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77. 会社の休憩室に、黒い階段が現れました

いつも応援ありがとうございます!

当作品は、【毎日 朝06:00 / 夕方18:00】の1日2回、定時更新でお届けしております。


最新話までじっくりお楽しみください!

「おはよう!」

 いつものように、明るい声が聞こえた。藤堂(とうどう)だった。三日ぶりに出社したらしい。サクラは顔を上げ、すぐに笑った。

「あ! 藤堂さん、おはようございます。お体、大丈夫ですか?」

「うん、なんとかね!」

 藤堂はそう言って、右腕で力こぶを作ってみせた。その動きは自然だった。声も、表情も、いつもの藤堂だ。だが、俺はサクラの影の中で目を細める。どこかで感じた気配。ほんのわずかだが、あの深い闇に似たものが混じっている気がした。もしかして。藤堂が、深淵王(しんえんおう)なのか。


「仕事、三日間も休んじゃってごめんね〜」

「いえいえ、体調悪いんだから仕方ないですよ〜」

 サクラは普通に返している。藤堂も、普通に笑っている。その後の動きも、いつもの藤堂だった。休んでいた間に溜まった仕事を確認し、優先順位をつけ、周囲へ指示を出す。サクラの仕事にも、さりげなく助言する。こいつはできる男だ。いや、仕事ができるという意味だ。何でもそつなくこなし、人当たりも良い。上司にも部下にも受けがいい。だからこそ、疑いづらい。影の中から観察していても、これといったボロは出ない。そもそも、今ここで見張ったところで、深淵王ですと名乗るわけがない。バカバカしくなってきた。俺は一度、サクラの影の奥へ戻った。


『サクラ』

 俺は念話を飛ばした。

『深淵王は、藤堂かもしれない』

 サクラの手が止まった。

『嘘!』

 声には出していない。だが、魂糸共鳴を通して、動揺が伝わってくる。

『確定なの?』

『まだだ。でも怪しい。少し探ってみる』

『うん、お願い。違うといいんだけど…』

 その気持ちは分かる。藤堂は、サクラにとって頼れる職場の先輩だ。仕事でも何度も助けられている。それが深淵王だったら、サクラにとってはかなりきつい。だからこそ、俺は慎重に見ることにした。


 昼過ぎ。サクラは休憩がてら、休憩室へ入った。自販機。小さなテーブル。椅子。いつもの会社の休憩室だ。その奥に、黒い階段があった。

「え…?」

 サクラの息が止まる。

『黒い階段…あいつがいるの?』

 俺も、すぐに周囲を探った。人の気配はない。だが、深層の匂いがある。間違いない。深淵王のものだ。俺はサクラの影から顔を出した。

「サクラ、部屋に鍵を。それと、誰も近づいていないか確認しろ」

 サクラは慌てて部屋の外を確認する。廊下には誰もいない。すぐに扉を閉め、鍵をかけた。会社の休憩室に、黒い階段。見られたら説明できない。いや、説明できたとしても信じてもらえない。


 黒い階段の奥から、声がした。

「こないだは、頭悪いことをしたよ」

 深淵王が現れた。顔は真剣だった。だが、口調は相変わらず軽い。

「まさか君が、あれほど強いなんてね」

「何の用だ?」

 俺はサクラの前に出る。深淵王は、手をひらひらと振った。

「いや、挨拶だよ」

「挨拶?」

「俺は元気だよって。ただそれだけ」

 ふざけている。そう思った。だが、深淵王の目は笑っていなかった。

「あれで終わったなんて思わないでね。俺はダンジョンを守らないといけないから…ね」

「そうか。なら、すぐ消えてもらいたいんだが」

「うん、そのつもりだよ」

 深淵王は、にこりと笑う。

「じゃあ、また」


 深淵王は黒い階段を降りていった。階段は、音もなく消える。俺はすぐにサクラを見た。

「サクラ、どうだった?」

 サクラは休憩室の扉を少しだけ開け、廊下の向こうを確認する。そして、戻ってきた。

「藤堂さんは仕事してたわ。電話中だった」

「そうか」

 藤堂は仕事中。深淵王は、今ここにいた。なら、藤堂が深淵王という可能性は低い。

「じゃあ、深淵王は藤堂じゃないか…」

 俺は息を吐いた。

「俺の気のせいだったようだ。すまん」

「いいよ。警戒してくれてたんでしょ」

 サクラはそう言った。少し安心しているようだった。だが、俺の中の違和感は完全には消えなかった。あの気配。あの軽さ。あいつはまだ、何かを隠している。


 藤堂への疑いは、一度引っ込めるしかない。だが、問題が消えたわけではない。深淵王は、会社の休憩室に黒い階段を出した。つまり、サクラの日常の中に、いつでも入ってこられるということだ。ダンジョンの奥でもなく、抗争の戦場でもなく。会社の休憩室に。それは、かなりまずい。

「クロ、戻るよ。休憩長いと怪しまれる」

「分かった」

 サクラは鍵を開け、何事もなかったように休憩室を出る。会社員の日常へ戻っていく。俺は影の中で、もう一度だけ消えた黒い階段の場所を見た。こうして日常がまた始まった。日常のすぐ隣に、深層の闇を抱えたまま。

ご拝読ありがとうございました!


第一部完結(全99話)まで残りあと少し!

いよいよ第5章も大詰め!サクラたちの運命がどこへ向かうのか、第一部のラストまで止まらずに駆け抜けていきます!


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次回の更新もどうぞお楽しみに!

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