EP 8
デリバリー・ハザード(激怒の配達員)
タタンッ! タタタタンッ!
ポポロ村の居住区から遠く離れた、岩場と廃墟が入り組む採石場跡地。
夜の闇を切り裂くように、曳光弾の光が交差していた。
「牽制だ! 3点バースト(点射)に留めろ! フルオートは絶対禁止じゃ!」
岩の陰から指示を飛ばす坂上信長の声には、戦場特有の緊張感とは別の『焦り』が混じっていた。
「隊長! 第2班、5.56mm弾の残弾が心許ねえっす!」
「ニャングルに発注した『追加弾薬』と『夕食』のデリバリーはまだか赤城!」
「さっき魔導端末で『ポポロ・イーツ』の配達状況を確認しました! もうすぐ到着するはずっす!」
泥まみれのタバコ農園バイトで稼いだ血と汗の結晶(バイト代)をすべてつぎ込み、両軍はついに「戦地への弾薬・食料の直接配達」を依頼していたのだ。
「……義正。弾薬が尽きる。デリバリーの到着はまだか」
反対側の稜線。狙撃銃のスコープから目を離さず、エリアス・ソーンが通信機越しに問う。
「GPSによれば、あと1分でこのキルゾーン(交戦地帯)のど真ん中に到着する。……来たぞ」
戦場の中心。
激しい銃撃音が飛び交う中、一台の「魔導オフロードバイク」が、土煙を上げて猛スピードで突っ込んできた。
「おい……なんだ、ありゃあ」
双眼鏡を覗いていた赤城が、思わず間抜けな声を漏らす。
バイクに跨っていたのは、目を見張るほどの絶世の美女だった。
しかし、その装いはあまりにも異質だ。重厚で美しい真紅の鎧『クリムゾンアーマー』を纏い、背中には牛が一頭入りそうな巨大な魔法ポーチを背負っている。
ポポロ村自警団リーダーにして専属鍛冶師、そして元・賞金稼ぎの公爵令嬢。
『紅蓮の戦乙女』こと、ダイヤ・マーキスである。
彼女はバイクを急ブレーキで止めると、銃弾が飛び交う戦場のど真ん中で、拡声器を片手にスッと立ち上がった。
『あー、あー。テステス。……ポポロ・イーツです! ルナミス帝国軍さん、レオンハート軍さん! ご注文の弾薬とレーションをお持ちしました!』
凜とした、しかしどこか事務的な声が響き渡る。
本来なら、戦闘中のど真ん中に民間人(?)の配達員が乱入するなどあり得ない。
だが、ここはポポロ村だ。
「よし、一旦撃ち方待て! 配達員をカバーしろ!」
信長が叫び、エリアスも部下に一時射撃停止のサインを送った。
しかし——極限の緊張状態にある戦場では、些細なミスが致命的な結果を招く。
「うわっ、敵の影が動いた!?」
信長の部下の若い隊員が、暗闇で風に揺れた木を敵と誤認し、反射的に引き金を引いてしまった。
パーンッ!!
「バカ、やめ——ッ!」
信長の声は遅かった。
放たれた5.56mm弾は、虚空を切り裂き……あろうことか、配達員であるダイヤの足元の岩に直撃し、激しい跳弾となって彼女の背負う『魔法ポーチ』を掠めたのだ。
カィィィィンッ!!
火花が散る。
戦場が、水を打ったように静まり返った。
「…………あっ」
撃ってしまった隊員が、顔面を蒼白にして銃を取り落とす。
風が止んだ。
ダイヤはゆっくりと、跳弾が掠めた魔法ポーチの表面を撫でた。
そこには、ほんの数ミリ、魔導コーティングが剥がれた傷跡ができていた。
「…………」
ダイヤは、俯いたまま小刻みに震え始めた。
そして、次の瞬間。
「……あんたたちぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!」
美少女の口から、地の底から響くような大音響の怒声が轟いた。
「こ、この魔法ポーチの特殊コーティングを修復するのに、どれだけ魔導素材とお金がかかると思ってんのよぉぉぉぉぉっ!!!」
ドゴォォォォンッ!!
ダイヤの全身から、文字通り燃え盛るような紅蓮の闘気が爆発した。
「い、いかん! 伏せろォォォッ!!」
信長の生存本能が警鐘を鳴らす。
「エリアス! 退避だ! あいつ、ただの民間人じゃない!!」
義正の魔導タブレットの脅威度インジケーターが、計測不能のエラー音を鳴らしてぶっ壊れた。
「私がいっっっつも! 武器のメンテナンス費と火薬代でどれだけカツカツの自転車操業してるか、知らないくせにぃ! 毎日毎日、テント暮らしで1型(アブラ缶詰)ばっかり食べて節約してるのに、あんたたちの流れ弾一つで今月の生活費が全部パーよ!!」
極貧のサバイバル生活と、公爵令嬢としてのプライドが、最悪の形でスパークしていた。
ダイヤは魔法ポーチの中から、彼女の身長ほどもある巨大な大剣——神滅剣『天魔竜聖剣』を軽々と引き抜いた。
「配達のジャマすんなぁぁぁっ!!」
ダイヤは剣を上段に構え、極限の闘気と極大の炎魔法を二重に纏わせた。
刀身が太陽のように輝き、周囲の岩が熱でドロドロに溶け始める。
「必殺——ッ! 『バーニング・オーラ・ブレイク』ッッ!!」
振り下ろされた紅蓮の刃。
それはもはや、剣撃ではなかった。
地形そのものを変える、超質量の爆発エネルギーの奔流だった。
ズバァァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!
大地が鳴動し、凄まじい衝撃波と熱波が両軍の陣地を襲う。
信長たちやエリアスたちが身を隠していた巨大な岩壁が、そして廃墟のコンクリートが、まるで熱したナイフで切られたバターのように「真っ二つ」に両断され、溶融して崩れ落ちていった。
「…………」
「…………」
数分後。
もうもうと立ち込める土煙が晴れた採石場には、長さ数百メートル、深さ数十メートルに及ぶ「マグマの流れる巨大なクレバス(地割れ)」が新たに形成されていた。
そしてその中心で、ダイヤは肩で息をしながら、天魔竜聖剣をズバッと鞘に収めた。
「……はぁ、はぁ。……すっきりした」
彼女はコホンと一つ咳払いをすると、何事もなかったかのように再び拡声器を手にした。
『大変お待たせいたしました! ポポロ・イーツです! ご注文の品をお渡ししますので、受領のサインをお願いしまーす♡』
先ほどまで地形を両断していた狂気の戦乙女が、完璧な営業スマイルを浮かべて立っている。
「……」
「……」
陸上自衛隊・1等陸尉、坂上信長。
米海軍特殊部隊・大尉、エリアス・ソーン。
現代地球が誇る最高峰の戦術家二人は、無言のまま瓦礫の中から這い出し、クレバスの淵まで歩み寄った。
そして、直立不動の姿勢をとると、ダイヤに向かって深々と、これ以上ないほど美しい角度で『敬礼(最敬礼)』をした。
「……大変、申し訳、ありませんでした」
「……配達、ご苦労様です。サインはこちらでよろしいでしょうか」
「はーい、ありがとうございますっ! 次回からは『置き配』も対応してますので、アプリから設定してくださいね♡ それじゃ、私は次の配達があるのでこれで!」
ダイヤは金貨の入った袋を受け取ると、ご機嫌な様子でオフロードバイクに跨り、マフラーから炎を吹き上げて夜の荒野へと走り去っていった。
後に残されたのは、真っ二つに割れた地形と、震えが止まらない日米のエリート兵士たち。
「……おい、赤城」
信長は、届けられたばかりの20式小銃の予備マガジンを握りしめ、空を見上げた。
「はい、隊長」
「今すぐ、我が軍の交戦規定(ROE)の第一項を書き換えろ」
「どう書き換えるっすか?」
「——『ポポロ村の配達員(Uber)が通るルートは、絶対非武装地帯(DMZ)とする。流れ弾を当てた者は、即座に切腹を命ず』——じゃ」
東側の陣地でも、全く同じ時刻。
エリアスと義正が、SEALsの戦術マニュアルに「配達員への攻撃は核戦争の引き金に等しい」という一文を、震える手で赤字で追記していた。
弾がない、金がない、情報が漏れる。
それに加えて「絶対に怒らせてはいけない無敵の一般市民(配達員)」が戦場を横切る。
彼らの極限サバイバルは、新たな次元の絶望へと突入していた。




