65. クラン抗争より納期が怖いので、会社に荷物を取りに行きます
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【サクラ視点】
天照院と羅刹組の抗争は、私の会社の近くで起きていた。ニュースでは、周辺地域の企業に休業要請が出されたと報道されている。さらに、外出自粛の通知まで届いた。つまり、今日は会社が休み。よっしゃー!……と、思った。思ったのだけれど。私には今週納期の仕事があった。しかも、必要なパソコンと資料は会社に置いたまま。休みになったからといって、納期が消えてくれるわけではない。現実は、モンスターよりしつこい。私は深くため息をついた。
「会社に、荷物取りに行かなきゃ…」
私が外出の準備を始めると、真里さんもなぜか立ち上がった。
「何してるんですか?」
「お出かけですよね? 付いていきますわ」
「いやいやいや。真里さんは危険なんです。ここで待機していてください」
「何を言っていますの?」
真里さんは、きょとんとした顔で言った。
「サクラさんこそ危険ですわ。私も一緒にいた方が良いに決まっています」
「でも、真里さんが狙われたら…」
「だからこそ、一人でいるよりサクラさんと一緒の方が安心ですわ」
そこから、しばらく問答が続いた。けれど、真里さんは折れない。お嬢様の芯は、思った以上に強かった。私は最終的に、肩を落とした。
「仕方ないか…」
こうして、私は真里さんを連れて会社へ向かうことになった。
外に出ると、街の空気はいつもと違っていた。人通りは少ない。店のシャッターもいくつか閉まっている。遠くではサイレンの音がしていた。真里さんは、静かに周囲を見ている。私もできるだけ早足で歩いた。何事もありませんように。そう願いながら会社へ向かう。結果として、何事もなく職場には着いた。会社の中には、思ったより人がいた。みんな考えることは同じらしい。納期。締切。取引先。抗争が起きても、仕事は消えない。分かる。すごく分かる。
資料をまとめていると、後ろから声をかけられた。
「サクラさん、おはよう。納期関係?」
振り向くと、藤堂さんだった。今日も爽やかスマイル。こんな状況でも眩しい。
「おはようございます。そうです。今週末が納期で、パソコンと資料を取りに来ました」
「そうだね。あそこの会社は納期にうるさいからね」
藤堂さんは苦笑した。
「それにしても、早く帰った方がいい」
「はい。すぐに帰ります」
藤堂さんの視線が、私の隣へ向く。
「えーっと、そちらの方は?」
「えーっと…友人の、ハンターでして。二人なら安心かもって」
「そっか。サクラさんもハンターやってたね」
「私は趣味程度ですが…あはは」
そう言って、私は荷物を抱えた。
「それでは帰ります。お先に失礼します」
私と真里さんが背を向けようとした時だった。藤堂さんが、軽く私の肩に触れた。そして、真里さんの肩にも。
「ハンターさんには、いつもお世話になっております」
そう言って、いつもの笑顔を浮かべる。
「二人とも、気をつけてね」
「ありがとうございます」
私は軽く頭を下げた。ほんの少しだけ、肩に残る感触が気になった。でも、それは一瞬のことだった。この状況で心配してくれたのだろう。そう思って、私は会社を出た。
会社を出て、家へ向かって歩き出す。真里さんは、少し楽しそうに言った。
「とても良い人でしたわね」
「そうね。お世話になっている先輩で、うちの課の主任でもあるの」
「まあ。もしかして、サクラさんの想い人かしら?」
「ち・が・い・ま・す!」
私は即答した。
「あら、そうですの? お似合いですわよ」
「さすがにタイプじゃないというか……」
「では、どんな男性が好みですの?」
「え?」
その瞬間、頭の中にクロの人型が浮かんだ。黒い翼も角も隠した、白いシャツ姿のクロ。いやいやいや。私は慌てて頭を振った。今のなし。消えろ、頭の中のクロ。そして、私は言い切った。
「好きになった人がタイプです!」
真里さんは目を丸くして、それからふわりと笑った。
「あら。それも素敵ですわね」
その時、真里さんのお腹が小さく鳴った。真里さんは、少し頬を赤くする。
「それにしても、お腹が空きましたわ」
早い。昨日、あれだけピザを食べたのに。
「あそこで、おにぎりをテイクアウトしていきませんか?」
真里さんが指差した先には、おにぎりとからあげの店があった。テイクアウト。うん。いいけど。真里さん、お金持ってないよね。しかも、たくさん食べるよね。そう思ったところで、私は思い出した。私、一応ダンジョン攻略でけっこうお金があるんだった。よし。
「買っていきますか!」
「そうこなくっちゃ! ですわ♪」
真里さんの顔が一気に明るくなった。
帰ってから、真里さんはおにぎりを10個、からあげを20個、ぺろりと食べた。ぺろり。本当に、ぺろりだった。食べ方は綺麗だ。上品だ。でも量がおかしい。私が呆然としていると、真里さんは少し恥ずかしそうに笑った。
「なんだか、食べられない時の恐怖があるのですわ」
「食べられない時の恐怖?」
「はい。理由は分かりませんの。でも、食べられる時に食べておかないと、落ち着かないと言いますか…」
その言葉に、私は少しだけ笑えなくなった。真里さんはお嬢様だ。食べ物に困る生活をしてきたとは思えない。なら、この感覚はどこから来ているのだろう。マリーさん。その名前が、頭に浮かんだ。真里さんの中にある、前の誰かの記憶。もしかすると、その影響なのかもしれない。私は何も言えず、ただ空になったおにぎりの包みを見つめていた。
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