38. 黒狼クロ、初心者ダンジョンで召喚獣デビュー
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金曜日。今日から三連休だ。普通の会社員であるサクラにとっては、貴重な休日の始まり。しかし、のんびり休むための日ではない。今日は、美桜と一緒にダンジョンへ潜る日だった。場所は、少し地方にある初心者向けの小型ダンジョン。初心者向けとはいっても、油断していいわけではない。ダンジョンはダンジョンだ。推奨レベルは15以上。正直、今のサクラには少し厳しい。だが、美桜がいれば問題はない。以前こっそり鑑定した限り、美桜の実力なら、この程度のダンジョンではそう簡単に崩れない。問題があるとすれば、サクラの方だ。影の中から様子を見ていると、サクラは朝からずっと落ち着かなかった。緊張しているのが、契約越しに伝わってくる。
ダンジョンの入口に着くと、美桜が待っていた。そして、その隣には若葉がいた。ギルドの受付である若葉が、なぜここにいるのか。俺がそう思ったのと同じように、サクラも不思議そうな顔をしていた。
「美桜さん、今日は胡蝶蘭の皆さんは…?」
サクラが尋ねると、美桜はさらりと答えた。
「今日はこの3人で潜るよ」
美桜の口調は、相変わらずサクラに対して遠慮がない。だが、嫌な感じではない。若葉は、いつもの柔らかい笑みを浮かべて頭を下げた。
「サクラさん、本日はよろしくお願いします」
「えっ、若葉さんも潜るんですか?」
「はい。今は受付の仕事をしていますが、一応は現役のハンターです」
そう言われて、サクラは目を丸くした。
「このダンジョンは15層まで。ボスはオークキング」
美桜はダンジョンの入口を見ながら説明した。
「オークキングの討伐推奨レベルは20以上。普通なら、今のサクラちゃんにはきつい」
「で、ですよね…」
サクラの肩が少し落ちる。
「でも、今回は戦わせるために連れてきたわけじゃないよ」
美桜はそう言って、若葉へ視線を向けた。
「若葉も一応は現役のハンターだし、レベル的にも余裕がある。私と若葉で、サクラちゃんを守りながら進む」
「はい。サクラさんの安全は、私たちで確保します」
若葉が丁寧に頷く。
「だからサクラちゃんは、黒い階段や大賢者に関係しそうな違和感がないか、それを見てくれればいい」
「私に分かるでしょうか……」
「分からなくてもいいよ。感じたことがあれば教えて」
美桜は軽く笑った。
「今日は、手がかりを探しつつ、攻略を目指そう」
ダンジョンの中は、思っていたよりも広かった。初心者向けと言われるだけあって、入口付近には他のハンターの姿もある。だが、通路も広く、少し進めば周囲との距離は十分に取れた。サクラは緊張していた。それに対して、美桜と若葉は落ち着いている。さすがに場慣れしている。俺はサクラの影の中で、周囲の魔素を探った。いまのところ、妙な気配はない。黒い階段の気配も、大賢者の声もない。ただの低階層ダンジョン。そう判断しかけた時、若葉がサクラに声をかけた。
「サクラさん、召喚獣を出しても構いませんよ」
若葉がそう提案した。サクラは少しだけ戸惑ったあと、俺を呼んだ。影から体を出す。いつもの黒狼の姿だ。その瞬間、美桜と若葉の動きが止まった。なんだ、その反応は。俺は内心で眉をひそめる。いや、狼に眉があるかは知らんが。
「どうかしましたか?」
サクラが首を傾げる。美桜は少しだけ言葉を探した。
「いや、召喚獣を初めて見たわけじゃないんだけど…サクラちゃんの召喚獣は、可愛い…いや、かっこいいね」
「ありがとうございます♪」
サクラは分かりやすく喜んだ。犬だったら尻尾が揺れていただろう。
「名前は何て言うの?」
美桜が尋ねる。サクラは嬉しそうに答えた。
「クロです♪ 一目見た時に、ビビッときて!」
クロではないんだがな。そう思ったが、口には出さない。いまさら否定する気もなかった。俺はこの体を借りている。そして、この体はサクラにとってクロだ。ならば今は、それでいい。美桜は一瞬だけ、懐かしむような顔をした。だが、すぐにいつもの表情へ戻る。
その時、若葉が小さく首を傾げた。
「ですが、サクラさん。以前、黒狼はベヒーモスにやられたと仰っていませんでしたか?」
サクラが固まった。……そうだった。ギルドへの報告では、黒狼クロはベヒーモスにやられたことになっている。実際、元のクロはサクラを庇って死んだ。その体に俺が入っている。だが、そんなことを正直に言えるはずがない。美桜も若葉も、じっとサクラを見ている。サクラの背中から、焦りが伝わってきた。さあ、どうするサクラ。俺が念話で助け舟を出すべきか。そう考えたが、余計なことを言えば、かえって怪しまれる可能性もある。
サクラは数秒、必死に考えていた。そして、恐る恐る口を開く。
「…えーっと…再度召喚したら、出て…きた?」
疑問形にするな。苦しい。あまりにも苦しい言い訳だ。俺は影狼の顔をしているから表情には出ない。出ていないはずだ。だが、内心では頭を抱えていた。若葉は少し考えるように目を伏せた。
「そんな話、聞いたことはありませんが…以前仰られていた深層適性者が関係しているのでしょうか?」
サクラの目が、分かりやすく泳いだ。美桜も腕を組み、真面目な顔で頷く。
「深層適性者か。うん、確かに普通じゃ説明できないことは多いしね」
助かった。まさか、深層適性者という言葉に救われる日が来るとは。
「そ、そうかもしれませんね……アハハ」
サクラは笑った。ひどくぎこちない笑顔だった。美桜はその顔を見て、少しだけ目を細める。若葉も、完全に納得したわけではなさそうだった。だが、それ以上は追及してこなかった。
「まあ、今はそれでいいよ」
美桜が軽く肩をすくめる。
「このダンジョンで何か分かるかもしれないしね」
若葉も静かに頷いた。
「ギルドへの報告は、深層適性者による特殊事例として扱っておきます。もちろん、詳細は伏せますのでご安心ください」
サクラはほっとしたように息を吐いた。
「ありがとうございます……」
どうにか切り抜けた。かなり危うかったが。
サクラはまだ少し焦っていた。その姿は、正直、少し可愛い。美桜や若葉を見ると、胸の奥に懐かしさのようなものが浮かぶ。失くした記憶の欠片が、どこかで揺れる。だが、サクラに向ける感情は、それとは違う。懐かしさではない。過去の名残でもない。今、目の前で焦って、笑って、どうにか俺を守ろうとしている契約者。この黒狼の体に残った感情のせいなのか。魂糸共鳴の影響なのか。それとも、俺自身がそう思っているのか。まだ分からない。だが、一つだけ分かる。サクラが安心したように笑うと、俺の中の何かも静かになる。まったく。今回は、深層適性者という曖昧な言葉に助けられたな。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
美桜が空気を切り替えるように言った。若葉は周囲を確認し、静かに頷く。
「サクラさん、無理はしないでくださいね。違和感があれば、すぐに教えてください」
「はい」
サクラは頷いたあと、俺に念通話を飛ばしてきた。
「…助かりましたね」
「お前の言い訳は、なかなかひどかったぞ」
「うっ…分かってます」
サクラは少し頬をふくらませた。その表情を見て、俺は小さく息を吐く。まあ、悪くない。美桜、若葉、サクラ。そして俺。奇妙な組み合わせのまま、俺たちはダンジョンの奥へと進み始めた。
本編をお読みいただきありがとうございました!
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本日のお昼に、Xにて主人公のイメージソングを公開いたしました!
タイトル:『名乗れない影』
――帰ってきた。でも、名乗れない。
懐かしい人が目の前にいるのに、届かない。
あの日の自分には、もう戻れない。
それでもこの影で守りたい。
主人公の内に秘めた「喪失」と「痛み」、そして切ない決意を込めた渾身の1曲です。
本編の余韻と一緒に、ぜひこちらから聴いてみてください!
【https://x.com/WaiWair99/status/2073603876994093468】
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