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51. 誰の妹に手を出しているのか

いつも応援ありがとうございます!

当作品は、【毎日 朝06:00 / 夕方18:00】の1日2回、定時更新でお届けしております。


最新話までじっくりお楽しみください!

【サクラ視点】

 私はふらつきながら、真里(まり)さんの元へ駆け寄った。頭はまだ痛い。口の中には血の味が残っている。でも、そんなことを言っている場合じゃなかった。真里さんはまだ拘束されたままだ。手足を縛られ、体を固定され、口も塞がれている。目には涙が浮かんでいた。いつもの堂々とした真里さんじゃない。その姿を見た瞬間、胸がぎゅっと苦しくなった。

「大丈夫です。今、外しますから」

 私は震える手で拘束具に触れた。クロも隣に来て、周囲を警戒している。やっと助けられる。そう思った、その時だった。


 背後から、凄まじい威圧が飛んできた。空気が重くなる。背中に氷を押し当てられたような感覚。私は思わず固まった。

「誰の妹に手を出しているのか、分かっているのか?」

 低い声だった。振り返ると、訓練場の入り口に、男の人が立っていた。真里さんと同じ、どこか品のある顔立ち。けれど、その目には怒りが燃えている。手には剣。たぶん、この人が真里さんのお兄さん。天照院(あまてらすいん)の総長。でも、今の状況だけ見たらまずい。拘束された真里さん。傷だらけの私。人型から戻ったクロさん。気絶して拘束されている征士郎(せいしろう)さん。どう見ても、私たちが怪しい。

「ち、ち、違います! 私たちは…」

「黙れ。聞く耳は持たん」

 声が、喉の奥で止まった。


 総長さんが剣を振りかぶってこっちに飛んでくる。速い。征士郎さんも速かったけれど、この人もとんでもない。私は動けなかった。足がすくんで、声も出ない。その瞬間、クロさんが動いた。でも、総長さんに飛びかかったわけじゃない。クロさんは真里さんの口元へ跳び、塞がれていたテープを噛んで剥がした。え。今、ちょっと近くない?見間違いだよね?キスしてないよね?いや、クロさんは今、狼だから口でしか剥がせない。分かってる。分かってるけど、危ないよ!そんな場違いなことを思った直後、真里さんが叫んだ。


「お兄様、違いますの!」

 真里さんの声が訓練場に響いた。剣が、私の目の前で止まる。

「この方たちは、私を助けてくださいましたの!」

 一瞬、空気が止まった。総長さんの目が、私から真里さんへ移る。

「…真里?」

「本当ですわ。サクラさんとクロさんが来てくださらなかったら、私は…」

 真里さんの声が震えた。総長さんは剣を下ろした。

「…そうなのか」

 私は、そこでようやく息を吐いた。助かった。本当に、間一髪だった。

「失礼した」

 総長さんは深く頭を下げた。

「妹を傷つけた者だと早合点した。申し訳ない」


 総長さんはすぐに真里さんの元へ向かった。私が外せなかった拘束具を、手際よく外していく。手首。足。体を固定していた金具。全部が外れた瞬間、真里さんの体が崩れた。総長さんはそれを受け止める。

「真里」

「お兄様…」

 真里さんの声は、今にも消えそうだった。総長さんは自分の上着を脱ぎ、真里さんの肩にかけた。

「もう大丈夫だ」

 その言葉を聞いた瞬間、真里さんの目から涙がこぼれた。私は何も言えなかった。クロも、黙ってその様子を見ていた。


 真里さんは、少しずつ事情を話した。征士郎さんに呼び出されたこと。「総長が危ない」と言われ、ここへ来たこと。地下訓練場には天花隊のメンバーもいたこと。そこで意識を失い、目が覚めたら拘束されていたこと。征士郎さんが、天照院の改革だと言ったこと。そして、天花隊(てんかたい)に写真と剣を渡し、総長さんを襲わせたこと。総長さんの顔が、だんだん険しくなっていく。

「そうか。征士郎さんが…」

 その声には、怒りだけではなく、深い失望も混じっていた。きっと総長さんにとっても、信頼していた人だったのだ。


「あいつはどこに?」

 総長さんが低く聞いた。

「あそこにいます」

 私が指さすと、全員の視線が征士郎さんへ向いた。征士郎さんは拘束魔道具で縛られ、床に倒れていた。片腕は失われている。総長さんは征士郎さんの前に立ち、冷たい声で言った。

「起きろ」

 征士郎さんが、うめきながら目を開ける。

「う…総長……」

 その目を見て、私は少し驚いた。さっきまでの嫌な狂気が薄れている。征士郎さんは真里さんを見ると、顔を歪めた。

「真里…すまない…」

 真里さんの肩がびくりと震えた。総長さんは表情を変えずに問いかける。

「何があった?」

「分かりません。意識は……ぼんやりとありました。ですが、体が言うことをきかず、口から出る言葉も、自分のものではないようで……」

「洗脳だ」

 総長さんが言った。

「天花隊も全員、洗脳されていた」


「いつからだ」

 総長さんが、低い声で問いかけた。征士郎さんは、苦しそうに眉を寄せる。

「…数日前です。天花隊の訓練を見ていました」

「訓練?」

「はい。封鎖ダンジョン内の訓練場で、天花隊の連携訓練をしていました。真里はいませんでした。私と、天花隊のメンバーだけです」

 征士郎さんは、失った腕の方を見てから、悔しそうに唇を噛んだ。

「そこへ、一人の男が現れました」

「男?」

「見覚えのない男でした。天照院の関係者ではありません。ですが、いつの間にか訓練場の中に立っていた。侵入経路も分かりません」

 その場にいた全員の空気が重くなった。天照院が管理する封鎖ダンジョン。普通なら、部外者が簡単に入れる場所ではないはずだ。

「すぐに取り押さえようとしました。ですが…強かった」

 征士郎さんの声が、少し震えた。

「天花隊も私も、抵抗しました。けれど、まるで相手にならなかった。それから奇妙な道具を使いました」

「道具?」

「黒い輪のようなものです。首輪にも、腕輪にも見える魔道具でした。それを押し当てられた瞬間、頭の中に何かが入り込んできた」

 征士郎さんは、額に汗を浮かべながら続けた。

「そこから先は、はっきりしません。意識はありました。ですが、体が言うことをきかず、口から出る言葉も、自分のものではありませんでした」

 総長さんが拳を握りしめる。

「天花隊も同じか」

「おそらくは…。彼らも私と同じ道具を使われました」

 真里さんの顔が青ざめた。

「では、天花隊のみなさんは…」

「洗脳されていた可能性が高い」

 総長さんが静かに言った。謎の男。封鎖ダンジョンに侵入できる力。征士郎さんと天花隊をまとめて制圧できる強さ。そして、洗脳道具。怖い…


「洗脳されていたことは分かった」

 総長さんは静かに言った。

「だが、事が起きた以上、責任は取ってもらう」

 征士郎さんは目を伏せた。

「はい。当然です」

 その声には、さっきまでの狂気はなかった。

「真里を傷つけ、天花隊を動かし、クランを混乱させた。たとえ操られていたとしても、何もなかったことにはできない」

「分かっています。償わせてください」

 征士郎さんは、床に額をつけるように頭を下げた。真里さんは、その姿を見て何も言わなかった。許せるはずがない。でも、洗脳されていたのなら、何をどこまで恨めばいいのかも分からない。その横顔は、ひどく苦しそうだった。


 総長さんは、私たちに向き直った。

「サクラ…殿、といったかな」

 いきなり殿づけされて、私は少し背筋を伸ばした。

「妹を助けてくれたこと、心から感謝する」

 総長さんは深く頭を下げた。

「それと、先ほどは剣を向けてすまなかった」

「い、いえ! あの状況なら仕方ないです!」

 本当に怖かったけど。ものすごく怖かったけど。

「本来なら、封鎖ダンジョンへの無断侵入は問題になる。だが、今回は不問とする。むしろ、君たちが来なければ真里は助からなかった」

 真里さんも、私たちを見た。

「サクラさん、クロさん。本当に、ありがとうございましたわ」

 その声はまだ震えていた。でも、生きている。助けられた。私はそのことに、ようやく少しだけ安心した。ただ、足元の影は静かだった。事件は終わった。でも、黒幕はまだどこかにいる。そんな気がしてならなかった。

本編をお読みいただきありがとうございました!


一気読みしてくださった方も、毎日追ってくださっている方も、本当にありがとうございます!

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