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107. 手がかりは細い。でも、ゼロではない

いつも応援ありがとうございます!

当作品は、【毎日 朝06:00 / 夕方18:00】の1日2回、定時更新でお届けしております。


最新話までじっくりお楽しみください!

若葉(わかば)視点】

 十九時。私は、いつもの店に入った。店内はほどよく賑わっていて、揚げ物の匂いと、焼き物の匂いが混ざっている。こういう場所に来ると、少しだけ落ち着く。でも今日は、落ち着くために来たわけではない。お兄ちゃんのことを話すために来た。奥の席を見ると、もう美桜(みお)さんが座っていた。

「お姉ちゃん、お待たせ」

「いや、私も今着いたところだ」

 絶対うそだ。たぶん、だいぶ前から来ていたと思う。でも、そこは突っ込まない。

「まずはビールだな」

「うん」

 注文して、すぐにビールが届く。グラスを合わせる。

「かんぱーい」

 こつん、と軽い音がした。重い話をする前に、とりあえずビール。それが私たちの、いつもの始め方だった。

「お姉ちゃん、今回は長かったね」

「そうだな。五日間だったかな。そこそこゲットできたよ」

 お姉ちゃんはビールを一口飲んでから、少し肩を回した。

「最近、休みがちだったからな。クランに貢献しないとと思って」

「そうなんだね。お疲れ様」

 私は素直にそう言った。


「それで」

 お姉ちゃんの目が、すっと真剣になる。

「あの写真の動画はないのか?」

「動画?」

「監視カメラなら、写真じゃなくて映像があるだろう」

紗奈(さな)に聞けば、確認できるかも。でも簡単には持ち出せないと思う」

「そうか」

 お姉ちゃんは少し考え込んだ。

「とりあえず通報したんだが、警察もまともに取り合ってくれなくてな……」

「え?」

 私は箸を止めた。

「警察に通報したの?」

「そうだ」

 お姉ちゃんは当然のように頷く。

「監禁の疑いがあるからな。しかも十年だ」

「ちょっとお姉ちゃん……マジ?」

「マジだ」

 お姉ちゃんの顔は本気だった。それが余計に怖い。

「でも、それだけじゃ動けないって言うんだ。場所も分からないし、本人確認もできていないからな」

「そりゃそうだよ……」

「だから、もう少し情報が欲しい。どこのダンジョンなんだ?」

「待って。整理しましょう」

 私はスマホを取り出しながら言った。

「確かに監禁の疑いがないとは言えないけど、お兄ちゃんは自分で帰っていったのかもしれないよね? それだと、監禁とは言い切れないかも……」

「いや」

 お姉ちゃんは即答した。

「弱みを握られているか、脅迫されているのかもしれないぞ」

 まずい。もう始まりそうだ。


「紗奈……あ、お兄ちゃんに会った子ね」

「ああ」

「その紗奈が言うには、会った時のお兄ちゃんは元気そうだったって。そんな、誰かに怯えてる感じでもなかったみたい」

「いやいや」

 お姉ちゃんは首を振った。

「なら、記憶を消されているんだ」

「え?」

「じゃなければ帰ってくるはずだ」

「そうなんだけど……」

 たまに始まる。お姉ちゃんの妄想暴走。しかも今回は、お兄ちゃんが絡んでいる。たぶん、いつもより強い。

「おそらくだが」

 お姉ちゃんは、ビールのグラスを置き、真剣な顔で言った。

「ダンジョンで怪我をしたんだ、皐月(さつき)は」

「うん」

「そこに通りかかった誰かが、治療した」

「うん……?」

「でも、記憶がなくなったか、消したか、洗脳したかして、そのまま囲っているんだ」

「ちょっとお姉ちゃん?」

「たぶん女性だな」

「どうしてそこだけ断定なの?」

「皐月だからだ」

 理由になっていない。でも、お姉ちゃんの中では理由になっているらしい。こうなったら、しばらく手がつけられない。


「よし、若葉」

 お姉ちゃんは勢いよく言った。

「そのダンジョンに行こう」

「やっぱりそうなるよね」

「明日は休みか?」

「ううん」

「なら休みを取りなさい」

「もう取ったわ」

 お姉ちゃんが、ぱっと顔を上げる。

「さすが、我が頼れる妹だ!」

「こうなるだろうと思ってたから」

 私だって、待っていられるほど落ち着いてはいない。監視カメラに映ったお兄ちゃんらしき人。皐月と名乗った男性。非通知の電話。結ばれている人。忘れてくれ。何もかもが、気持ち悪いくらい繋がらない。だから、見に行くしかない。あの人が現れた場所へ。


 私はスマホを開き、お姉ちゃんにダンジョンの場所を見せた。

「ここ」

「思ったより遠いな」

「うん。田舎の方。紗奈が駐在してたダンジョン」

「その紗奈という子には会えるのか?」

「たぶん。連絡しておく」

 次に、バスの路線図を開く。

「お兄ちゃんは、このバスで帰ったらしいの」

「この路線か」

 お姉ちゃんが画面を覗き込む。

「正直、バスの路線図だけでは当てにならないわ」

「なぜだ?」

「そのダンジョンから出ているバスはこの一本。でも、どこかで降りて、別のバスや電車に乗り換えたかもしれない。終点まで行ったとは限らないし」

「なるほど」

「だから、今の段階では全く見当がつかない」

 手がかりはある。でも、まだ細い。それでも、今まで何もなかった十年を思えば、十分すぎるほどの手がかりだった。


 料理が運ばれてきた。唐揚げ。枝豆。焼き鳥。サラダ。いつもの店の、いつもの味。私たちは、スマホで地図を見ながら、料理をつまんだ。皐月という名前。監視カメラの写真。ハンター証なし。身分証なし。非通知の電話。結ばれている人。情報をご飯のおかずにするには、重すぎる内容だった。でも、不思議と話は途切れなかった。

「お兄ちゃん、昔からちょっと無茶するところあったよね」

「あったな」

 お姉ちゃんは懐かしそうに笑った。

「自分なら大丈夫だって顔をして、平気で危ない方に行く」

「それで怒られるのよ」

「怒られても、次の日にはまた同じことをする」

「そうそう」

 笑った。久しぶりに、お兄ちゃんの話で笑った気がする。不安は消えない。むしろ、明日になればもっと大きくなるかもしれない。それでも、今夜は少しだけ楽しかった。お姉ちゃんと一緒に、お兄ちゃんの話ができたから。


「明日は朝から動こう」

 お姉ちゃんが言った。

「うん。紗奈には私から連絡しておく」

「監視カメラの映像。受付周辺の記録。バス停。全部確認する」

「分かった」

 お姉ちゃんの目は、完全にハンターの目になっていた。私も、覚悟を決める。手がかりは少ない。でも、ゼロではない。十年間、ずっと届かなかった場所へ、少しだけ近づいた気がする。それが本物の希望なのか。それとも、もっと深い地獄への入口なのか。まだ分からない。でも、もう立ち止まれない。明日、私たちはお兄ちゃんが現れたダンジョンへ向かう。

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