EP 6
上空の悪魔とスパチャの恐怖
「……配置完了。第1班は陽動、第2班はそのまま伏せて待機じゃ」
ポポロ村郊外、廃工場の立ち並ぶエリア。
夕闇が迫る中、坂上信長は部下たちを完璧な偽装網の中に潜ませていた。
間もなく、1日1回、10分間だけ全端末に『50kgの旗』のGPS位置が通知される時刻だ。
信長の狙いは、通知と同時に動くのではなく、先に動いた敵(SEALs)を伏兵で強襲することだった。北辰無双我流の「待ちの型」を応用した、地形を生かした完璧なアンブッシュ(待ち伏せ)戦術。
誰の目にも見えない。誰の耳にも聞こえない。
「完璧っすね、隊長。あのアメ公ども、まんまとこのキルゾーンに——」
赤城がニヤリと笑いかけた、その時だった。
『はいはーい! 全世界のリスナーのみんな、こんばんはーっ! 絶対無敵の天使系T-チューバー、キュララだよぉっ♡』
突然、頭上から異常に可愛らしく、そして場違いなほど甲高い声が響き渡った。
「な、なんじゃ!?」
信長が空を見上げる。
上空100メートル。純白の羽根を羽ばたかせながら、フリフリのメイド服を着た天使族の少女——キュララが、魔導カメラを片手に宙に浮いていた。
『さぁさぁ、現在開催中の「ポポロ村・特別代理戦争」! キュララの上空カメラが、両軍の激アツな動きを独占生配信しちゃいマース!』
キュララはカメラのレンズを、信長たちが息を潜めている廃工場エリアにズームした。
『あーっと! ルナミス帝国軍の皆さん、今あそこの廃工場の『第3倉庫の裏』と『トタン屋根の下』に伏兵として隠れましたぁ〜! すごぉーい、全然見えないように泥被ってますねぇ! 頑張れー!』
「アホォォォッ!! バラすなァァァッ!!」
信長は思わず偽装網を跳ね除け、上空の天使に向かって絶叫した。
せっかくの完璧なアンブッシュが、全世界に向けてミリ単位で暴露されてしまったのだ。
『あ、隊長さんが怒ってます! 怖いですねぇ〜。じゃあ次は、レオンハート獣人王国軍の方を見てみましょー!』
◆ ◆ ◆
「……おい。信長の配置が、全部この魔導タブレットに映っているぞ」
東側の陣地。力武義正は、手元の画面に映し出されたT-TUBEの生配信を見て呆然としていた。
「敵の配置が割れた。好機だ、撃つぞ」
エリアスが『McMillan TAC-338』のボルトを引き、冷徹に言う。
「待て、エリアス! 撃つな!」
義正が血相を変えて止めた。
「画面のコメント欄を見ろ! 異常だぞ!」
義正の指さす画面の端を、恐るべき速度でコメントが滝のように流れていた。
【特定班A】『ルナミス軍の足元の泥、あれ南側の湿地帯の泥だね』
【特定班B】『ってことは、彼らの補給ルートは南の森か。迂回できるぞ』
【特定班C】『あ、レオンハート軍の狙撃手の銃身の反射光、時計塔の3階南窓から見えたわ』
【特定班D】『風速3m。あの角度なら、狙撃手の射界は限定されるね』
「な、なんだこの異常な解析速度は……ッ!」
元エリート商社マンの義正でさえ、顔面を蒼白にした。
軍の暗号通信でも、ドローンの偵察でもない。ただの『熱狂的なリスナー(特定班)』たちが、娯楽として瞬時に戦況を丸裸にし、デジタルタトゥーのごとくネットの海に情報を刻み込んでいるのだ。
『あ! リスナーさんからの特定情報、助かりマース! レオンハート軍の凄腕スナイパーさん、時計塔の3階ですね! 手を振ってくださーい♡』
キュララがカメラを時計塔へ向けた。
「……チッ」
エリアスは即座にライフルを抱え、隠れ家から転がり出るように移動した。直後、彼がいた場所に信長たちからの牽制の弾丸が撃ち込まれる。
「クソッ、どっちの陣形も作戦も完全に筒抜けだ! これじゃあ戦争にならない!」
義正が頭を抱える。現代戦において、情報が100%漏洩するというのは「死」と同義である。
『あ〜あ、それにしても……キュララ、ずーっと飛んでたからお腹すいちゃったなぁ♡』
上空の天使が、わざとらしく頬に手を当ててウインクをした。
『今日はなんだか、回らないお寿司が食べたい気分……。もし、優しいリスナーさんから「スパチャ(投げ銭)」がいーっぱい飛んできたら、もしかすると……スパチャが多い陣営の秘密は、ちょっとだけカメラから外しちゃおっかな〜?♡』
「……ッ!!」
その言葉を聞いた瞬間、信長と義正、両軍のブレインの脳内に電流が走った。
「赤城!! タロウ・ペイ(QR決済)のアカウントを開け!!」
「義正! 経費の枠を解放しろ! 急げ!!」
「隊長!? 弾薬代がなくなるっすよ!?」
「ええい、背に腹は代えられん! このまま全世界に配置を晒され続けたら全滅じゃ! あの天使(悪魔)に貢げ!!」
信長と赤城が、震える指で魔導タブレットを操作する。
『ルナミス軍・坂上信長さんから、金貨5枚のスーパーチャット! ありがとうございますぅ♡』
キュララの声が響く。
「よし! これでカメラは向こうに——」
信長が安堵したのも束の間。
『ああっ! レオンハート軍・力武義正さんから、金貨10枚のスーパーチャット! 凄ぉーい、太客の登場でーす♡ じゃあカメラは、ずーっとルナミス軍さんに密着しちゃいまーす!』
「アメ公のクソインテリどもめェェェッ!! 札束で殴り合おうっちゅうんか!! 赤城、金貨15枚じゃ!!」
「義正、追加だ。金貨20枚出せ」
泥まみれになってタバコ農園で稼いだ、血と汗の結晶である「バイト代」。
それが今、両軍の生き残りを懸けた『地獄のスパチャ合戦(情報統制戦)』として、上空のあざとい天使の胃袋(寿司代)へと猛スピードで吸い込まれていく。
「……弾を買うどころか、姿を隠すためだけに金が溶けていく……」
画面の残高がゴリゴリと減っていくのを見つめながら、義正は膝から崩れ落ちた。
「資本主義のバグだ……。ポポロ村は、俺たちが知っている経済学が全く通用しない……!」
『はぁーい♡ 両軍とも、たくさんの御縁、ごちそうさまでーす! あっ、r-barの特上寿司が届いたみたいなので、今日の配信はここまで! また明日ねーっ!』
パチン、と配信が切れる。
上空から姿を消した天使と入れ替わるように、信長とエリアスのスマホが震えた。
『旗』のGPS通知時刻の到来である。
しかし——。
「……隊長、どうしますか」
「……動けん。今、旗のポイントに移動しようものなら……」
「ええ。弾を買う金も、メシを食う金も、さっきのスパチャで全部吹っ飛びましたからね……」
東側でも、エリアスと義正が同じように沈黙していた。
「……明日も」
エリアスが、夜空を見上げてポツリと呟いた。
「……明日も、タバコ農園に集合だな、キャプテン・サカガミ」
戦場のリアルは「弾」と「日当」、そして「情報操作」である。
彼らの極限のサバイバルは、まだ始まったばかりだった。




