28. 美桜が探していたのは、黒い階段を降りた男だった
1日2話投稿、本日2話目です。
次回は明日の6時投稿予定
美桜は少しだけ目を伏せた。それは、ただ昔話を思い出している顔ではなかった。後悔。未練。それから、諦めきれない何か。俺には、そう見えた。若葉も黙っている。どうやら、この話を知っているらしい。
「10年前だ」
美桜は静かに話し始めた。
「とあるパーティーがいた。まだ一流とは言えないが、そこそこ中堅に入り始めた頃のパーティーだ」
「私たちは、その頃30階層を攻略していた」
美桜は続ける。
「今でこそ笑い話にできることもあるが、そのパーティーには、妙に罠に引っかかる奴がいてな」
サクラが少し首をかしげる。
「罠に、ですか?」
「ああ。罠に引っかかる。モンスターに見つかる。妙な階段を見つける。とにかく、ダンジョンの面倒ごとを引き寄せるような奴だった」
俺は、その言葉に引っかかった。ダンジョンの面倒ごとを引き寄せる。それは単なる不運か?それとも、サクラと俺に出ている深層適性者と似た何かか?
「ある時、火龍が現れた」
その言葉で、部屋の空気がわずかに重くなる。火龍。30階層で遭遇するには、かなり厄介な相手だ。当時の美桜たちが中堅に入り始めた程度なら、まともに戦うのは難しかっただろう。
火龍。その言葉に、俺の中で何かが引っかかった。そういえば、俺が死ぬ前にも…火龍を見た気がする。いや、違う。俺を殺したのは火龍ではない。俺は火龍から逃げた。黒い階段を降りた。そして、その先で――何かに殺された…まぁ俺の話は置いておいて。
「勝てる相手ではなかった。だから、私たちは逃げることにした」
美桜の声が少し低くなる。
「だが、その火龍は明らかに、そいつを狙っていた」
「その時、そいつが言ったんだ」
美桜は、苦いものを飲み込むように言った。
「この火龍は俺を狙ってる。俺が引き付けている間に、お前たちは上の階段に上がれ。俺はこの黒い階段を降りる」
サクラの表情が変わった。黒い階段。その言葉は、サクラにとっても他人事ではない。
「止めなかったのか?」
俺は思わず影の中で呟いた。もちろん声には出していない。だが、美桜の顔を見れば分かる。止めたのだろう。それでも、止められなかったのだ。
美桜たちは、どうにか上の階層へ逃げた。しばらく身を潜め、火龍の気配が遠ざかるのを待った。そして再び、仲間が降りたはずの場所へ戻った。だが、そこに黒い階段はなかった。
「探した。何度も探した。壁も床も、魔力の残り香も、周辺の階層も調べた」
美桜の声は静かだった。だが、その静けさが逆に重かった。
「だが、見つからなかった」
10年前。黒い階段。消えた仲間。サクラの話と、重なる部分が多すぎる。
俺は美桜の話を頭の中で整理した。30階層付近。強敵に追われる状況。黒い階段。降りた後に階段が消える。サクラの時と同じだ。偶然とは思えない。黒い階段は、通常の階段ではない。おそらく、迷宮の深部へ落とすための特殊な通路。あるいは、深層適性者を最下層付近へ運ぶための仕組み。そう考えた時、サクラも同じことに気づいたようだった。
「共通するのは、黒い階段ですね…」
サクラがぽつりと言った。
「もしかしたら、その人も…」
そこで、サクラがはっと顔を上げた。
「そうだ、大賢者だ!」
美桜と若葉が同時に反応する。
「大賢者?」
「ギルドに報告するの、忘れてました!」
おい。俺は影の中で、思わず突っ込みかけた。迷宮核。深層適性者。大賢者。どれも報告漏れにしていい情報ではない。だが、サクラは本気で忘れていたのだろう。あの時は情報量が多すぎた。まあ、分からなくもない。
美桜の目が変わった。さっきまでの落胆ではない。何かにすがるような、けれど見逃すまいとする目だ。若葉もすぐに端末を開いた。どうやら、大賢者という言葉は、ギルドの記録にも簡単には出てこないらしい。サクラは説明しようとして口を開く。俺はその前に、どこまで話すべきか考えた。大賢者。ヴァルメリア。深層適性者。地球のダンジョン。ここから先は、ただの失踪者探しでは済まなくなる。美桜は真っ直ぐサクラを見た。
「大賢者とはなんだ?」
その問いに、部屋の空気がまた変わった。
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