47. 真里さんといる時だけ、クロの機嫌が良すぎます
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【サクラ視点】
クロが出掛けて、しばらくして帰ってきた。でも、なんだか暗い。いつものように偉そうでもないし、文句を言うわけでもない。ただ、部屋の隅に伏せて、じっと黙っている。どうしたんだろう。聞いた方がいいのかな。でも、聞かない方がいいのかな。そんなことを考えていたら、気になって仕方なくなった。え〜い、聞いちゃえ!
「ね〜クロ、どうしたの〜?」
「クロではないんだが…」
「で〜?」
私がじっと見ると、クロは少しだけ目をそらした。
「どうやら、昔の俺を知っている人間に会った」
「昔のクロを?」
「皐月と呼ばれた」
胸が少しだけ跳ねた。皐月さん。美桜さんが探している人。若葉さんのお兄さん。そして、クロかもしれない人。
「それで?」
「逃げてきた」
クロは短く言った。その声は、少しだけ苦そうだった。
「そっか」
私は、それ以上責められなかった。たぶん、クロの人型は皐月さんと同じ容姿なのだ。だから、昔の知り合いに気づかれた。
「どうしたもんかね〜。もう言っちゃう?」
私が聞くと、クロは黙った。
「……」
「だね」
私も、それ以上は言えなかった。
本当は、聞きたいことがたくさんあった。どんな人だったのか。何を言われたのか。美桜さんに連絡されそうになったのか。でも、クロが今にも沈んでしまいそうな顔をしていたから、私はそれ以上聞けなかった。これは、私が急かしていいことじゃない。クロが向き合って、クロが選ぶことだ。それに、私だってまだ覚悟ができていない。だから、その話には触れないことにした。そうして、あっという間に日々は過ぎた。
そして土曜日が来た。今日は、私のレベル上げとクロの調整のために、ダンジョンへ行く予定だ。でも、その前に寄りたい場所があった。スイーツ店。今日、ずっと気になっていた新作スイーツが発売されるのだ。人気商品だから、オープン前に並ばないと売り切れるかもしれない。これは大事。ダンジョンと同じくらい大事。いや、さすがにそれは言いすぎかもしれない。でも、私にとってはかなり大事。私は少し早めに家を出て、スイーツ店へ向かった。
店に着くと、すでに行列ができていた。やっぱり人気商品だ。早めに来てよかった。そう思いながら列を見ると、先頭の方に見覚えのある縦ロールが見えた。
「オーホッホッホ。早くオープンしないかしら〜」
げっ。真里さんだ。素でもあんな感じなの?私はとっさに顔を隠し、なるべく気づかれないように列の最後尾へ向かった。すると、足元の影から、ふわっと嬉しそうな感情が流れてきた。クロだ。真里さんを見て、明らかに嬉しそうにしている。……腹が立つ。なんでそんなに嬉しそうなのよ。本当にマリーさんなの?
そんなことを考えていたからだろうか。私は、自分の足に自分の足を引っかけた。
「わっ」
次の瞬間、盛大に転んだ。痛い。恥ずかしい。そして、ものすごく目立つ。行列に並んでいた人たちが、一斉にこちらを見る。当然、真里さんも振り返った。でも、後ろ姿だし。一回しか会ってないし。きっと気づかない。そう思った私は、甘かった。
「大丈夫ですの?」
真里さんは、ものすごい速さでこちらへ来た。そして、私の腕を取って起こしてくれた。めっちゃ良い人。それは前に会った時も分かっていたけど。来た。絶対にバレる流れだ。
「だ、大丈夫です…」
私はなるべく顔を見られないように、うつむいた。でも、真里さんの目はごまかせなかった。
「あら。あなた様は、たしかサクラさんでしたわね」
バレた。完全にバレた。
「ありがとうございます、真里さん…」
「いえいえ、とんでもございません」
真里さんは私を立たせると、服についた砂やほこりを丁寧にはたいてくれた。
「お怪我はありませんこと?」
「はい、大丈夫です」
「よかったですわ。お友達ですもの、当然です」
友達。私、友達認定されてた。ありがたい。でも、少し距離の詰め方が早い。
「私も列を飛び出してしまいましたから、後ろに並び直しますわ」
「えっ、だめですよ! みなさんに説明して、前に戻してもらいましょう!」
「いいえ。お友達と一緒の方が楽しいですもの」
「でも、真里さん、先頭の方に並んでましたよね?」
「構いませんわ」
「構いますよ! 私が転ばなければ、そのまま買えたんですから!」
「人を助けて列が後ろになるくらい、たいしたことではありませんわ。私は人々を守るハンターですもの」
「か、かっこいい…けど、申し訳ないです」
「気にしないでくださいまし」
「じゃあ、せめて奢らせてください!」
「それこそ不要ですわ」
「でも!」
「いいえ」
「そこをなんとか!」
「ふふっ、サクラさんは意外と頑固ですのね」
「真里さんもですよ」
真里さんは楽しそうに笑った。
「では、こうしましょう。今日は一緒に食べる。その代わり、次にどこかでお茶をする時は、サクラさんおすすめのお店を教えてくださいまし」
「…それなら」
なんだか、次の約束までできてしまった。
オープン時間になり、無事に新作スイーツを買うことができた。せっかくなので、真里さんと一緒に近くの席で食べることになった。新作スイーツは見た目は可愛い。香りも甘い。一口食べると、疲れが少しだけ溶けていく。最高。なのに、足元の影からは、ずっとご機嫌な気配が流れてくる。クロ。本当に分かりやすい。真里さんといるのが、そんなに嬉しいの?本当にマリーさんなの?私が少しプリプリしていると、真里さんが首を傾げた。
「どうしましたの? 欲しいものが買えませんでしたの?」
「い、いえ。転んだ自分が恥ずかしくて、自分にイライラしてしまって。あはは……」
我ながら苦しい言い訳だった。でも、真里さんは優しく微笑んだ。
「転ぶことくらい、誰にでもありますわ」
そこからは、なぜかハンターあるあるの話になった。初心者ダンジョンでスライムに靴を溶かされた話。ゴブリンは弱いけれど油断すると面倒だという話。オークの臭いは本当にどうにかならないのかという話。可愛いスイーツを前にしているのに、会話の中身はまったく可愛くない。花はない。でも、不思議と楽しかった。真里さんはお嬢様みたいな話し方をするけれど、ハンターとしての経験は本物だ。話していると、強い人なんだと分かる。それでいて、人を見下す感じがない。だからだろうか。最初は逃げたかったはずなのに、気づけば普通に話していた。
その時、真里さんのスマホが鳴った。真里さんは画面を見て、少しだけ姿勢を正した。
「あら。お師匠さまですわ」
「お師匠さま?」
「ええ。私に剣を教えてくださった、大切な方ですの」
そう言う真里さんの表情は、どこか誇らしげだった。本当に尊敬している人なのだと分かった。真里さんは電話に出る。
「はい、真里ですわ。…ええ。…今、ですの?」
少しだけ、真里さんの声の調子が変わった気がした。
「分かりましたわ。すぐに向かいます」
電話を切ると、真里さんは申し訳なさそうに私を見た。
「ごめんなさい、サクラさん。少し用事ができてしまいましたわ」
「大丈夫です」
「また、今度ゆっくりお茶をしましょう」
「はい」
真里さんは優雅に一礼して、足早に去っていった。足元の影が、ほんの少しだけ揺れた。
「クロ?」
返事はない。ただ、さっきまでご機嫌だった気配が、少しだけ静かになっていた。
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