61. 真里さんの好意が重すぎて、クロが逃げました
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【クロ視点】
真里が来た理由は、先日の件のお礼だったらしい。呼び鈴を鳴らした。けれど、反応がなかった。帰ろうとした時、ドアが開いていることに気づいた。さらに中から物音がした。だから、誰かいるのだと思って、悪いと思いながらも上がってきてしまった。……とのことだった。いや、怖い。サクラ、鍵は閉めろ。というか、俺も気づけ。ノイズキャンセリングに感動している場合ではなかった。ちなみにサクラはこの後、本気でオートロックのマンションへ引っ越すことを決意する。そうだ。ダンジョンを攻略して、多少の金はあるのだ。こういうところに使うべきだ。
真里は、俺をじっと見ていた。先ほどの「好き!」の衝撃が、まだ部屋の中に残っている。正直に言おう。嬉しくないわけではない。だが、これは違う。タイミングが違う。場所が違う。状況が違う。そして何より、サクラがいる。サクラの笑顔が怖い。真里の好意は、たぶん真里だけのものではない。その奥にマリーの記憶の欠片がある。だからこそ、軽く受け止めていいものではない。俺は一刻も早く、この場から離れる必要があった。
「と、とりあえず真里ちゃん。俺はもう帰らないといけないから行くね」
俺はできるだけ爽やかに言った。爽やかに言えた自信はない。真里は、はっとした顔で俺を見る。
「あ! あの、お名前を伺ってもよろしいですか?」
名前。まずい。
「クロ…バ、だ。クロバ」
危なかった。普通にクロと言いかけた。いや、クロバって何だ。しかし真里は、目を輝かせた。
「クロバ様ですね! 私は天羽真里です。よろしくお願いしますわ!」
「うん。よろしく」
「それと、スマホの連絡先もお願いできますか?」
来た。現代日本の人間関係における、最大級の追撃。
「あー、スマホ、忘れちゃって…また今度ね。ちょっと急いでいるから、もう行くね! バイバイ!」
俺は逃げた。逃げるしかなかった。
俺は玄関へ向かい、そのまま外へ出た。背後でサクラが何か言いかけた気がする。だが、聞こえないふりをした。ドアを閉めた瞬間、足元に違和感があった。靴を履いていない。……やってしまった。現代日本は、外に出る時に靴を履く文化だった。千年以上ぶりの人型生活において、また一つ学びを得た。いや、そんなことを考えている場合ではない。俺は廊下を素足で走った。これはこれで、戦場より恥ずかしい。
【サクラ視点】
家に戻った私は、玄関で固まった。そこには、クロと真里さんがいた。しかもクロは人型。なんで。どうして。何が起きたの。それだけでも大事件なのに、二人の周りにお花が飛んでいるように見えた。真里さんはうっとりした目でクロを見ている。そしてクロの心も、魂糸共鳴でほんのり伝わってきた。嬉しそう。なんで嬉しそうなのよ。私は一瞬で判断した。クロの正体がバレるよりはマシ。だから叫んだ。
「お兄ちゃん!」
そして、真里さんはクロに抱きついた。
「好き!」
いや、早い。展開が早い。しかもクロの心が、超嬉しそうだった。腹が立つ。なんでかしら。別に、クロが誰に好かれても私には関係ない…はず。でも、面白くない。すごく面白くない。それにしても、私の部屋で、私の召喚獣が、人型で、他の女の子に抱きつかれている。何この状況。誰か説明してほしい。
真里さんが名前を聞いた時、私は嫌な予感がした。
「クロ…バ、だ。クロバ」
雑!あまりにも雑!普通にクロって言いそうになって、慌てて何か足しただけじゃない。でも真里さんは、まったく疑っていなかった。
「クロバ様ですね!」
信じた。信じちゃった。さらにスマホの連絡先を聞かれたけれど、クロは忘れたと言って逃げた。まあ、スマホ持ってないものね。あの言い訳で十分…なのかな。十分じゃない気もする。
クロは、ものすごい勢いで玄関から出て行った。去り方が微妙すぎる。そして、私は気づいた。靴を履いていない。
「…クロ、大丈夫?」
声に出したけれど、もう遅い。ドアの向こうから、廊下を走る足音が聞こえた。たぶん、素足だ。今日だけで、引っ越しを本気で考える理由が三つくらい増えた。
【真里視点】
運命ですわ。まさか、サクラさんの家で運命の人に出会うなんて。サクラさんのお兄様。クロバ様。なんて素敵なお方なのでしょう。初めて会ったはずなのに、初めてではない気がしました。胸が熱くなって、目が離せなくて、気づいた時には告白して抱きついていました。私としたことが、なんて大胆な。でも、止められなかったのです。抱きついた瞬間、分かりました。私とクロバ様は、運命の糸で結ばれていますわ。
クロバ様に抱きついた時、とても懐かしい気持ちになりました。まるで、長い旅の果てに、ようやく帰る場所を見つけたような。胸の奥が温かくなって、少し泣きそうになりました。アシェル。そんな名前が、また頭に浮かびました。でも、あのお方はクロバ様。サクラさんのお兄様で、クロバ様。ならば、今はそれでいいのです。いずれ、きっと分かりますわ。そして私は、絶対に逃しません。
それにしても。クロバ様、慌てて出て行ってしまわれましたけれど。靴を履いていなかったような気がしますわ。…大丈夫かしら。そこもまた、少し可愛らしいですわね。
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