62. 真里さんに告白されたクロ、サクラに食育される
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【サクラ視点】
真里さんが帰って、しばらくした頃。クロが戻ってきた。人型ではなく、いつもの黒狼の姿で、何事もなかったように影から顔を出す。でも、私には分かる。魂糸共鳴で、ほんのり伝わってくるのだ。嬉しそう。ものすごく、嬉しそう。真里さんに「好き」と言われて、明らかに浮かれている。満面笑み野郎である。黒狼だから表情は分かりにくいけれど、心がニヤニヤしている。よし。とっちめてやろう。
「クロ、ご飯よ」
私はいつもより丁寧な声で言った。クロがのそのそとやってくる。そして、器の中を見た。フードが5粒。
「…なんだこれは?」
「だから、ご飯だって」
「……フードが5粒しかない。この体には少なくないか?」
「そうですね。真里さんに告白されて、ずいぶん嬉しそうだった召喚獣さんには、これくらいで十分です」
クロの眉が、わずかに動いた気がした。
「嫉妬か」
「違います」
「では、これは何だ」
「食育です」
「5粒で育つか」
正論だった。でも、今日は正論を聞く日ではない。
クロは、しばらく私を見ていた。そして、何かを察したらしい。
「サクラ」
「何ですか」
「昨日の判断は助かった」
「昨日?」
「お兄ちゃん設定だ。あれがなければ、かなり面倒なことになっていた」
私は少しだけ視線をそらした。
「まあ、そうでしょうね」
「それに、日本語もだいぶ話せるようになった。あれもサクラのおかげだ」
「…分かっているならいいです」
「感謝している」
ずるい。こういう時だけ素直になるのはずるい。クロは器の中のフードを、一粒ずつ食べ始めた。なんだか少し可哀想になってきた。いや、でも嬉しそうだったし。うん。もう少しだけ反省してもらおう。
なんだかんだで、クロは私のご機嫌取りを頑張った。だから、ご褒美をあげることにした。
「クロ」
「なんだ」
「反省した?」
「何に対してかは分からんが、した」
「よろしい」
私は冷凍庫を開けた。取り出したのは、クロが最近ハマっているアイス。市販の白もちだいふくアイスに、私が少し手を加えた特製デザートだ。きな粉をたっぷり。黒蜜をとろり。完成。サクラ特製“黒蜜きな粉雪見もち”。クロはこれの中毒者になるであろう。うっふっふっ。これを前にして、クロは逆らえない。
クロの目が変わった。さっきまでの大悪魔っぽい雰囲気が消えた。完全に、甘いものを前にした黒狼である。
「食べていいわよ」
私が言うと、クロは器用に一口食べた。そして、動きが止まる。
「…これは」
「どう?」
「危険な食べ物だ」
「褒めてる?」
「もちろんだ」
クロは真剣な顔で言った。黒蜜。きな粉。もちもちのアイス。千年以上ぶりの日本文化に、また一つクロが敗北した瞬間だった。ふふん。やっぱり、私の勝ちだ。
ご褒美の後は、日課の日本語のお勉強だ。
「今日は会話練習ね」
「またか」
「またです。こないだ真里さんと普通に話せたのは、誰のおかげだと思ってるの?」
「…サクラのおかげだ」
「よろしい」
本当に感謝してもらいたい。クロは最近、日本語がかなり自然になってきた。最初の頃の、単語をつなげるだけの怪しい日本語を思えば大進歩だ。
「じゃあ、今日は自然な言い訳の練習をします」
「なぜ言い訳なんだ」
「昨日、スマホ忘れたって言い訳が微妙だったから」
「あれは緊急事態だった」
「だから練習するの」
こうして、私たちの平和な日本語教室が始まった。
その時だった。テレビから、聞き慣れない速報音が鳴った。私とクロは同時に顔を上げる。画面の上部に、赤い文字が流れた。
『速報。天照院と羅刹組の間で大規模衝突』
私は息を呑んだ。天照院。羅刹組。どちらも、最近やたらと私たちの周りに出てきた名前だ。さらに画面には、新しい文字が表示される。
『都内複数箇所でハンター同士の戦闘を確認。ギルドが緊急対応へ』
さっきまで、黒蜜きな粉雪見もちで平和にしていた部屋の空気が、一瞬で変わった。クロの目が鋭くなる。私の胸の奥も、嫌な音を立てた。
真里さんの顔が浮かんだ。天照院。羅刹組。ナンバーズ。それは、私には関係ない世界だと思っていた。でも、もうそんなことは言えない。真里さんがいる。美桜さんたちも関わっている。そして、クロも。
「面倒なことになったな」
クロが低く言った。私は小さく頷く。さっきまでの嫉妬も、フード5粒も、黒蜜きな粉雪見もちも。全部、遠い日常みたいに感じた。画面の中では、速報の文字が流れ続けている。平和な夜は、そこで終わった。
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