109. 十年越しの手がかりは、田舎のバス停に残っていた
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【美桜視点】
今日は、若葉と一緒に出かける日だった。行き先は、地方のダンジョン前にあるハンターギルドの駐在所。目的は一つ。皐月と話したという、若葉の同僚――堀紗奈ちゃんに会うことだ。最寄りの駅で若葉と合流し、そこからバスに乗る。車窓の外には、少しずつ田舎の景色が広がっていった。若葉はスマホを握りしめている。私も、何度も画面を見た。そこには、監視カメラに映った男の写真がある。皐月に見える男。皐月と名乗った男。けれど、ハンター証も身分証も持っていなかった男。分からないことだらけだ。それでも、今日は少しでも近づく。バスを降りると、ダンジョンの入口が見えた。その横にある小さなギルド駐在所へ向かう。中には、若い女性職員がいた。
「堀紗奈です。若葉から話は聞いています」
「水無瀬美桜だ。今日はよろしく頼む」
軽く自己紹介を済ませると、私はすぐに切り出した。
「すまないが、まず皐月の動画を見せてはくれないだろうか?」
「本当は内緒ですからね」
紗奈ちゃんは、少し困ったように眉を下げた。
「プライバシーだってありますから……」
「分かっている」
私は頷いた。
「だが、これは監禁事件の疑いもあるのでな」
「監禁ですか?」
紗奈ちゃんの目が丸くなる。
「ほんと? 若葉?」
「う〜ん、なんとも言えない……」
若葉の返事は、非常に歯切れが悪かった。だが、否定もしなかった。紗奈ちゃんは少しだけ迷ったあと、端末を操作する。
「今回だけですよ」
そう言って、監視カメラの映像を再生してくれた。画面の中に、男が映る。私服。武器なし。ダンジョンへ入ろうとして、紗奈ちゃんに止められている。私は、息をするのも忘れて画面を見た。皐月だ。やはり、皐月に見える。若葉も隣で黙っていた。きっと同じことを思っている。
「なんで声が聞こえないの?」
若葉が小さく呟いた。確かに、二人は何か話している。だが、会話は聞き取れない。入口付近のざわめき。ハンターたちの足音。外を通る車の音。そういう環境音に、会話が消されてしまっている。私は画面に顔を近づけた。口の動き。目線。ほんの少し困ったような表情。仕草。皐月に見える。でも、言い切れるかと聞かれたら、胸の奥が詰まる。
「なんとも言えないわね……」
若葉の声が落ちる。
「どうして人って、忘れちゃうのかしら。たった十年なのに」
たった十年。いや、もう十年だ。私には、とてつもなく長く感じた。希望を捨てきれない十年。諦めることも、前に進むこともできなかった十年。
「若葉、何か分かるか?」
「う〜ん、分からないけど……外見はお兄ちゃんね」
「だろう?」
私は、画面から目を離せなかった。でも、映像で分かるのはここまでだった。
「紗奈ちゃん」
私は画面から目を離し、彼女に向き直った。
「皐月からかかってきた電話は、非通知だったんだよね?」
「はい……」
「番号は分からない?」
「分かりません。履歴にも非通知としか……」
「録音は?」
「してません」
「そうか」
電話も詰んだ。映像はある。しかし音声はない。電話はあった。しかし番号はない。手がかりは、また細くなる。だが、ゼロではない。
「次はバス停に行こう」
私が言うと、若葉が少し嫌な顔をした。たぶん、私が何を考えているのか分かったのだろう。駐在所を出て、私たちはバス停へ向かった。ここは終点だった。そして、路線図には全部で二十五の停留所が並んでいる。私はそれを見て、頷いた。
「一つ一つ確認してみよう」
「お姉ちゃん、そんな時間ないよ! さすがに無理だよ!」
なぜ簡単に諦めるんだ?
「どうした若葉? これくらい簡単だろ。さあ、やろう」
若葉が絶望した顔をした。
【若葉視点】
最近のお姉ちゃんは、明らかに暴走気味だ。もちろん、気持ちは分かる。お兄ちゃんの痕跡が見つかった。十年探して、ようやく掴んだ手がかりだ。多少無理をしたくなるのは分かる。でも、警察に通報したり、バス停を二十五個、一つずつ確認しようとしたりするのは、さすがにやりすぎだと思う。そう思っていた。思っていたのに。本当に始めた。最初の一区間だけバスに乗る。そして次の停留所で降りる。私は、次のバスを待つのかと思っていた。でも違った。
「次まで走るぞ」
「え?」
お姉ちゃんは、普通に走り出した。一時間に一本のバスを待つより、次のバス停まで走った方が早い。理屈は分かる。分かるけど、普通はやらない。私も一応、ギルド職員だし、体は鍛えている。だからついていける。でも、普通じゃない。各バス停に着くたびに、お姉ちゃんは周囲を確認する。監視カメラはないか。近くに店はないか。防犯カメラのありそうな建物はないか。さらに、バス停で待っている人がいれば声をかける。
「この男性を見ませんでしたか?」
ほぼ警察だった。いや、警察より勢いがあるかもしれない。ただ、正直かなり非効率だ。こんな田舎のバス停に、監視カメラなんてほとんどない。それでも、お姉ちゃんは止まらなかった。
何ヶ所目のバス停だっただろう。もう数えるのも少し面倒になっていた。お姉ちゃんは、またバス停にいた人へ写真を見せる。
「すみません。この男性を見かけませんでしたか?」
正直、今回も空振りだと思った。でも、その人は写真を見て、少し目を細めた。
「あ〜、見たよ」
「え?」
私は思わず声を出した。見た?今、見たって言った?お姉ちゃんの目が一瞬で鋭くなる。
「本当にこの人ですか?」
「たぶん、そうだね。一言ぐらいしかお話ししてないけど、たぶんそうだと思うわ」
「どこで?」
「このバスで一緒になってね。私の手を引いてくれて、一緒にここで降りたから」
手を引いてくれた。その言葉を聞いた瞬間、胸が少し熱くなった。お兄ちゃんらしい。困っている人がいれば、自然に手を貸す。そういうところがあった。
「どんなことを話したんですか?」
お姉ちゃんが尋ねる。その人は、少し記憶を探るように首を傾げた。
「世話かけてすまないね〜って謝ったら、なんだったかね」
少し間が空く。
「うちにも世話のかかる人がいて、って笑っていたよ」
うちにも。世話のかかる人。私とお姉ちゃんは、ほぼ同時に顔を見合わせた。それは誰?監禁している相手?それとも、一緒に暮らしている誰か?いや、落ち着け私。すぐに変な方向へ考えない。お姉ちゃんが一歩前へ出る。
「ちなみに、その人は何というか、催眠にかかっているとか、夢を見ているとか、心がここにない……というか、とにかく変な感じではなかったですか?」
「いや、よく笑う青年に感じたよ」
よく笑う青年。その言葉に、私は少しだけ息を吐いた。怯えていたわけではない。心が壊れているようにも見えなかった。なら、電話の時の様子はいったい何だったのだろう。
「最後に、彼はどこへ行きましたか?」
「え〜っと、確か……あっち方面だったかな」
その人は、バス停から伸びる道の一つを指差した。
「ありがとうございます」
お姉ちゃんは深く頭を下げた。
黙ってお姉ちゃんのやり取りを聞いていた私は、正直、少し感心していた。根性がすごい。ここまで非効率な方法を、本当に結果につなげてしまった。
「若葉、やったな」
お姉ちゃんの顔が明るくなる。
「この周辺だ」
「そうですね!」
「この辺に電車や別のバスはない。ということは、この徒歩圏内にいるかもしれないぞ!」
胸が、どくんと鳴った。徒歩圏内。お兄ちゃんが、この近くにいたかもしれない。ただの点だった手がかりが、少しだけ範囲を持った。そう思うと、足の疲れも少し消えた気がした。
「よし。さっそく監視カメラを探すぞ!」
「またカメラですか?」
「カメラはすごいんだから!」
お姉ちゃんのカメラへの執着がすごい。でも、今回は何も言えなかった。実際、その執着がここまで連れてきたのだから。私はスマホを握り直し、周囲を見渡した。お兄ちゃんの足跡は、まだ消えていない。たぶん。そう信じて、私たちはまた歩き出した。
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