 そう言って、若葉は指でお金のマークを作る。さっきまで真面目な顔をしていたのに、急にこれだ。私は苦笑した。

「はいはい。交通費は全額負担。バイト代もしっかり出すわ」

「さすがお姉ちゃん」

「調子いいな」

 それでも、若葉が引き受けてくれたことに、私は内心ほっとしていた。


 食事を終え、私たちは店を出た。外はすっかり暗くなっていた。街灯が道を照らし、夜風が少し冷たい。それでも、私には空が少し明るく見えた。理由は分かっている。真実に、少し近づけるかもしれないからだ。クロは何者なのか。サクラちゃんは、何を知っているのか。そして、私が感じているこの懐かしさは、ただの願望なのか。それとも。

「お姉ちゃん?」

 若葉が私を見る。

「なんでもない」

 私は首を振った。まだ、希望とは呼ばない。でも、未来は少しだけ明るく見えた。

本編をお読みいただきありがとうございました!


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