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34. 真里に似た少女は、クロの前の契約者だった?

いつも応援ありがとうございます!

当作品は、【毎日 朝06:00 / 夕方18:00】の1日2回、定時更新でお届けしております。


最新話までじっくりお楽しみください!

 地上に出たあと、私たちはハンターギルドの受付で魔石を換金した。今日の成果は、そこまで大きなものではない。でも、特訓と体慣らしが目的だったと思えば十分だった。真里(まり)さんたちとは、ギルドで別れた。

「また会いましょうね、クロ」

 真里さんは最後まで、私ではなくクロを見ていた気がする。そしてクロも、何も言わないくせに、どこか名残惜しそうだった。…気になる。とても気になる。私は帰りのバスに乗ってから、我慢できずに念通話で問いかけた。


「クロ、真里さんを知っているの?」

 返事はなかった。でも、魂の奥が少し揺れたのは分かった。

「クロ?」

「……ああ、聞いている」

 いつもより少し遅れて、クロの声が返ってくる。

「真里という女は知らない」

「じゃあ、マリーさんは?」

 そう聞いた瞬間、クロの感情が小さく沈んだ。悲しさ。懐かしさ。それから、少しだけ温かい何か。

「マリーは、私の前の契約者だ」

「契約者…?」


「私は元々、人間だった。そして死んで悪魔になった」

 クロはゆっくり話し始めた。

「それから悪魔として千年以上を過ごした。そこまでは話したな?」

「うん」

 私は小さく頷いた。

「その後、初めて私を召喚したのがマリーだった」

 初めて。その言葉に、少し胸が引っかかった。

「初めての召喚だったからな。正直、少し浮かれていた。ようやく誰かに名を呼ばれたのだと思った」

 クロの声は淡々としていた。でも、その奥にある感情は、私にも伝わってくる。

「だが、召喚先にいたマリーは、ボロボロだった。お前と似た状況ではあったが、違う点もある」

「違う点?」

「マリーは、体だけでなく心も壊れかけていた」


「どう回復しても、長くは持たない体だった」

 クロの声が少しだけ低くなる。

「マリーの願いは、この国を滅ぼしてほしい、だった」

 私は息を飲んだ。国を滅ぼす。そんな願いを口にするまで、どれだけ追い詰められていたのだろう。

「理由は聞かないでくれ」

 クロが先に言った。

「マリーが可哀想で、私の口からは話せない」

「……うん」

 私はそれ以上聞かなかった。聞いてはいけない気がした。

「ただ、悪魔は願いをただで聞くわけではない。対価が必要だ」

「そうだったね」

「マリーは、自分の体を私に渡した」


「私は、その体でルクセイル王国を滅ぼした」

 バスの窓の外を、夜の街灯が流れていく。その静かな景色とはあまりにも合わない言葉だった。国を滅ぼした。クロは以前も、何百万人を殺したと言っていた。その意味を、私は改めて思い出す。怖くないと言えば嘘になる。でも、クロの感情が流れてくる。そこにあったのは、楽しさではなかった。マリーの怒り。悲しみ。絶望。そして、それを受け取ってしまったクロの、どうしようもない苦さだった。

「うん……」

 私はそれしか言えなかった。


「それから1年、私はマリーの体で旅をした」

「旅…」

「ああ」

 クロの声が少しだけ柔らかくなる。

「町を歩いた。知らない料理を食べた。祭りを見た。くだらないことで笑った気もする」

 その感情が、私にも少し流れてきた。温かい。懐かしい。でも、その奥にはずっと、消えない悲しさがあった。

「マリーとは魂で繋がっていたのだと思う。楽しいと分かると、私も楽しい気分になれた。悲しい時も同じだ」

「うん」

「だから、あの1年は私だけの旅ではなかった。マリーと一緒に見た景色だった」

 クロは少し沈黙した。

「そして、最後の時が来た」

 その言葉で、胸がきゅっと痛くなった。

「体の限界だった。どれだけ回復魔法を使っても、魂と肉体がもう噛み合わなかった。マリーの体は、少しずつ眠るように動かなくなっていった」

 私は何も言えなかった。

「私は悪魔だ。精神生命体だ。体が死んでも、私は死なない」

 クロの声が、ほんの少しだけ震えた気がした。

「だが、マリーの体が死ぬということは、マリーと見ていた世界が終わるということだった」

 バスの揺れが、やけに遠く感じた。

「最後に何を感じたのかは、はっきりしない。ただ…寂しかった」

 その感情が、私の胸にも流れてきた。私は思わず、膝の上で手を握った。


「マリーの体が死んだ後、私は悪魔界に戻ろうとした」

 クロは続けた。

「だが、その時だ。上空に魔法陣が現れた」

「上空に?」

「ああ。そして、私はそこに吸われた」

 クロの感情が少し変わる。困惑。警戒。そして、今でも納得できていないような気配。

「次に気づいた時、私はお前の前にいた」

「私が召喚したわけじゃないわ」

 私はそこだけは訂正した。

「私の血を吸ってなのか、魔法陣が地面に現れて、ピカッて光ったと思ったら、アナタがいたの」

「そうか。なら、私を呼んだのはお前自身というより、あの魔法陣かもしれないな」

 そう言われると、また分からないことが増えた気がした。


「そういうこともあって、マリーと分離したのは、私にとっては少し前のことだ」

「少し前……」

 千年以上生きたクロにとっての少し前が、どれくらいなのかは分からない。でも、感情としてはまだ近いのだと分かった。

「だから真里を見た時、どうしても感情が引かれた。あれがマリー本人なのか、ただ似た見た目、似た魂なのか、私にも分からない」

「でも、アシェルって呼ばれた」

「ああ」

 クロの感情がまた揺れる。

「アシェルは、マリーとの思い出の名だ」

 その言葉に、胸がちくりとした。仕方ない。それは分かる。マリーさんは、クロにとって特別な人だった。それを責めることなんてできない。でも、分かることと、寂しくならないことは別だった。


「そう……だよね。仕方ないよね」

 私はそう言った。本当にそう思う。マリーさんはクロの前の契約者で、クロと魂で繋がっていて、クロにとって大切な存在だった。真里さんがそのマリーさんと関係しているかもしれないなら、クロが気になるのは当然だ。当然だ。ちゃんと分かっている。でも、胸の奥が少しだけ苦しい。これは嫉妬なのだと思う。私はクロにとって、何なのだろう。契約者。相棒。クロの体を渡した人。それとも、マリーさんの次に現れた誰か。窓の外に流れる夜の街を見ながら、私は自分でもよく分からない感情を抱えていた。私にとってのクロは、もうただの召喚獣ではない。じゃあ、クロにとっての私は何なのだろう。

本編をお読みいただきありがとうございました!


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