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41. 彼氏で、兄で、帰らなかった人

いつも応援ありがとうございます!

当作品は、【毎日 朝06:00 / 夕方18:00】の1日2回、定時更新でお届けしております。


最新話までじっくりお楽しみください!

【サクラ視点】

 迷宮核を台座から降ろすと、足元に転移の光が広がった。次の瞬間、私たちはダンジョンの入口近くへ戻っていた。攻略は終わった。小さなダンジョンは、これからゆっくり閉じていくらしい。けれど、私の頭の中は全然すっきりしていなかった。地球にダンジョンができた理由。ヴァルメリアの勇者が願ったこと。その結果、何の関係もない地球にダンジョンが押しつけられたこと。正直に言うと、腹が立った。もしその勇者に会えるなら、一発くらい殴ってやりたい。いや、私の力ではたぶん無理だけど。でも気持ちとしては、それくらい腹が立った。


「どうします?」

 若葉(わかば)さんが美桜(みお)さんに尋ねた。美桜さんは少し考えてから、私を見る。

「とりあえず、迷宮核はサクラちゃんに渡すよ。今回、大賢者と話せたのはサクラちゃんのおかげだし」

「えっ、私がもらっていいんですか?」

「いいよ。ね、若葉」

「はい。私もそれで問題ないと思います」

 若葉さんが丁寧に頷く。

「予定は3日だったけど、1日余ったね。少し早いけど、ここで解散にしよっか」

「そうですね。私はそれで大丈夫です」

「え〜と……じゃあ、ありがとうございます」

 私は小さな迷宮核を受け取った。価値はそこまで高くないと言われても、私からすれば十分すぎるほど大金だ。なんだか申し訳なくて、何度も頭を下げてしまった。


 そのまま解散してもよかった。でも、なんとなく全員がすぐに帰る気分ではなかった。結局、近くのファミレスで軽く食事をしながら、今後のことを話すことになった。ダンジョン帰りにファミレス。不思議な組み合わせだけど、温かいスープとドリンクバーを見ると、少しだけ現実に戻ってきた気がした。席に座り、メニューを注文する。美桜さんは平気そうな顔をしている。若葉さんもいつも通り丁寧にしている。でも、2人とも本当は落ち込んでいるのが分かった。私には、聞きたいことがあった。皐月(さつき)さんのこと。でも、それを聞いていいのか分からなかった。


 料理が届き、少しだけお喋りをしたあと、私は勇気を出した。

「あの〜、聞きたいことがあるんですけど……」

 美桜さんが私を見る。

「なに?」

「お探しになっている皐月(さつき)さんという方について、聞いても……いいですか?」

 一瞬、空気が止まった。聞かなければよかったかもしれない。そう思ったけれど、美桜さんは静かに息を吐いた。

「そうよね。ここまで巻き込んでるのに、黙っておくって失礼よね」

 それから、美桜さんは若葉さんを見る。

「いいよね、若葉」

 若葉さんは少しだけ目を伏せたあと、頷いた。

「はい。サクラさんには、知っていただいた方がいいと思います」

 美桜さんは、私に向き直る。

「皐月っていうのは、私の彼氏で、若葉の兄なの」


「えっ、皐月さんって男性だったんですか?」

 私は思わず声を上げてしまった。皐月。その名前を聞いた時、私は勝手に女性を想像していた。クロさんは、自分のことかもしれないと言っていた。でも私は、どこかで違うかもしれないと思っていた。だって、皐月という名前は、私の中では女性の名前に聞こえていたから。でも、美桜さんの彼氏。若葉さんの兄。それなら、話は変わってくる。本当に、クロさんと関係があるのかもしれない。そう思った瞬間、足元の影が少しだけ揺れた気がした。


「皐月って名前はね、5月生まれだから」

 若葉さんが少しだけ笑った。

「お兄と私は5月生まれなんです。皐月と若葉。どちらも5月っぽい名前でしょう? 単純な親ですよね」

「そういうところ、私は好きだったけどね」

 美桜さんが懐かしそうに笑う。

「私と皐月は幼馴染でね。高校生の頃、ダンジョンができて、それから2人で潜り始めたの」

「その頃は、まだ付き合っていませんでしたよね」

 若葉さんが少し茶化すように言った。美桜さんは頬をかきながら、少し照れたように笑う。

「そうね。まだね」

 その言い方だけで、どれだけ大切な時間だったのか分かった。5年。2人はダンジョンに潜り続け、少しずつ強くなっていった。パーティーを組み、中層にも行けるようになった。

「私も補佐で入るようになりましたしね」

「そうだな。若葉にはだいぶ助けられたよ」

 美桜さんの声は、さっきより少し柔らかかった。


 そして、あの日の話になった。美桜さんの声が、少しだけ震えた。

「遠征に行く前、皐月が言ったんだ」

 美桜さんは、目を伏せる。

「今回の遠征が終わったら、プロポーズさせてくれって」

 私は息を呑んだ。若葉さんが、少し泣きそうな顔で笑う。

「そうです。私もそこにいました。本当にびっくりしました。あのお兄が、そんなことを言うなんて」

「不器用だったからね、皐月は」

 美桜さんは笑った。けれど、その笑顔はすぐに崩れそうだった。約束。遠征が終わったら。帰ってきたら。その先にあるはずだった未来。私は、何も言えなくなった。


 そこから先は、私も少しだけ聞いたことのある話だった。火龍。黒い階段。そして、皐月さんの失踪。その遠征で、皐月さんたちは火龍に遭遇した。本来、その階層にいるはずのない強敵。火龍は、なぜか皐月さんを狙っていた。皐月さんは仲間を逃がすために、自分が火龍を引きつけた。そして、黒い階段を降りた。美桜さんたちは一度上の階層へ逃げ、体勢を整えてから戻った。でも、黒い階段は消えていた。皐月さんも、どこにもいなかった。それから10年以上。美桜さんは皐月さんを探し続けている。若葉さんも、お兄さんを諦めていない。でも今日、大賢者は言った。ヴァルメリアへ転移した人の話は聞いたことがない。皐月という個人も分からない。それは、2人にとってどれほど重い言葉だったのだろう。


「でも、希望はなくなってしまったのかもしれないね」

 美桜さんがぽつりと言った。さっきまでは、まだ諦めないと言っていた。ヴァルメリアに転移していないと分かっただけでも前進だと、そう言っていた。でも、本当はつらいのだ。10年以上、追い続けてきた。生きていると信じて。いつか見つけると信じて。その先に、プロポーズの返事をする未来があると、心のどこかで信じ続けて。美桜さんの目から、涙がこぼれた。若葉さんも、うつむいたまま唇を噛んでいる。私は、何も言えなかった。その時、足元の影を見た。クロさんがいる。もしかしたら、皐月さんなのかもしれない人が。私は迷っていた。話すべきなのか。黙っているべきなのか。


 言えば、2人はどうなるだろう。足元の影にいるクロさんが、もしかしたら皐月さんかもしれない。でも、確証はない。クロさん自身も、すべてを思い出しているわけではない。もし違ったら。もし、期待だけを持たせて、また失わせることになったら。それは、あまりにも残酷だ。それに、もし本当にクロさんが皐月さんだったとしても。今のクロさんは、黒狼の体にいる。千年以上を悪魔として生きた存在で、私の契約者でもある。皐月さんです、と簡単に差し出していいのか。私には分からなかった。だから私は、言葉を飲み込んだ。

本編をお読みいただきありがとうございました!


一気読みしてくださった方も、毎日追ってくださっている方も、本当にありがとうございます!

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