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24. 会社帰り、影の悪魔が尾行者を見つけた

1日23話投稿、本日3話目です。

明日から6時と18時の1日2回更新になります

 仕事が終わった。いや、正確には、終わらせた。定時より2時間遅れて会社を出た私は、スマホで時間を確認して、小さくため息をついた。本当なら、まっすぐ帰りたい。帰って、お風呂に入って、何も考えずに寝たい。でも、そうはいかない。土日はダンジョンの最下層に飛ばされていたせいで、今週分の食材を買えていなかった。冷蔵庫には、卵と調味料くらいしかない。

「スーパー寄らないと…」

 私がそう呟くと、影の中からクロが言った。

「仕事が終わったのに、まだ別の任務があるのか」

「生活ってそういうものです」

「人間社会は、やはり迷宮より複雑だな」

「元、人間だったんでしょ?忘れちゃったの?」


 会社を出て、少し歩いた時だった。影の中のクロが、低い声で言った。

「サクラ」

「なに?」

「つけられている」

 心臓が、どくんと跳ねた。

「え……?」

 思わず振り返りそうになった私を、クロが止める。

「見るな。気づいたことを悟られる」

 私は慌てて視線を前に戻した。足が急に重くなる。さっきまでただの帰り道だった場所が、急に知らない道のように感じた。


 クロには見えていたらしい。私の後方、少し離れた位置。人混みに紛れるように歩く男。藤堂悠真(とうどうゆうま)。今日、私をご飯に誘ってきた会社の先輩だ。影の中でクロは、静かに殺気を抑えていた。

「あの男、ストーカーか?」

 もちろん、その言葉は私には伝えなかった。たぶん、私が余計に怖がると思ったのだろう。クロはただ、短く言った。

「落ち着け。まずは人目のある場所へ向かえ」

「バス乗り場、そこの角を曲がったところにある」

「なら、そこまで普通に歩け」


 怖い。ただ後ろを歩かれているだけ。そう言われれば、それだけかもしれない。でも私は、もう知っている。人は「助ける」と言いながら、別のことを考えていることがある。笑顔で近づいてくる人が、安全とは限らない。ダンジョンで会った男たちの声が、少しだけ頭をよぎった。息が浅くなる。

「サクラ」

 クロの声がする。

「歩幅を変えるな。焦るな。私がいる」

 その言葉に、私はかろうじて足を前に出した。


 角が近づく。バス乗り場は、その先だ。ちょうどバスが停まっているのが見えた。

「いいか。角を曲がったら、私に任せろ」

「何するの?」

「影に隠す」

「え?」

 聞き返す間もなく、私は角を曲がった。次の瞬間、足元の影が大きく広がる。視界が黒く染まり、体がふっと軽くなった。私は、影の中に引き込まれていた。外の音は少しくぐもって聞こえる。藤堂先輩らしき足音が、角の向こうから近づいてくる。そして、少し慌てたようにバスへ乗り込む気配。扉が閉まり、バスが走り出した。

「…撒いたぞ」

 クロの声に、私はようやく息を吐いた。


 しばらくして、私は影から出してもらった。藤堂先輩はもういない。バスに乗って、そのまま行ってしまったらしい。

「大丈夫?」

「問題ない。周囲に同じ気配はない」

 クロの声を聞いて、私は少しだけ安心した。スーパーに入ると、明るい照明と聞き慣れた店内放送に、ようやく体の力が抜けた。野菜。肉。卵。牛乳。それから、クロ用のドッグフードとおやつ。

「また犬用か」

「だってクロの体には必要でしょ?」

「私は大悪魔だ」

「でも、朝おいしそうに食べてたよね?」

「…あれは肉体維持のためだ」

 そう言いつつ、クロはおやつ売り場をじっと見ていた。


 次の日。会社で藤堂先輩と顔を合わせた時、私は思わず身構えた。

「おはよう、サクラさん」

 でも藤堂先輩は、いつも通りだった。食事に誘ってくることもない。昨日のことを匂わせることもない。さらにその次の日も、同じだった。普通に挨拶をして、普通に仕事をして、普通に距離を取っている。

「執拗なストーカー、というわけではないのかもな」

 クロはそう言った。けれど、声はまったく油断していなかった。私も、同じだった。会社帰りの道が、急にダンジョンより怖くなった…

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