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19. 迷宮核の査定額、まさかの三千億円

本日も1日3話投稿、本日1話目です。

次回は本日12時投稿予定

 サクラはスマホの画面を旭に差し出した。画面に映っているのは、巨大な岩のような魔物。ベヒーモス。そして、薄暗い最下層の中央に浮かぶ巨大な迷宮核。

 旭の目つきが変わった。さっきまでの疑いではない。確認する者の目だ。俺はサクラの影の中で、その様子を見ていた。いや、さっさと迷宮核そのものを出せばいいのに。そう思わなくもない。だが、まあ、人間社会には順序というものがあるのだろう。


「本当ね……」

 旭は写真を何度も確認した。ベヒーモスの巨体。最下層の地形。そして迷宮核。

「これは、偽造写真には見えません。少なくとも、あなたが最下層にいた可能性は極めて高い」

 旭はスマホから目を上げると、サクラへ軽く頭を下げた。

「疑ってごめんなさい」

 サクラの肩から、少し力が抜けた。ただ、旭の表情は柔らかくなったわけではない。むしろ、さっきよりもずっと真剣になっていた。


「ちなみに、この迷宮核はどうしましたか?」

 旭の問いに、サクラは一瞬きょとんとした。そして、ぽんと手を打つ。

「あ! そうだ! それを見せれば良かったんだ!」

 おい。そこに今気づくのか。サクラは慌ててマジックポーチに手を入れた。取り出された迷宮核は宙に浮いている…。次の瞬間、個室の空気が変わる。ずしり、と重い魔力が部屋に満ちた。旭の目が、初めて大きく見開かれる。


 サクラが取り出した迷宮核は、個室には大きすぎた。直径は1mを超えている。透明なようで、奥に濃い青黒い光が揺れている。魔石とは比べものにならない密度の魔力。旭はしばらく言葉を失っていた。

「……凄い大きさだわ」

 その声には、職員としての冷静さと、1人のハンター関係者としての驚きが混ざっていた。サクラは少し照れたように笑っている。いや、照れる場面ではない。たぶん、こいつはまだ本当の意味で分かっていない。


 旭は迷宮核から目を離すと、改めてサクラを見た。

「あなたには、たくさんの選択肢があります」

 その言葉に、サクラは首をかしげた。

「選択肢……ですか?」

「まず、この迷宮核を手元に置くか、売却するか。次に、攻略者として名前を公表するかどうか。そして、ランクアップを希望するかどうか」

 話が急に現実的になった。ダンジョン下層で死にかけた話から、金と名誉と身の安全の話へ。地上に戻ったのだと、こういうところで思い知らされる。


「売却となると、概算ですが1,000億円から3,000億円になると思います」

 個室の空気が止まった。

「え?」

 サクラの声が裏返る。

「い、いま、何億って言いました?」

「1,000億から3,000億円です。とは言っても税金などで半分ほどになると思いますが」

 旭は淡々と繰り返した。その冷静さが、逆に金額の異常さを際立たせていた。


「えー、そんなに貰えないですよ……」

 サクラは困ったように手を振った。

「だって、たまたまですもん。私が強くて攻略したわけじゃないし、クロが守ってくれて、えっと……運が良かっただけで」

 そこで言葉が少し止まる。俺のことを言いかけて、飲み込んだのだろう。旭は静かに首を横に振った。

「経緯はどうあれ、これがここにあるのは現実です」

 旭の指先が、迷宮核へ向く。

「この大きさなら、日本のエネルギー2年分ぐらいは余裕でまかなえるでしょう。むしろ、それぐらいの金額は当然です」


「次に、名前の公表とランクアップについてですが」

 旭の声が少し低くなった。

「現状は控えておいた方がいいかもしれません」

「え? そうなんですか?」

「はい。名前を公表すれば、あなたは一夜にして有名人になります。メディア、大手クラン、企業、研究機関、場合によっては犯罪組織まで接触してくるでしょう」

 サクラの顔が引きつる。

「さらに、あなた自身のステータスに合わないランクアップは危険です。ランクだけが上がれば、周囲はそのランク相応の実力を求めます」

 旭はサクラを真っ直ぐ見た。

「名誉は、時に報酬より重い荷物になります」


 サクラはしばらく黙っていた。目の前にあるのは、人生を何度でも変えられる金額。だが同時に、人生を壊しかねない爆弾でもある。

「少し、考えさせてください」

 サクラは慎重に言った。

「相談もしたいし……すぐには決められません」

「それが賢明です」

 旭は頷いた。

「むしろ、ここで即決する人なら、私は止めていました」


「現時点では、攻略者名は非公開。迷宮核は一時的にギルドの特別保管扱い。売却については、あなたの意思を確認してから正式に動く」

 旭は手元の端末に、必要事項を入力していく。

「情報は私とギルドマスター、それから必要最小限の職員に限定します」

 サクラはようやく、少しだけ息を吐いた。影の中で聞いていた俺も、旭という女への評価を少し改めた。怖い女だ。だが、少なくとも無能ではない。そして今のところ、サクラを食い物にする気もなさそうだ。


 それから、話し合いは1時間以上続いた。迷宮核の保管方法。売却する場合の査定と交渉先。名前を公表しないための手続き。ランクアップを保留する理由。そして、サクラが跳ばし鬼に飛ばされたことや、他のハンターに襲われた件。話せば話すほど、問題は増えていった。だが、それでもサクラは1人で抱え込まなくてよくなった。

 ダンジョンからは出た。そしてようやく、地上での戦い方を考える段階に入ったのだ。サクラはまだ、自分が救われたのか、巻き込まれたのか分からなかった。

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