113. 三人の知る名前が、一人の男につながった
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【美桜視点】
「真里ちゃん、一旦どこかで休憩がてら、話をまとめよう。時間は大丈夫か?」
私がそう言うと、真里ちゃんは小さく頷いた。
「はい、大丈夫ですわ」
道端で話すには、情報が多すぎた。クロバ。皐月。サクラちゃん。引っ越し。音信不通。どれも軽く流せる話ではない。私たちは近くのファミレスに入った。席に案内され、飲み物を注文する。目の前には真里ちゃん。隣には若葉。二人とも、落ち着いているように見えて、目だけは真剣だった。もちろん、私も同じだ。皐月に、近づいている。その感覚がある。だからこそ、焦ってはいけない。まずは情報を整理する。
「どこから話せばいいのか……」
私は水を一口飲んでから、若葉を見た。
「まず、この子は若葉と言って、その写真に写っている人の妹だ」
「はぁ……」
真里ちゃんは少し戸惑ったように若葉を見る。若葉は背筋を伸ばして、丁寧に頭を下げた。
「初めまして、若葉といいます。元ハンターで、今は引退してハンターギルドの受付をやっています」
「はじめまして、天羽真里と申します」
真里ちゃんも優雅に会釈する。
「存じております。天照院の総長さんの妹さんよね。あなたも有名よ」
「ありがとうございますわ」
真里ちゃんは微笑んだ。こういうところは、やはり天羽家の人間だと思う。所作が綺麗だ。ただ、その目には疑問が浮かんでいる。なぜ自分がここで、若葉という女性と向き合っているのか。当然だ。だから、私は続けた。
「でだ。この人は、十年前に行方不明になった若葉のお兄さんの皐月だ」
「皐月様……ですか?」
真里ちゃんの眉が、わずかに寄る。
「真里ちゃんは、この人に会ったことがあるのか?」
「はい。何度も……」
「どこでだ?」
私は少し前のめりになった。
「サクラさんのご自宅だったり、ダンジョンだったりで……」
サクラちゃんの家。やはり、そこに繋がる。
「話したのか?」
「はい」
「どんなことを話した?」
「サクラさんの兄だとか、世間話を……」
「クロバと名乗ったのか?」
「そうですわ」
真里ちゃんは少し考えるように視線を落とした。
「ただ、今思えば、咄嗟に名乗った感はありましたし……何か隠している感じは受けましたわね」
「そうか」
私は息を吐いた。やはり、キーマンはサクラちゃんだ。クロバとして真里ちゃんの前に現れた。サクラちゃんの兄として説明された。そして今、そのサクラちゃんは引っ越して、連絡が取れない。
「そう言えば」
若葉が真里ちゃんを見る。
「先ほど、サクラさんに連絡が取れなくなって見に来たって言ってましたね?」
「はい、そうなんですの」
真里ちゃんは少し困ったようにスマホを見た。
「メッセージを送っても既読になりませんし、通話にも出られません。もう何日も続くので心配になって……」
「それで、どうだったんだ?」
私が聞くと、真里ちゃんは首を横に振った。
「どうやら引っ越したようです。引っ越し先は分かりません」
「そうか……」
サクラちゃんが引っ越した。しかも、真里ちゃんに知らせずに。
「私もサクラちゃんに連絡してみよう。若葉もお願い」
「私は、直接の連絡先を知らないの……」
「そうか。じゃあ私も電話を……」
そこで、私は動きを止めた。電話番号を知らない。私も、サクラちゃんとはLIMEしか交換していなかった。
「あ……LIMEしか交換してないから、電話番号が分からない」
「私もそうでしたの……」
真里ちゃんが小さく頷く。私はとりあえず、サクラちゃんへメッセージを送った。既読は、つかない。
「連絡が来ればいいが……」
そう言ったものの、胸の中の不安は消えなかった。
「ところで」
若葉が少し遠慮がちに聞いた。
「そのクロバを名乗った人は、どんな感じでしたか?」
真里ちゃんは、ぱっと顔を明るくした。
「かっこよくて、告白してしまいましたの!」
「え!!」
私と若葉の声が揃った。告白?誰に?皐月に?
「そ、そ、それで結果は……?」
若葉が恐る恐る聞く。真里ちゃんは、すっと視線を逸らした。
「聞かないでくださいませ……」
「あ、はい」
「でも、まだ諦めてはいませんの!」
その言葉に、私の中の何かが反応した。
「私は皐月のフィアンセだ!」
真里ちゃんが、きらりと目を光らせる。
「え? そうですの? これはライバルですわね!」
「ライバル……?」
若葉が小声で呟いた。
「フィアンセってライバルいるの? 圧倒的勝者じゃないの? お嬢様こえ〜……」
私も少しだけ思った。だが、口には出さなかった。今は、それどころではない。いや、少しそれどころでもある。皐月のことだからだ。
「にしても」
真里ちゃんは少し頬を膨らませた。
「クロバ様は、サクラさんの許可なく連絡もダメですし、会ってもくれませんの……」
「そうか」
私はテーブルの上で指を組んだ。
「やはり、サクラちゃんか」
クロバはサクラちゃんの近くにいる。サクラちゃんの許可がなければ会えない。そして、そのサクラちゃんは音信不通で引っ越している。
「二人を探さないと」
私が言うと、若葉がすぐに頷いた。
「私はダンジョン履歴を探ってみます。どこのダンジョンに潜ったか、その近辺に引っ越した可能性もありますし」
「そうだな。私はマンションの管理人や隣人に聞いてみる」
「私は……何かありますか?」
真里ちゃんが手を挙げる。
「真里ちゃんは、普段通り過ごしてくれて構わない。何か連絡が来たら教えてくれ。情報は皆で共有しよう」
「はい、承知しましたわ」
「LIMEでグループを作ろう」
私が言うと、二人はすぐにスマホを出した。真里ちゃんが少し嬉しそうに画面を操作する。
「グループ名はどうしますの?」
「皐月捜索でいいんじゃない?」
若葉が現実的な名前を出す。
「もう少し優雅な名前でもよろしいのでは?」
「優雅な捜索って何?」
若葉が首を傾げる。私は少し笑いそうになったが、結局シンプルにした。グループ名は、皐月捜索。そのままだ。だが、それでいい。私たちが何のために集まったのか、忘れようがない。若葉が写真を共有する。真里ちゃんがクロバとして知っている情報を、話せる範囲で送る。私は、今日の聞き込み結果をまとめる。点だった情報が、少しずつ線になっていく。皐月に近づいている。その実感があった。
ファミレスを出る頃には、外は少し暗くなっていた。でも、私の胸の中は妙に熱かった。
皐月が、ぐっと近づいた。写真の中の男。監視カメラの映像。バス停の目撃情報。そして、真里ちゃんの証言。クロバ。サクラちゃんの兄として現れた男。その全部が、同じ人間を指している。もう少しだ。もう少しで会える。本当に、嬉しい。ただ、サクラちゃんの音信不通だけが引っかかっていた。彼女は何を知っているのか。なぜ引っ越したのか。なぜ連絡が取れないのか。分からない。でも、探す。皐月も、サクラちゃんも。きっと、二人は同じ場所にいる。私はそう確信していた。
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