76. 【番外編】深淵王と戦った翌日も、納期は待ってくれない
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【番外編】
【深淵王視点】
「あ〜、しまったなぁ」
左肩から先がない自分の体を見下ろしながら、そんなことを思った。あんなに強いなんて、予想すらできなかった。バケモノ。いや、バケモノという言葉では足りない。あれは、災厄だ。しかも困ったことに、問題はそれだけではない。抗争が終息したことで、翌日から周辺地域の緊急自粛は解除された。つまり。明日から仕事である。
「いやいや、この体でどうやって出社するんだよ」
残っている右手で棚を探る。
「ポーション。どこに置いたっけなぁ」
腕は生やせる。だが、生えたところで馴染むまでには時間がかかる。パソコンも打ちにくい。資料も持ちにくい。愛想笑いもしにくい。
「明日は仕事、休もっかな」
少し考えて、頷く。
「うん、そうしよう」
【サクラ視点】
昨日までの抗争が嘘みたいに、今日から仕事だった。テレビでは朝からずっと、三大クラン抗争の特集が組まれている。
『これで大丈夫か日本!』
そんな大きな文字が画面に出ていた。逮捕者が出ないことに、コメンテーターが険しい顔で話している。でも、正直なところ、私には少し分かる。高レベルハンターは、もうほとんど人外だ。普通の警察がどうにかできる相手ではない。もちろん、それでいいのかと言われると困るけど。
ただ、私にはもっと目の前の問題があった。週末締め切りの仕事である。結局、仕事道具は持ち帰ったのに、全然やる暇がなかった。トホホ。主任の藤堂さんに手伝ってもらおうかしら。そんなことを考えながら、私は会社へ向かった。
「おはようございます!」
今日も元気よく出社。一日頑張ろう。
「あれ? 藤堂さん、お休みですか?」
私が聞くと、同じ課の人が頷いた。
「体調不良だって」
「そうなんですね…」
それは大変だ。大変なのだけれど。私も大変だった。週末締め切り。修正多数。確認待ち。納期ギリギリ。しかも、頼ろうと思っていた藤堂さんがいない。やばい。仕事量が、普通にやばい。それから私は、栄養ドリンクを片手に残業へ突入した。深淵王と会っている時よりしんどいかも。なんて思って、すぐに首を振る。不謹慎。でも、納期は納期で命を削る。
残業の途中、足元の影がわずかに揺れた。クロが戻ってきた気配だ。
『戻ったの?』
『ああ。しっかり、レベルを上げてきたぞ』
「え?」
私は小声で呟き、こっそりステータスを確認する。
名前:サクラ
レベル:15
状態:疲労困憊/魂糸共鳴/深層適性者
HP:92
MP:178
魔力:151
筋力:45
耐久:58
敏捷:71
器用:112
運:10
契約獣:影狼クロ
「わ、本当だ」
これならDランクくらいだろうか。いや、それより状態。疲労困憊って、普通に表示されてる。仕事で疲れているの、ステータスにまで出るんだ。
『私のお陰だな!』
クロが得意げに言う。ちょっと腹が立つくらい得意げだった。
『クロ』
『なんだ』
『あなた、レベル上げよりも、どうするつもり?』
『何がだ?』
『美桜さんたちよ』
『うっ…』
分かりやすく詰まった。やっぱり考えてなかった。
『私も、どうなっちゃうんだろう』
『この納期ギリギリの仕事か?』
『違うよ〜。深淵王よ〜』
『それはハンターギルドに任せるしかないだろ』
「そうだよね…」
非日常を求めていた。会社と家の往復だけじゃない、少し特別な何かが欲しかった。でも、あれはやばすぎる非日常だった。あそこまでは求めていない。深淵王は逃げた。迷宮の脅威が取り除かれたわけではない。ダンジョンを、このまま放置するわけにもいかない。そして、私は弱い。クロの足枷に、なっている。たぶん。いや、確実に。
昔の私は、思っていた。「自分もハンターです」と、胸を張りたい。召喚士として。クロの契約者として。誰かに認められたい。でも、今は少し違う。私は、「クロの契約者です」と胸を張れる自分になりたい。強い相棒に守られるだけの存在で終わるのか。それとも、弱いままでも、相棒を支える相棒になるのか。答えは決まっている。頑張らないと。絶対に嫌なのは、クロを一人で戦わせて、壊してしまうこと。そして、私自身が迷宮に呑まれて、仲間や日常まで失うこと。私はまだ弱い。でも、クロを一人で戦わせるために、契約者になったわけじゃない。
私は、パソコンの横に置いたスマホを手に取り、メモアプリを開いた。考えなきゃいけないことが多すぎる。だから、まずは書き出す。
一つ。平日は会社員として、日常を守る。
二つ。クロとの契約負荷を理解する。
三つ。魂糸共鳴に耐えられるよう、自分自身も成長する。
四つ。ダンジョン、黒い階段、迷宮核、深層適性者について調べる。
五つ。美桜さん、若葉さん、真里さんたちとの関係を少しずつ整理する。
六つ。クロを一人で戦わせない方法を探す。
書いてみると、やることは山ほどある。でも、不思議と少しだけ落ち着いた。私は、クロと一緒に深層の真実へ向き合う。守られるだけの相棒ではなく、クロと共に選び、共に戦う相棒になる。弱いままでも、自分の意思で世界とクロを守る。
『サクラ』
クロが、珍しく静かな声で呼んだ。
『無理はするなよ』
「うん。でも、無理しないためにも強くなる」
そう答えると、影の中でクロが少し黙った。たぶん、何か言いたかったのだと思う。でも、言わなかった。私もそれ以上は聞かなかった。代わりに、パソコン画面を見る。未処理のファイル。修正依頼。確認待ち。現実が、そこにあった。
「いやいや、考え事してる場合じゃない」
私は深呼吸して、キーボードに手を置いた。
「今は仕事、終わらせなきゃ〜」
世界の真実も、深淵王も、迷宮核も。全部大事だ。でも、私の日常も大事だ。だから私は、まず目の前の納期と戦うことにした。
これにて第四章、完結となります!
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明日朝の第77話からは、いよいよ第一部を締めくくる【第5章】が開幕いたします!
怒涛の展開とクライマックスに向けて、変わらず【1日2話(朝・夕)】でノンストップ更新してまいります。
サクラたちの勇姿を、ぜひ最後まで見届けていただけると嬉しいです!
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