105. 皐月を見つけたかもしれないので、監禁事件として通報しました
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【美桜視点】
ダンジョンから上がると、まずスマホを確認する。電波が戻った瞬間、通知が一気に流れ込んできた。電話。メッセージ。月華楼の連絡。ギルド関連の報告。まずは電話履歴を見る。急ぎのものは、なさそうだった。次にメッセージを開く。若葉からは、いつも何かしら入っている。仕事のこと。美味しかったお菓子のこと。兄のこと。だから最初は、いつもの連絡だと思った。でも、画面をスクロールした指が止まる。
『お姉ちゃん、皐月兄さんを見つけたかもしれない』
息が止まった。皐月。その名前だけで、心臓が強く跳ねる。私はすぐに若葉へ電話をかけようとした。そこで時刻を見る。午前二時。普通なら、かけない。普通なら。
「えーい、気にしない。電話だ」
私は通話ボタンを押した。トゥルル。トゥルル。出ない。まあ、そうだ。午前二時だ。それでも、かけずにはいられなかった。
出ないなら、仕方ない。若葉が起きたら、きっと電話をかけてくる。だから今は、やるべきことをやる。ダンジョン攻略後の報告書。装備の確認。風呂。着替え。いつもの手順を、いつも通りにこなす。けれど、頭の中はずっとその一文に支配されていた。皐月を見つけたかもしれない。皐月。本当に?どこで?誰が?どうして今?何度もスマホを見る。若葉からの返信はない。眠ろうとした。でも、眠れるはずがなかった。朝六時を過ぎた頃、私はスマホを握りしめたまま、ベッドの上で座っていた。そろそろ、若葉が起きる頃のはず。そう思った瞬間、スマホが震えた。
私はすぐに電話に出た。
「もしもし。おはよ、若葉」
『お姉ちゃん、おはよぉ……』
若葉の声は、完全に寝ぼけていた。でも、そんなことを気にしている余裕はなかった。
「若葉、皐月を見つけたって、本当?」
電話の向こうで、少し間が空いた。そして、若葉の声が一気に目覚める。
『そうだ! そうなの! 正確には、見つけたというより目撃情報があってね。皐月って名乗ってるの』
「本物か?」
『写真を今送るから待って』
数秒後、メッセージが届く。私は通話をつないだまま、その写真を開いた。監視カメラの映像を撮ったものらしい。粗い。少し斜めからで、鮮明ではない。それでも。そこに映る男を見た瞬間、胸の奥が強く締めつけられた。
「皐月だわ……」
声が、勝手に落ちた。
『ね!』
若葉の声が震えている。
『地方のダンジョンに来たみたい』
画面の中の男は、私の知っている皐月より少し雰囲気が違う。でも、違わない。目元。立ち方。どこか困ったような顔。皐月だ。そう思ってしまったら、もう戻れなかった。
「地方の?」
『うん。私服……写真の格好で、武器も持たずにダンジョンへ入ろうとしたんだって』
「え? こんな格好で?」
写真を見る。確かに私服だ。防具もない。武器も見当たらない。
『そ。だからギルドの職員が止めたんだって。そしたら、自分は強いから大丈夫って』
「皐月らしいな」
思わず笑いそうになった。あいつなら、言いそうだ。根拠があるのかないのか分からない自信で、さらっと危ないことをする。でも、次の言葉で笑いは消えた。
『それで、やっぱり不安だったからハンター証を確認したら、持ってないって言うのよ』
「そう…か」
ハンター証がない。おかしい。皐月はハンターだった。当然、ハンター証を持っていたはずだ。
『作ってく? って話になったんだけど、身分証明書もないから、その時は帰っていったの』
「身分証明書もないのか……」
おかしい。いや、おかしいことだらけだ。でも、写真の男は皐月に見える。皐月に見えるのに、皐月ではありえないことをしている。
『驚きはその後よ!』
「驚くのか?」
『うん、もうヤバイのよ!』
「な、何がヤバイんだ。怖いんだけど」
『その受付の子が、皐月がカッコいいからって、名前交換したの』
「……」
一瞬、胸の奥が変な音を立てた。
『その時に皐月って分かったのと、ついでにその子の電話番号を渡したの』
「もしかして」
私は思わず聞いてしまった。
「電話がかかってきて、良い感じになってしまったのか?」
『違うよ違う。まあ、電話はかかっては来たの』
「うん……」
私は、ごくりと唾を飲んだ。
『それでね、お兄ちゃんは、すまない、俺には結ばれている人がいる。だから俺のことは忘れてくれって言ったらしいの』
「……結ばれている人?」
意味が分からなかった。
『しかも、なんか怯えてたらしいわ』
「怯えていた?」
『その子も、誰かに監禁されて言わされてるんじゃないかって言ってるのよ〜』
「監禁?」
私は思わず写真を見直した。皐月に見える男。ハンター証も身分証もない。非通知で電話。結ばれている人。忘れてくれ。怯えていた。いったい、どうなっているんだ。
『どうしよう、お姉ちゃん……』
若葉の声は、不安で揺れていた。
「若葉、今日は仕事か?」
『今日はフルよ。夜なら大丈夫だけど』
「そうか。私も月華楼の本部に行かなくてはいけないから……」
私は予定を頭の中で組み直す。本当なら、休みたい。眠っていない。でも、そんなことを言っている場合ではない。
「よし。十九時に、いつもの店に集合でいいか?」
『うん、大丈夫よ』
「写真と、分かっている情報を全部持ってきて」
『分かった』
電話を切る。部屋が静かになる。私はもう一度、送られてきた写真を見た。皐月。本当に皐月なのか。生きていたのか。それとも、何か別のものなのか。分からない。でも、じっとしていられなかった。
次にすることは何か。情報を集める。若葉と会う。月華楼のツテを使う。それも大事だ。でも、その前に。
「そうだ。通報だ」
私は警察に電話をかけた。数回の呼び出し音の後、相手が出る。
「もしもし、警察ですか?」
自分でも、声が少し早口になっているのが分かった。
「実は、監禁事件がありまして」
電話の向こうで、空気が変わった気がした。
「はい。約十年、監禁されている感じです」
場所を聞かれた。当然だ。当然だけど、分からない。
「場所ですか? それが分からないから電話しているんです!」
自分でも無茶を言っているのは分かっている。でも、私は真剣だった。
「探してください。監禁されているのは、皐月。三十五歳の男性です」
電話の向こうで、相手が困っているのが分かる。それでも、私は言葉を続けた。皐月が本当に生きているなら。もし、どこかで助けを求めているなら。私は、もう一度見失うわけにはいかなかった。
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