48. 師匠からの呼び出しは、罠だった
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【サクラ視点】
真里さんと一緒に食べる新作スイーツは、思っていたより楽しかった。話している内容は、スイーツに似合わないものばかりだったけれど。スライムの処理方法とか、ゴブリンに油断してはいけないとか、オークの臭いはどうにかならないのかとか。可愛いスイーツを前にして、会話に花はない。でも、不思議と楽しかった。そんな時、真里さんのスマホが鳴った。画面を見た真里さんは、すっと姿勢を正す。
「あら、お師匠様からの電話ですわ。サクラさん、少しお待ちになって」
真里さんが電話に出ると、少しだけ相手の声が漏れて聞こえた。
「総長が危ない。君だけに頼みたいことがある」
総長。真里さんのお兄様のことだ。真里さんの表情が変わった。
「お兄様が…?」
声は落ち着いていたけれど、目の奥に緊張が走ったのが分かった。しばらく話したあと、真里さんは電話を切った。
「ごめんなさい、サクラさん。お先に失礼しますわね」
「大丈夫です。何かあったんですか?」
「少し、お兄様のことで確認したいことがあるそうですの」
真里さんは笑っていた。でも、その笑顔は少しだけ硬かった。
真里さんが席を立つと、足元の影から流れていたご機嫌な気配が、すっと小さくなった。…クロ。分かりやすすぎる。ちょっと腹が立つ。
「どうしちゃったんだろうね〜」
私が影に向かって話しかけると、クロは短く返した。
「さぁな」
それだけだった。でも、なんとなく気になった。ただの用事ならいい。けれど、真里さんの表情が少し硬かったことが、頭の隅に残っていた。私はスイーツを食べ終え、予定通りダンジョンへ向かうことにした。
【真里視点】
お師匠様からの電話を受け、私はすぐに向かうことにしましたわ。お師匠様――征士郎さん。天照院の古参幹部であり、私に剣を教えてくださった方。私にとっては、お兄様の次に尊敬している方ですわ。厳しい方です。甘い言葉をかけてくださる方ではありません。けれど、天照院の未来を本気で考えている。お兄様を支え、私にも剣士としての在り方を教えてくださった。だから、疑う理由などありませんでした。
「総長が危ない。君だけに頼みたいことがある」
その言葉を聞いた私は、ただお兄様の身を案じていました。
呼び出された場所は、天照院が管理している封鎖ダンジョンの地下訓練場でした。外部のハンターは入れない、天照院内部の訓練施設。私も何度か使ったことがあります。そこには、私のパーティーである天花隊のメンバーも揃っていました。
「みなさんも呼ばれていましたのね」
私は、少しだけ安心しました。けれど。その安心こそが、間違いでした。次の瞬間、背後から何か甘い匂いがした。視界が揺れる。足元が崩れる。
「……え?」
声を出す前に、私の意識は闇に落ちました。
次に目を覚ました時、何も見えませんでした。目隠しをされています。口も塞がれていて、声が出せない。手も、足も、動かない。体は冷たい柱のようなものに固定されていました。力を込めても、縄はびくともしません。怖い。何が起きていますの?ここはどこですの?私は必死に体を動かそうとしました。でも、動かない。その時、聞き慣れた声がしました。
「起きたようですね。目隠しを取ってあげなさい」
お師匠様の声でした。
目隠しが外されました。まぶしい。何度か瞬きをして、ようやく周囲が見えてきます。そこにいたのは、天花隊のメンバーでした。私の目隠しを外したのは、天花隊のリーダー。そして、その奥に立っていたのは――お師匠様。どうして。どういうことですの。声を出そうとしても、口を塞がれていて言葉になりません。征士郎さんは、いつもと変わらない穏やかな顔で言いました。
「すまないね、真里。これは天照院の改革なんだ」
改革。その言葉の意味が分かりませんでした。
「君のお兄さんでは、これからのクラン競争を勝ち抜けない。まだダンジョン攻略を優先しようとしている。今は、天照院を最強のクランにするべき時なのにね」
お兄様。その言葉に、体が強張りました。
「何度も退くように話した。だが、どうしても退かない。だから、力づくで事を進めることにした」
私は必死に首を振りました。違う。お兄様は、天照院のことを考えていないわけではありません。でも、声は出ませんでした。
私は必死に声を出そうとしました。口を塞がれていても、何かを伝えたかった。その時、腹に衝撃が走りました。
「っ――!」
蹴られたのだと、少し遅れて分かりました。痛い。息ができない。征士郎さんは、私を見下ろしたまま言いました。
「暴れない方がいい。君の役目は、総長の心を折ることだからね」
役目。私は人質なのだと、ようやく理解しました。征士郎さんは天花隊のメンバーへ視線を向けます。
「この写真を持って行きなさい。そして総長を討つのです」
差し出された写真に、私は血の気が引きました。そこには、拘束された私が写っていました。
「総長は妹に甘い。これを見れば、必ず揺らぐ」
さらに、征士郎さんは一本の剣を差し出しました。
「レベル差を埋める剣だ。今の君たちでも、総長に届く」
天花隊のメンバーたちは、その剣を受け取りました。どうして。どうして、みなさんまで。私は叫びました。でも、声は塞がれて届きませんでした。
怖い。お兄様。助けて。そう思った瞬間、知らない景色が頭の中に流れ込みました。見たことのない広場。大勢の人。冷たい目。私に向かって、石や物が投げられている。どうして。私は誰。隣には、誰かが吊るされていました。大切な誰か。叫びたいのに、声が出ない。助けてと言いたいのに、誰も来ない。でも、心の奥で、一つの名前だけが浮かびました。アシェル。アシェル、助けて。私はその名前を、なぜ知っているのでしょう。分からない。でも、その名前だけが、暗闇の中で消えませんでした。
天花隊のメンバーたちは、写真と剣を持って部屋を出ていきました。行かないで。お兄様を傷つけないで。私は必死に体を揺らしました。でも、縄はほどけない。口を塞がれていて、声も出ない。扉が閉まる音がしました。その音が、ひどく遠く聞こえました。部屋に残ったのは、私と征士郎さんだけ。
「さて、真里」
征士郎さんが、ゆっくり近づいてきます。その目は、私の知っている師匠のものではありませんでした。
「君には、総長の妹としての価値を、最後まで使わせてもらうよ」
体が震えました。怖い。お兄様。アシェル。誰か。助けて。
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