46. 「皐月だよ!」その一言で、美桜は走り出した
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【美桜視点】
珍しい人から電話がかかってきた。飯塚翔太。私と皐月の元同級生で、ダンジョンが現れたばかりの頃、一緒に潜っていた初期メンバーの一人だ。ただし、翔太は早い段階でハンターを辞めた。理由は単純。怖くなったから。それを責める気はない。あの頃のダンジョンは、何もかも手探りだった。死ぬ人もいた。怖くなるのは当たり前だ。今の翔太は普通の会社員で、結婚して子どももいる。連絡を取ったのは、皐月が行方不明になった時くらいだった気がする。そんな彼からの電話。何年ぶりだろう。私は少し嫌な予感を覚えながら、通話ボタンを押した。
「おい、水無瀬! あいつがいた!」
電話に出た瞬間、翔太の大きな声が耳に飛び込んできた。
「ちょっと、何? 誰のこと?」
「誰だと思う?」
「落ち着いて話して」
「皐月だよ!」
その名前を聞いた瞬間、呼吸が止まった。
「皐月がいたんだ! あの公園に!」
あの公園。私たちが、まだ何者でもなかった頃に集まっていた場所。初期パーティーの集合場所だった公園。ダンジョンではなく。黒い階段でもなく。あの公園に、皐月がいた?信じられなかった。でも、私は気づけば走り出していた。
翔太がまだ何か言っていた気がする。でも、私は電話を切っていた。車を呼ぶより、自分で走った方が早い。それくらいの身体能力はある。レベルの恩恵というものは、普通の人が思っている以上に大きい。私くらいのレベルになれば、短距離なら車より速く動ける。もちろん街中だ。人にぶつからないように、目立ちすぎないように、ある程度は抑える。それでも、普通の人の全力疾走とは比べものにならない。足が地面を蹴るたび、景色が後ろへ流れていく。心臓がうるさい。でも、疲れよりも焦りの方が強かった。皐月。本当にいたの?どうして。どこにいたの。なんで、今なの。30分ほど走り続け、私は目的の公園に着いた。
前の上公園。何年ぶりだろう。ここは、私たち初期メンバーの集合場所だった。皐月がいて、翔太がいて、私がいて。まだダンジョンのことも、ハンターのことも、よく分かっていなかった頃。それでも、私たちはどこか楽しんでいた。怖かった。危なかった。でも、皐月が隣にいたから、私は前へ進めた。そんな場所に、今さら皐月が現れたというのか。胸の奥が、痛いほど鳴っていた。
「おい、水無瀬!」
懐かしい声が聞こえた。振り向くと、翔太が手を振っていた。
「突然電話切るなよ! しかもその後、電話しても出ないし! どうしようかと思ったぜ。待ってた俺って、すごくない?」
「はいはい、すごいです。ありがとうございます」
「ほんと、お前って俺には冷たいよな」
「今それどころじゃないの。皐月は?」
私がそう言うと、翔太の顔から軽さが消えた。
「…いない」
「どうして?」
「俺がお前に連絡しようとして、車にスマホを取りに戻ったんだ。その間に、いなくなった」
「…本当に、皐月だったの?」
翔太がむっとした顔をする。
「見間違いじゃないの?」
「ばっかやろう。俺は車を降りて、皐月って声をかけて、肩まで掴んだんだぞ」
「本当に?」
信じたい。でも、信じるのが怖かった。
翔太を疑いたいわけじゃない。でも、私は10年以上探してきた。皐月に似た人を見た。ダンジョンで行方不明者らしき痕跡があった。黒い階段を見た者がいる。そんな情報を何度も追った。そして、そのたびに違った。期待して、走って、違って、また空っぽになる。それを何度も繰り返してきた。だから、簡単には信じられない。信じたいのに。信じるのが、怖い。
翔太は私の顔をじっと見た。
「あ、その目。ま〜だ信じてないな」
「そういうわけじゃ…」
「いや、そういう目だ。昔から変わらねぇな」
翔太は腕を組んで考え込んだ。
「何かないか…証拠、証拠……」
その時、彼が「あ!」と声を上げた。
「車載カメラだ!」
翔太は慌てて車へ戻り、ノートパソコンを持ってきた。そして車の車載カメラからSDカードを抜き、パソコンに差し込む。
「見ろ。これなら映ってるはずだ」
私は画面を見つめた。心臓が、痛いくらいに鳴っていた。
動画が再生された。車のフロントガラス越しの映像。道路。横断歩道。公園の入口。そして、そこに一人の男が立っていた。私は息を止めた。画面の中の男は、白いシャツにジーパンを履いていた。背が高く、黒い髪をしている。顔が、はっきり映っていた。皐月だった。見間違いじゃない。皐月の顔。皐月の立ち方。でも、どこか違う。10年以上経っているはずなのに、年齢の重なり方が不自然だった。それに、表情が知らない人のようにも見えた。それでも。皐月だった。
「…皐月」
声に出した瞬間、視界が揺れた。本当に、生きていた。
でも、次の瞬間には疑問が押し寄せた。どうしてここにいたの?どうして逃げたの?どうして私に連絡してこなかったの?10年以上、どこにいたの?頭の中がぐちゃぐちゃだった。私は画面から顔を上げ、周囲を見回した。公園。横断歩道。道路。そして、あるものに気づく。公園の入口近くに、防犯用の監視カメラがあった。あそこなら、映っているかもしれない。皐月がどこから来て、どこへ消えたのか。何かが、映っているかもしれない。
「翔太」
「なんだ?」
「あのカメラ。確認する」
私はもう、立ち止まれなかった。
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