40. 「久しぶりだね」と、迷宮核が囁いた
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「おはようございま〜す」
サクラがテントから顔を出した。続いて若葉も起きてくる。
「おはよ〜、お姉ちゃん、サクラさん……」
若葉は少し眠そうだったが、妙にすっきりした顔をしていた。それに対して、俺は疲れていた。モンスターとの戦闘ではない。夜番そのものでもない。若葉のモフモフと、美桜の本音。あの2つは、なかなかの強敵だった。
「クロ、どうしたの? やっぱ疲れた?」
サクラが心配そうに俺を覗き込む。そして二人を見る。美桜と若葉は、なぜか同時に目を逸らした。
「いや〜、はっはっはっ」
「そ、そうですね。何もありませんでしたよ」
いや、あった。かなりあった。だが、サクラは「?」という顔をしている。説明できないのが、もどかしい。
朝食を終えると、俺たちは最下層の15層へ向かった。俺はその間、ほとんどサクラの影の中で眠っていた。夜番で疲れたからではない。いや、疲れたからだ。だが、原因がモンスターではないのが納得いかない。進行は順調だった。美桜はさすがAランクパーティー胡蝶蘭のリーダーだけあって、判断が早い。若葉も受付嬢の印象とは違い、支援や索敵の動きがかなり上手い。サクラは戦闘では後ろに下がり、2人の指示に従って動いていた。それでいい。今回のサクラの役割は、戦うことではない。黒い階段。大賢者。そして、美桜たちが探している皐月。その手がかりを探すことだ。5時間ほど進むと、俺たちはボス部屋へ辿り着いた。
ボス部屋の奥にいたのは、オークキングだった。通常のオークよりも一回りも二回りも大きい。手には大きな棍棒。体からは、低階層の魔物とは違う圧が出ていた。サクラなら、まともに相手をするのは危険だろう。だが、美桜にとっては違う。オークキングが吠え、棍棒を振り上げる。その瞬間、若葉が短く告げた。
「右足、来ます」
美桜はすでに動いていた。氷の魔法が床を走り、オークキングの足元を縫い止める。続けて放たれた水刃が、棍棒を持つ腕を弾いた。勝負は、ほとんど一瞬だった。さすがAランク、胡蝶蘭のリーダー。若葉のサポートも悪くない。サクラは口を開けて見ていた。まあ、そうなるだろうな。
ボスを倒したあと、俺たちはさらに下へ降りた。そこは最下層だった。広い空間の中央に、小さな迷宮核が浮かんでいる。以前見たものとは比べものにならないほど小さい。大きさも、魔力量も、まるで違う。これくらいなら、売っても100万円いけばいい方かもしれない。もっとも、今回の目的は金ではない。美桜がサクラを見る。
「サクラちゃん、迷宮核に触れてみて」
サクラは小さく頷いた。緊張しているのが、影越しに伝わってくる。ゆっくりと迷宮核へ近づき、そっと手を伸ばす。そして、指先が迷宮核に触れた。
その瞬間、声が聞こえた。
「久しぶりだね」
軽い声だった。だが、ただの声ではない。迷宮核を通じて、意識に直接触れてくるような感覚。大賢者だ。サクラの肩が小さく跳ねた。美桜と若葉も、その反応を見て息を呑む。
「深層適性者との会話は楽しいからね。待ってたよ」
大賢者は、どこか楽しそうに続ける。
「こないだの人は、ちょっとヤバかったけどね」
こないだの人。その言葉に、俺はわずかに引っかかった。サクラ以外にも、ここ最近、深層適性者が迷宮核に触れた者がいる。それは誰だ。
サクラは事前に、美桜から聞いていた質問を思い出したのだろう。少し息を吸ってから、大賢者へ問いかけた。
「教えてほしいの。地球からヴァルメリアへ転移した人がいるのか知りたい。皐月という人を探しているの」
美桜と若葉が、固唾を飲んで見守る。だが、返ってきた答えは冷たかった。
「転移した人の話は聞いたことがない。そして、皐月という個人も分からない」
その瞬間、美桜の表情が変わった。若葉も、唇をぎゅっと噛む。10年以上追い続けてきた手がかり。黒い階段。ヴァルメリア。大賢者。その先に、皐月がいるかもしれない。そんな希望が、一度そこで折れた。
だが、サクラはそこで終わらなかった。事前の打ち合わせにはなかった質問を口にする。
「じゃあ、どうして地球とヴァルメリアは繋がっているの?」
大賢者は少し黙った。
「本当は、話せる時間はもう終わりなんだけどね」
声の調子が、わずかに変わる。
「ヴァルメリアの話をするためなら、時間を延長しよう。これは、償いだからね」
「償い?」
サクラが聞き返す。
「そう、償いだ。そもそも、この地球にダンジョンなんて無かったんだから」
その言葉に、空気が止まった。
「この地球にあるダンジョンは、元々ヴァルメリアのダンジョンだよ」
美桜も若葉も、驚きを隠せない。俺もまた、黙って聞いていた。
「ヴァルメリアには、願いを叶えるダンジョンがあった。私もヴァルメリア出身でね。私は勇者パーティーと一緒に、そのダンジョンを攻略した」
大賢者は淡々と語る。
「そこで勇者が願ったんだ。ヴァルメリアからダンジョンを無くしてほしい、と」
「…それで?」
「願いは叶った。ダンジョンは、神のいない星へ送られた」
サクラの手が震えた。
「それって、地球の人たちは何も悪くないのに、押しつけられたってことですか?」
「そうだね。ひどいことだ」
大賢者の声は、少しだけ沈んだ。
「私の教え子だった勇者は、強かった。でも、心はまだ子どもだった。ダンジョンを消せば、みんなが救われると思っていたんだ」
「だから私は、せめて償いをしようと思った」
「償い……」
「私自身の願いとして、迷宮核との同一化を願った。地球人をサポートするためにね」
美桜と若葉は、同時に何かを考えたようだった。
「じゃあ…その願いを叶えるダンジョンを探せば…」
美桜が呟く。
「皐月さんを探すことも、できるかもしれませんね…」
若葉も、震える声で続けた。その瞬間、大賢者の声が慌てた。
「ああ、ダメだ。それ以上はダメだ」
先ほどまでの軽さが消えていた。
「これ以上、この星に負担をかけるわけにはいかない」
「どういうこと?」
美桜が鋭く問い返す。
「一つだけ言える。この星に、願いを叶えるダンジョンはない」
「でも、ヴァルメリアにはあったんでしょう?」
「あった。けれど、ここにはない。さっきも言っただろう。この星に神はいない」
その言葉を最後に、声が乱れた。
「…時間だ。ごめん。これ以上は――」
プツン。
何かが切れたように、大賢者の気配は消えた。
美桜と若葉は、しばらく何も言わなかった。迷宮核の小さな光だけが、静かに揺れている。俺も、サクラも、何を言えばいいのか分からなかった。皐月はヴァルメリアに転移していない。それは、希望が消えたようにも聞こえる。だが、別の見方をすれば、地球のどこかにまだいる可能性が残ったということでもある。先に口を開いたのは、美桜だった。
「…いやいや。ヴァルメリアに転移してないって分かっただけだよ」
声は震えていた。それでも、美桜は笑おうとしていた。
「転移なんて言われたら、余計に難しいことになるしね」
若葉も、涙をこらえるように頷いた。
「そうですね。地球のどこかにいる可能性が残ったんです。お姉ちゃん、まだ諦める理由にはなりません」
2人は泣いていた。泣いているのに、諦めてはいなかった。サクラは困ったように俺を見た。俺も困った。こういう時、俺は何を言えばいいのか分からない。だが、サクラは少し迷ったあと、美桜と若葉のそばへ歩いていった。
「私も、探します」
小さな声だった。
「何ができるか分からないです。でも、また迷宮核に触れることはできます。だから…一緒に探します」
美桜は目元を拭い、少しだけ笑った。
「ありがと、サクラちゃん」
若葉も深く頭を下げた。
「ありがとうございます、サクラさん」
その姿を見て、俺は思う。まったく。こいつは、こういう時に放っておけないことを言う。
本編をお読みいただきありがとうございました!
【X(Twitter)にて、美桜と若葉のオリジナルAI音楽を公開中!】
本日のお昼に、今朝の回でメインだった二人のイメージソング『皐月を探して』を公開しました!
帰らない皐月を今も探し続ける、二人の喪失と願いを込めた曲です。
なろうの仕様上、この場にURLを貼っても直接ジャンプできないため、ワンタップで直接聴きに行けるリンクを【活動報告】に用意いたしました!
最新の活動報告に、試聴URLを直接貼っています。
読後の余韻のまま、本編下部のリンクからぜひ「活動報告」を覗いてみてください!
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