EP 7
おばちゃんの凶弾(心理戦)
「……おい、義正。昨日のスパチャの出費を取り戻すには、あと何株のタバコ葉を摘めばいい」
「計算したくもない。俺たちは昨日、キュララの寿司代のために、部隊全員の三日分の血と汗を上空に放り投げたんだぞ」
太陽が容赦なく照りつけるポポロ村のタバコ農園。
泥にまみれながら、米海軍特殊部隊のエリアスと義正は、死んだ魚のような目で葉を摘み続けていた。
その隣の畝では、陸上自衛隊の信長と赤城もまた、無言でクワを振るっている。昨日の「情報統制(スパチャ合戦)」による財政破綻のダメージは、日米エリートたちの精神を確実に削り取っていた。
「おーい、あんたたち! 休憩にしなさいな!」
そこへ、麦わら帽子を被り、首に手ぬぐいを巻いた恰幅の良い農家のおばちゃん達が、冷たいお茶と塩漬けの野菜を持ってやってきた。
「あ、あざっす……生き返る……」
赤城が駆け寄り、お茶を一気に飲み干す。信長たちもそれに続き、木陰で一息ついた。
異世界とはいえ、どこの世界でも「農家のおばちゃん」が持つ包容力と差し入れの美味さは絶対である。
「いやぁ、あんたたちホントに良い男だねぇ。泥だらけになって働く姿、村の若い子たちにも見せてやりたいよ」
おばちゃんの一人が、ニコニコと笑いながら信長の背中をバンバンと叩いた。
「ははっ、恐縮です。村の皆さんのためなら、これくらい——」
信長が愛想良く答えようとした、その時だった。
「で? ぶっちゃけた話、あんたたち誰を狙ってるんだい?」
ピタッ、と。
日米エリート4人の動きが、文字通り完全に停止した。
「え?」
「いやね、キャルルちゃん、ルナちゃん、リーザちゃん、キュララちゃん……村には可愛い子がいっぱいいるじゃないか。あんたたちみたいな屈強で良い男たちなら、どの子が好みなのかと思ってねぇ。ウフフッ」
おばちゃん達は井戸端会議の延長のような、無邪気で好奇心に満ちた目を向けている。
だが、彼らにとってこの質問は、敵の狙撃兵に額にレーザーポインターを当てられたに等しい『凶弾』だった。
(……来た。ルール⑤『両軍は市民達と接待や交渉、取り引きができる』……!)
信長は冷や汗を流しながら、頭脳をフル回転させた。
(おばちゃん達のネットワークを舐めてはいかん! ここで下手な回答をして機嫌を損ねれば、民意を失い、最悪『レッドカード(強制退場)』の対象になる。だが……!)
(特定個人の名前を挙げるのは、極めて危険な『地雷』だ)
エリアスもまた、心拍数を極限まで落としながら瞬時に『脅威度判定』を実行していた。
信長とエリアス、そして赤城と義正の脳内で、瞬時に4人の少女のプロファイリングが展開される。
【候補A:村長・キャルル】
信長(アカン! あの娘は『雷神の月兎』じゃ! もし「キャルルが好み」なんて噂が本人の耳に入って、ヤンデレ気質を刺激でもしようものなら、顔面にマッハ1の『超電光流星脚』が飛んできて、顎を砕かれたあとに強制回復魔法の無限ループ地獄に落ちる!)
【候補B:エルフ・ルナ】
義正(論外だ。あいつは歩く自然災害。もし彼女と懇意になった結果、世界樹からの年金『純金100kg』を譲渡でもされたら、市場経済が崩壊して俺の算盤が弾けなくなる! それに、泣かせたら世界樹の触手に絞め殺される!)
【候補C:T-チューバー・キュララ】
エリアス(却下だ。あいつは情報漏洩の権化。関われば関わるほど「スパチャ(軍資金)」を吸い取られる。我が軍の兵站を内側から破壊する最悪のサイバーテロリストだ)
【候補D:人魚姫・リーザ】
赤城(一番無いっす! あの芋ジャージ、放っておいたら俺たちの『戦闘糧食』まで全部食い尽くす底なし沼っすよ! 彼女を養う食費なんて、ウチの部隊には残ってねえ!)
((((……全員、選べば部隊が壊滅する『即死トラップ』じゃねえか!!!))))
日米の精鋭たちの導き出した結論は、見事なまでに一致していた。
だが、沈黙は疑念を生む。おばちゃん達の目が、ジトッと細められ始めていた。
「……なんだい? まさか、うちの村の娘たちに魅力がないとでも言うのかい?」
空気が凍りつく。
まずい。このままでは「ポポロ村への侮辱」と受け取られ、農場をクビになるどころか、最悪、村の自警団リーダーであるダイヤが『天魔竜聖剣』を抱えて飛んでくる。
絶体絶命の窮地。
ここで動いたのは、かつて親父から『タバコや酒は現地民と仲良くなれる最強のツールや』と教え込まれた信長と、人心掌握術(CQCの尋問術)を極めたエリアスだった。
二人はスッと立ち上がると、お互いに目配せをした。
(キャプテン・サカガミ。あの戦術でいくぞ)
(応。合わせるぞ、大尉)
信長は、被っていた帽子を取り、真剣な眼差しでおばちゃん達に向き直った。
「……正直に申します。彼女たちは確かに魅力的です。じゃが、ワシらのような泥に塗れて血の匂いが染み付いた軍人には、眩しすぎます」
信長が土台を作り、エリアスがすかさず完璧な発音の現地語で続く。
「ええ。我々は、今日明日を生き抜くことに必死な身。……ですが、もし許されるなら」
エリアスは、おばちゃんから渡された『お茶』の入った湯呑みを、まるで最高級のワイングラスのように掲げた。
「この灼熱の太陽の下で、我々を気遣い、こうして極上のお茶を淹れてくれる……あなた方のような『優しくて、強く、懐の深い大人の女性』にこそ、我々は惹かれてやまないのです。……このお茶は、私が今まで飲んだどんな飲料よりも、心に沁みました」
「全っくじゃ」
信長も、ニカッと人懐っこい、だが男の哀愁を漂わせた笑顔を作った。
「キャルル村長たちも可愛らしいが……ワシの親父は『女は度胸と愛嬌、そして料理の腕じゃ』と口酸っぱく教えとりました。おばちゃん達が漬けたこの野菜……故郷のお袋を思い出して、涙が出そうじゃ」
赤城と義正は、後ろで口をパクパクさせていた。
((この二人……生き残るために、おばちゃん達を『口説き』にいきやがった!!))
一瞬の静寂。
そして——。
「「「……イヤァァァンッ!!」」」
おばちゃん達の顔が、一瞬にして真っ赤に染まり、黄色い歓声が上がった。
「もぉぉぉっ! あんたたちったら、口が上手いんだからぁっ!」
「こ、困るわよぉ、私にはロックバイソンみたいに逞しい旦那がいるのにぃ!」
「仕方ないねぇ! これ、アタシの家で採れた『太陽芋』のふかし芋だよ! たんと食べなっ! 特別ボーナスだよ!」
「こっちの『陽薬草茶』も持っていきな! 全く、良い男たちなんだから!」
おばちゃん達は、持っていた差し入れをすべて信長たちに押し付けると、キャアキャアと乙女のような声を上げながら、嬉しそうに畑の奥へと戻っていった。
「…………」
「…………」
おばちゃん達の姿が見えなくなった瞬間。
信長とエリアスは、その場に崩れ落ちるようにへたり込んだ。
「……ミッション、クリア」
エリアスが、かつてないほど疲労困憊した声で呟く。心拍数が跳ね上がり、背中は冷や汗でびっしょりだった。
「……親父。ワシ、あんたの教えで、今日一つ『部隊』を救ったで……」
信長もまた、魂が抜けたように天を仰いでいた。
「隊長! すげえっす! おかげで午後の小腹を満たす食料をタダでゲットできましたよ!」
「投資ゼロで現物を獲得するとは……恐ろしい交渉術だ、エリアス」
赤城と義正が手放しで称賛する中、二人の部隊長は無言でタバコを取り出し、震える手で火を点けた。
実弾が飛び交う銃撃戦よりも。
最先端の戦術ドローンよりも。
異世界の「農家のおばちゃんの井戸端会議」こそが、最も恐ろしい心理戦であったと、彼らは戦場の歴史に深く刻み込んだのだった。




