5. 名もなき悪魔、勇者の名を聞く
とりあえず、10話まで毎日3話投稿します!
2日目、2話目の投稿です。次は本日18時頃
ルクセリア王国を滅ぼした後、俺はしばらく目的を失っていた。契約は果たした。マリーの願いも叶えた。それなら悪魔の世界に戻ればいい。本来なら、それで終わりのはずだった。だが、俺は戻らなかった。いや、戻る気になれなかった。
ヴァルメリアは、大昔はダンジョンと共に生きる星だった。ダンジョンは畑であり、鉱山であり、市場であり、時に信仰の対象でもあった。人々はダンジョンから得た魔石で灯りをつけ、ダンジョンで取れた鉄で鍋を作り、モンスターの肉を串焼きにして売っていた……そうだ。
旅の途中、どこの街でも、1500年もの間語り継がれてきた伝説を耳にした。大賢者が率いたという勇者一行。その中でも、“勇者アシェル”の名は今なお特別だった。なんでも彼らは、かつて存在した“なんでも願いを叶えるダンジョン”を攻略したのだという。まったく、一千五百年越しの胡散臭いおとぎ話だ。なんでも願いが叶うというなら、まずその名前を後世にどうにかして残せばよかったものを。
旅の中で、ひとつだけ妙に楽しかった思い出がある。とある街の祭りだ。夜になっても街は明るく、魔石灯が石畳を照らし、屋台からは焼いた肉と甘い酒の匂いが漂っていた。悪魔の世界にはない騒がしさ。地球の祭りとも少し違う、けれど懐かしい熱気。俺はそこで、なぜか男装パーティーに出ることになった。
「名前は?」そう聞かれて、俺は一瞬詰まった。悪魔になってから、俺に名前はなかった。かつて人間だった頃の名前も、もう遠すぎて、自分のものという感じがしない。だから咄嗟に、旅の途中で何度も聞いた名前を口にした。
「アシェル」
勇者の名前だった。まさか本人に許可を取るわけにもいかない。まあ、減るものでもないだろう。
マリーが俺の中でどうなったのか、正直よく分からない。契約の時点で死んだのか。体だけを俺に渡して、魂はどこかへ行ったのか。それとも、まだこの体の奥にいるのか。ただ、旅の途中で何度か、不意に感情が溢れることがあった。
だが、どれだけ旅が楽しくても、終わりは来る。マリーの体は、最初から限界に近かった。俺が受肉したことで無理やり動かしていただけで、本来ならあの夜に死んでいてもおかしくなかったのだ。一年と少し。それが、この体に残された猶予だった。
そして、マリーの肉体は死んだ。痛みはなかった。ただ、指先から少しずつ温度が消えていく感覚があった。呼吸が浅くなり、胸の奥で動いていたものが静かになっていく。俺は死なない。悪魔である俺は、肉体が滅びても消えない。それは分かっていた。だが、マリーの体は、確かに終わった。
俺はその体を燃やした。悪魔なら、そんなことをする必要はない。肉体は器。壊れれば捨てるだけ。それが悪魔の理屈だ。だが、俺はそうできなかった。その体は、マリーのものだった。そして一年と少し、俺に世界を見せてくれた体でもあった。
火が静かに消えた。灰になったマリーの体を前に、俺はしばらく動けなかった。その時だった。
「魂を回収します」
声がした。女の声でも、男の声でもない。感情のない、世界そのものが喋ったような声だった。まずい。そう思った時には、もう遅かった。俺は意識を失った…
修正しました。ダンジョンが攻略されたのは大昔(約1500年前)に。




