104. 浮気疑惑だと思ったら、〇〇〇サプライズでした
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【サクラ視点】
会社が終わって家に着くと、クロが尻尾を振っていた。しかも、かなりご機嫌だった。ぱたぱた、ではない。ふさふさと、明らかに浮かれている揺れ方だ。
「何がそんなに嬉しいの?」
私が聞くと、クロは少しだけ胸を張った。
『色々とあってな♪』
その声も、なんだか弾んでいる。魂糸共鳴のせいか、クロの感情がなんとなく伝わってくる。ピンク色。そんな感じだった。真里さんと会った時の、あの感じに少し似ている。
「真里さんにでも会ったの?」
クロの尻尾が、ぴたりと止まった。
『マリーがどうした? 来るのか?』
「違うわよぉ」
どうやら真里さん関連ではないらしい。じゃあ何?今日はダンジョンへ行くって言っていたはずだ。
「ダンジョンでレベルがたくさん上がった?」
『いや、全然』
「全然?」
『そもそもダンジョンに入らなかった』
「どうして?」
『ハンター証がないから』
「そうだったわね!」
忘れていた。クロは大悪魔だけど、ハンター証は持っていない。
「今日は人型で行ったの?」
『おう。ちょっと遠出したくてな』
「バレたらどうするの?」
『だから、バレなさそうな遠くのダンジョンにしたんだ。結局、入れずに帰ってきたけどな』
「じゃあ、何がそんなに嬉しいのよ?」
『秘密だ♪』
なんなの。その尻尾。
なかなか白状しないクロに、私は少しだけ目を細めた。まあいいわ。とりあえず食事にしよう。その日は、なんとなくいつも通りに過ぎた。ご飯を食べて、少し片づけをして、クロと他愛のない話をする。ただ、クロはずっとご機嫌だった。翌日も、その次の日も。私の休みもあった。本当ならダンジョンへ行く日かもしれない。でも、今は少し、そういう気分ではなかった。藤堂さんのことが、まだ胸に残っている。深淵王だった。敵だった。それでも、会社の藤堂さんは優しい先輩だった。だから、土日はゆっくり休むことにした。家で過ごして、買い物に行って、少しだけ掃除をする。その間も、クロは上機嫌だった。尻尾が揺れる。なんとなく嬉しそう。理由は言わない。なぜか腹が立つ。なんて。
「そうだ、クロ。洗濯物は?」
『あ! どこやったっけ?』
クロは慌てて、自分のベッドのあたりを探し始めた。しばらくして、人型の時に着ていた服を持ってくる。
「ちゃんと出してよぉ」
私は洗濯機へ入れる前に、ポケットの中を確認した。そして、指先に紙が触れた。
「……これは」
小さなメモ用紙。そこには、手書きで名前と番号が書かれていた。紗奈。010-123-456。私はゆっくりとクロを見る。クロの尻尾が止まった。
「これは……何?」
私はメモをクロに突きつけた。
『うぉ! それは…』
「それは?」
『こないだダンジョンに行った時にもらったんだ…』
「な〜るほど〜」
自分でも分かるくらい、声が低くなった。
「それでずっとご機嫌だったのね〜。ク〜ロ〜ちゃ〜ん」
『ご、ご、誤解だー』
「五階も六階もないわ!」
『それは誤解の話じゃない!』
「うきー!」
私はクロに飛び乗った。そして、黒狼の口を左右に引っ張る。
「この浮気者〜!」
『痛い痛い痛い! やめてくれサクラ!』
「やだ!」
『浮気なんてしてない!』
「知らない!」
『泣くなサクラ!』
「やーだー、うわーん!」
ドンドン!壁の向こうから音がした。
『おい、サクラ静かに! 隣の家からクレームだぞ!』
「絶対に許さない〜」
『分かった、ゴメン。ゴメンてば〜』
しばらく私は、クロにしがみついたまま泣いた。自分でも、ちょっとやりすぎているのは分かっている。でも止まらなかった。クロが誰かから連絡先をもらっていた。ずっと上機嫌だった。その二つが頭の中で変な形に繋がって、もうどうしようもなかった。
少し時間が経って、ようやく私は涙を拭いた。でも、許したわけではない。
「その人に電話かけて」
『かけてどうするんだ』
「もう会わない。忘れてくれって言って」
『いや、だから誤解なんだが』
「泣いちゃうよ。私、また泣いちゃうよ…」
『分かった。分かったから』
クロは観念したように、人型になってメモの番号を押した。ピポパピポ。トゥルル。トゥルル。ガチャ。
『もしもし…』
電話の向こうから、女性の声がした。クロが少し気まずそうに口を開く。
「あ〜、先日ダンジョンで会った…」
「ほら会ってるじゃない」
私は小声で言いながら、さらにクロの首に腕を回した。
「ぐ、サクラ、ちょっと…」
「言って」
クロは息を乱しながら続けた。
「はぁ、はぁ…すまない。俺には…結ばれている人がいる……だから…俺のことは忘れてくれ…」
そこで電話は切れた。私はふんと鼻を鳴らす。
「今回はこれで許してあげるわ」
『だから浮気じゃないって〜』
「知らない。ふん」
私はお風呂に入った。湯船に沈むと、少しだけ頭が冷えてくる。そこで、ふと思った。あれ?クロって、スマホ持ってないよね。うちには固定電話もない。じゃあ、どうやって連絡を取り合っていたの?メモに番号が書いてあった。それだけだ。電話をかけたのは、さっきが初めてかもしれない。つまり。もしかして。私、何か勘違いしてない?湯気の中で、急に血の気が引いた。さっき、私はクロの口を引っ張った。浮気者と言った。首も締めた。電話までさせた。かなり、ひどいことをした気がする。
「確かめなくちゃ…」
私は慌ててお風呂から上がった。
お風呂から上がると、部屋が変わっていた。ほんの少しだけ、飾りつけがされている。テーブルの上には、小さな箱。そして、クロがそこに座っていた。
『誕生日おめでとう!』
「へ?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。それから、思い出す。
「そうだ…今日は私の誕生日だ」
藤堂さんのこと。会社のこと。深淵王のこと。いろいろありすぎて、すっかり忘れていた。クロは少し照れたように、小さな箱を押し出した。
『これ、プレゼントだ』
箱を開ける。中に入っていたのは、ヘアピンだった。黒地に、小さな桜の飾りがついている。
「クロ…これ……」
『こないだ、ダンジョンに入れなくて時間が余ってな』
クロは少しだけ得意そうに言った。
『ぶらぶらしていたら、サクラにぴったりだと思って買ったんだ』
「どうして私の誕生日を?」
『ダンジョンから帰った日に掃除していたら、サクラの古い社員証があってな。誕生日が載っていた』
「社員証…」
『それが四日後だったから、サプライズで渡そうと思っていたんだ』
クロの尻尾が、少しだけ揺れる。
『そんなことばかり考えていたから、なぜか上機嫌になっていたらしい』
その瞬間、胸がぎゅっと痛くなった。嬉しい。でも、それ以上に申し訳なかった。
「……ごめん」
ぽろっと涙がこぼれた。
「うわーん」
『泣くなサクラ。また怒られる!』
「うん…ごめんね。いっぱいひどいことしちゃったよ……」
『気にしてないよ』
クロは、少しだけ尻尾を揺らした。
『逆に、そんなに俺のことを思ってくれて嬉しかった……かった?』
「うん?」
私は涙を拭きながら、クロを見た。
「疑問系? なにそれ」
『いや、今の流れで正解が分からなくなった』
「ちょっとこっちに来て」
『待て。落ち着けサクラ』
クロが後ずさる。私は立ち上がる。
「ちょっと待ちなさーい!」
クロが逃げる。私が追う。部屋の中を、黒狼と私がぐるぐる回る。さっきまで泣いていたのに、今は少し笑っていた。ひどい勘違いをした。ひどいこともした。でも、クロはここにいる。私の誕生日を、私より先に覚えていてくれた。それが、どうしようもなく嬉しかった。
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