27. 美桜は、階段の下に誰かを探していた
1日2話投稿、本日1話目です。
次は本日18時投稿予定
「では、そこにいる黒狼は?」
美桜の言葉に、部屋の空気が止まった。サクラは完全に固まっている。俺も、影の中で少しだけ考えた。正直に出るべきか。とぼけるべきか。それとも、黙ったまま様子を見るべきか。美桜は俺の存在に気づいている。若葉も、少なくとも何かあることは察しているようだった。さすが月華楼の幹部。ただの綺麗な女ではないらしい。
だが、美桜はすぐに首を横に振った。
「いや、今はその話は置いておこう」
その一言に、サクラの肩がわずかに下がる。たぶん、ほっとしたのだろう。俺も同感だった。こちらとしても、今の俺が何者なのかを説明するのは面倒だ。影狼の体に受肉した大悪魔です、などと言えば、この場の話はそこで終わる。ただし、美桜が見逃したわけではない。今は置いただけだ。それでもありがたい。向こうから話題を変えてくれるなら、乗らない理由はなかった。
美桜は表情を引き締めると、改めてサクラを見た。
「その先には何があった?」
「その先、ですか?」
「ああ。階段を落ちた先だ。他に人はいたか? あるいは、人がいた形跡はなかったか?」
質問が妙に具体的だった。単にS級ダンジョンの攻略情報を知りたいだけなら、モンスターや迷宮核、階層構造を聞けばいい。だが、美桜が気にしているのは人だ。誰かを探している。俺はそう直感した。
「いえ、そのようなものは一切ありませんでした」
サクラは少し考えてから答えた。
「階段の下は、何もないフロアでした。さらにその下の階層に迷宮核があって…人も、荷物も、何かの跡も、私は見ていません」
美桜の表情が変わった。ほんの一瞬だ。だが、確かに変わった。希望が、少しだけ折れたような顔だった。
「本当にか?」
美桜が身を乗り出す。
「ちゃんと隅々まで探したのか?」
その声は、さっきまでより明らかに強かった。
美桜は、思わずというようにサクラの両肩を掴んだ。
「本当に何もなかったのか? 人の形跡は? 装備は? 血の跡は? 魔力の残滓は?」
「お姉ちゃん!」
若葉が静かに声をかける。その声で、美桜ははっとしたように手を離した。
「…すまない」
サクラは小さく首を振る。
「隅々まで探したわけではありません。逃げてきたばかりで、私も混乱していて…無かったと思います。でも、自信はありません」
「そうか…」
美桜は椅子に深く座り直し、うなだれた。その姿を見て、俺は確信した。これは攻略情報の確認ではない。美桜は、誰かを探している。
その時、サクラが小さく声を上げた。
「でも……魔法陣はありました」
美桜の顔が上がる。若葉の目もわずかに開いた。
「魔法陣? どんなものだ?」
美桜の声に、再び熱が戻る。サクラは一瞬、言葉に詰まった。そりゃそうだ。悪魔を召喚しました、などと正直に言えるはずがない。
「すみません。詳しくは分からないんです。でも、確かに光ったんです」
「光った?」
「はい。それから、私の体の傷を治してくれました」
俺は影の中で、少しだけ呆れた。まあ、嘘は言っていない。召喚魔法が発動し、俺が呼ばれ、俺がサクラの傷を治した。説明を省きすぎているだけだ。
美桜と若葉は、顔を見合わせた。さっきまで沈んでいた空気が、ほんの少し変わる。
「光った魔法陣……傷を治した……」
美桜が小さく呟く。
「それなら、まだ可能性があるかもしれない」
若葉も、少しだけ安堵したような表情を浮かべた。俺はその反応を見逃さなかった。可能性。何の可能性だ?人を探している。何もなかったと聞いて落胆した。だが、魔法陣の話で希望を見た。つまり、美桜が探している相手は、単に死んだか生きているかだけではない。何らかの魔法。あるいは転移。そこに関係しているのかもしれない。
美桜はしばらく黙っていた。何かを決めるように目を閉じ、ゆっくり息を吐く。若葉は心配そうに姉を見る。その様子からして、これから話す内容は若葉も知っているのだろう。美桜は顔を上げた。
「サクラ、話してくれてありがとう」
その声は、さっきより少しだけ柔らかかった。
「ここからは、私の個人的な話になる」
俺は影の中で、意識を美桜に向ける。どうやら、ようやく本題らしい。美桜は静かに口を開いた。
「実はな…」
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