70. サクラの影から、クロと美桜さんが飛び出した
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【サクラ視点】
「戦局は、天照院の防戦一方ですね」
影臣さんは、静かにそう言った。その声には、勝利を確信しているような響きがあった。少し離れた場所では、天照院と羅刹組のナンバーズがぶつかっている。天照院側は明らかに押されていた。そして目の前には、拘束された羅刹組首領、鬼塚さん。真里さんは人質に取られたまま。私はその隣で動けない。何この状況。昨日まで私の家でピザを食べていたのに。どうして急に、クラン抗争の中心に座らされているの。鬼塚さんは、拘束されたまま静かに影臣さんを見ていた。
しばらく沈黙が続いた。その沈黙を破ったのは、鬼塚さんだった。
「影臣」
低い声。けれど、さっきまでの怒鳴り声とは違っていた。
「お前の気持ちに気づかず、すまねぇ」
「首領……」
影臣さんの顔が揺れる。
「俺は闘うことしか考えてなかったからな」
鬼塚さんは、静かにそう言った。おいおい。どんな空気よ。さっきまで人質だの拘束だの言っていたのに、急に師弟の会話みたいになっている。困る。私はどういう顔をすればいいの。でも、影臣さんの表情を見ると、鬼塚さんの言葉は確かに届いているようだった。
その時だった。
『サクラ……サクラ?』
頭の中に声が響いた。クロだ。
「クロ!」
思わず声に出そうになって、慌てて飲み込む。
『今どこだ?』
「分からない。でも、天照院と羅刹組が戦ってる場所。真里さんと一緒に飛ばされたの」
『もうすぐそこだ』
その言葉だけで、胸の奥が少し軽くなった。
『その前に状況だ。お前の前にいるのは敵か?』
私は、真里さんを人質にしている影臣さんを見る。
「うん。敵」
『分かった』
クロの声が低くなる。その瞬間、私は思った。ああ、来る。
次の瞬間、私たちの横の影が揺れた。黒い影が伸びる。そこから、クロが飛び出した。さらにその後ろから、美桜さん。
「サクラちゃん、無事!?」
「美桜さん!」
返事をするより早く、クロが動いた。影臣さんの側にいた護衛役の男へ、一閃。黒い影が走り、男が崩れ落ちる。美桜さんは、その隙に真里さんの方へ飛び込んだ。
「真里ちゃん、動かないで」
美桜さんは素早く拘束を確認し、真里さんを影臣さんから引き離す。
「ありがとうございます、美桜さん!」
真里さんの声が震えていた。よかった。本当に、よかった。その時、鬼塚さんが低く言った。
「影臣、拘束具を外せ。闘い専門職じゃないお前では無理だ」
影臣さんは、悔しそうに唇を噛む。
「そのようですね…」
影臣さんは、鬼塚さんの拘束具を外した。その瞬間、空気が変わった。拘束されていたはずの男が、ただ立ち上がるだけで戦場の中心になる。私の隣にはクロ。美桜さん。真里さん。逃げられる状況ではない。でも、真里さんをまた人質にされるわけにもいかない。
「クロ、闘うわよ」
私がそう言うと、クロの耳がぴくりと動いた。けれど、実際に前へ出たのは鬼塚さんだった。そこからは、一方的だった。拳が振るわれるたび、クロと美桜さんの体が揺れる。受ける。かわす。下がる。それでも追いつかれる。首領という言葉の意味を、私は目の前で見せつけられていた。
私たちが追い詰められた、その時。一人の男が近づいてきた。静かな歩き方だった。慌てていない。止めようとしているようにも見えない。ただ、最初からこの瞬間を待っていたように歩いてくる。その手の甲には、文字があった。No.4。ナンバーズ。しかも上位。鬼塚さんが、その男を見る。
「玄弥、どうした?」
玄弥と呼ばれた男は、静かに微笑んだ。次の瞬間、空気が変わる。透明な膜のようなものが、周囲を覆った。外の音が消える。戦いの音も、怒号も、遠くの爆発音も。すべてが薄い壁の向こうへ押し込められたようだった。結界。そう理解した瞬間、背中がぞわりとした。
玄弥さんは、影臣さんへ視線を向けた。
「よく動いてくれたよ、黒瀬影臣」
「…どういう意味です」
影臣さんの顔が強張る。
「この抗争は、君が起こしたと思っていたのか?」
玄弥さんは、楽しそうに言った。
「違う」
その一言で、空気が冷えた。
「君が使った策も、札も、情報も、呪印も、私が流した」
影臣さんの顔から、血の気が引いていく。
「そんな……」
「君はよく動いてくれた。鬼塚鉄心を止め、天羽義道を削り、天照院と羅刹組を衝突させた」
玄弥さんは、拍手でもしそうなほど穏やかに言う。その穏やかさが、気持ち悪かった。この人は、影臣さんの忠誠も、真里さんの恐怖も、天羽さんや鬼塚さんの戦いも。全部、道具として見ている。
玄弥さんは、次に鬼塚さんを見た。
「そして、鬼塚鉄心。君は強い」
「てめぇ…」
「だが、強いだけでは迷宮は守れない」
迷宮を守る。その言葉に、私は引っかかった。守る?
ダンジョンを?普通、ダンジョンは攻略するものじゃないの?玄弥さんは、そんな私たちの反応など気にしていない。
「君の喧嘩は、私の盤面ではただの騒音だ」
鬼塚さんの額に青筋が浮かぶ。でも、玄弥さんは涼しい顔だった。
「さて」
彼はゆっくりと片手を上げる。
「お目当てのハンター駆除を行いましょう」
駆除。その言い方に、ぞっとした。人を、人として見ていない。
玄弥さんの足元に、黒い魔法陣が広がった。光ではない。闇が、形を持って広がっていく。
「深淵葬界」
その言葉が落ちた瞬間、結界の外、天照院と羅刹組がぶつかっている上空に黒い点が生まれた。最初は小さかった。けれど次の瞬間、それは一気に膨れ上がる。黒い爆発。音は聞こえない。玄弥さんの結界が、外の音を遮っているからだ。だからこそ、余計に怖かった。無音のまま、黒い光が空を飲み込んでいく。
「お兄様……!」
真里さんが叫ぶ。クロが私の前に出た。美桜さんも、すぐに構える。私は、ただその黒い爆発を見上げることしかできなかった。ハンター駆除。その言葉の意味が、目の前で形になっていた。
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