EP 5
紫煙とレーションの闇取引
ポポロ村の中央広場から少し外れた、木陰のベンチ。
「ポポロ村指定・喫煙エリア」と書かれた手書きの立て札の前で、泥と汗にまみれた日米の精鋭たちが重い腰を下ろしていた。
「……ふぅ」
坂上信長が、迷彩服のポケットから『メビウス10ミリ』を取り出し、口にくわえる。
カチン。
愛用の金色のオイルライターで火を点け、深く紫煙を吸い込んだ。
「火、要るか?」
「いや。間に合っている」
隣に座るエリアス・ソーンが、フランス製の『ゴロワーズ・カポラル』をくわえ、Zippoの『Armor Matte Grey』を鳴らす。
カチャッ、シュボッ。
金と艶消しグレー。二つの異なるライターの音が重なり、日米の部隊長の吐き出した煙が、異世界の青空へと溶けていく。
「……見事な大根の引き抜き方だったな、キャプテン・サカガミ」
「そっちこそ。あの人参の首根っこを極めたCQC(近接格闘)、うちの隊員たちへのええ手本になったわい」
昨日まで互いの眉間に銃口を向けていた男たち。しかし、たった半日「理不尽な農作業」を共に乗り越えただけで、彼らの間には奇妙な連帯感——『同じ地獄を共有した戦友』としての空気が漂っていた。
親父の教えだ、と信長は内心で笑う。
『ええか信長。タバコや酒は現地民や仲間達と仲良くなれるツールや。大抵の物事は喫煙所や酒場で決まるんじゃ』
まさか、異世界で米軍のSEALs相手にこの教えを実践することになるとは思わなかったが。
「隊長! 昼飯、買ってきました!」
「こっちもだ、エリアス」
赤城と義正が、それぞれニャングルの店から買ってきた昼食を抱えて戻ってきた。
午前中のバイト代(金貨2枚)を握りしめ、意気揚々と買い出しに行ったものの——二人の顔は一様に暗かった。
「……PRO型(特製弁当)は、高くて買えんかったか」
「すみません隊長。ニャングルの野郎、午前のバイト代が入ったのを見計らって、PRO型の値段を金貨3枚に値上げしやがりました。だから、結局いつものヤツです」
ドン、とベンチに置かれたのは、陸自の『1型』と、SEALsの『MRE型』のバルク品だった。
「……また黄色い絶望か」
義正が心底嫌そうに顔をしかめる。
エリアスは無表情でMREのパウチを開けると、中身をパラパラと見聞し、隣の信長に向かって言った。
「キャプテン。取引をしないか」
「ほう?」
「私はこの『ベジタブル・オムレツ』を譲る。代わりに、君の持っている1型の『脂の塊煮込み』を寄越せ。午後の陣地構築にはカロリーが足りない」
信長は鼻で笑った。
「アホぉ。誰がMREのハズレ枠と、この極上のアブラを等価交換するんじゃ。舐めとんのか」
「……ならば」
「だが……そっちのMREに入っとる『スキットルズ(キャンディ)』と『粉末インスタント・コーヒー』をつけるなら、ワシの1型に付いとる『魔導タクアン』を付けちゃる。塩分補給にはもってこいじゃぞ?」
その言葉に、元エリート商社マン・力武義正の眼のハイライトが鋭く光った。
「(カチャカチャカチャ……ッ!)……悪くない取引だ、エリアス! カロリーの損失を微細な糖分とカフェインの喪失で補い、さらに塩分を追加できる。投資リターンとしては合格ラインだ!」
義正は魔導タブレットの算盤アプリを超高速で弾きながら、さらに赤城へと身を乗り出した。
「おい、そっちの工作兵。お前がさっきその辺の魔獣を狩って作った『謎の串焼き』……それと、俺たちのMREに入ってる『石みたいに硬いクラッカー』を交換しないか? 炭水化物が欲しいだろう?」
「おっ、マジか。ありがてえ! 肉ばっかで飽きてたところだったんすよ!」
ここ絶対不可侵のポポロ村の指定喫煙所において。
地球最高の頭脳と戦術を持つ軍人たちによる、「世界一どうでもいい高度な闇取引」が成立した瞬間だった。
「よし、商談成立じゃな。ほれ」
「ああ。感謝する」
彼らが互いのレーションを交換し、ささやかな昼食を楽しもうと口を開けた、その時。
——カサカサカサッ!
「!?」
背後の茂みが不自然に揺れ、4人の歴戦の軍人が即座に警戒態勢をとった。
暗殺者か? それとも死蟲機の残党か?
茂みから這い出してきたのは——ルナミスデパートの特売で買ったであろう『芋ジャージ』を着た、異様に顔の整った少女だった。
「……あの、その黄色いゴムみたいなの、食べないなら、もらっていいですかぁ……?」
ポポロ村の居候にして、底辺サバイバル地下アイドル(人魚姫)のリーザである。
彼女の目は、エリアスが横に除けていたMREの『ベジタブル・オムレツ』に釘付けになっていた。
「……誰だ、この芋ジャージの小娘は」
「村長と一緒にいた女か。……おい、やめておけ。それは生身の人間が食うものじゃない、ある種の兵器だ」
エリアスが真顔で忠告するが、リーザはよだれを拭いながら身を乗り出す。
「いいんです! 私、昨日の夜からパンの耳と公園の雑草しか食べてないんですぅ! 五円! 御縁! 歌うからそれくださいぃぃ!」
日米のエリートたちは、ドン引きした。
なんだこの村は。村長はマッハで動き、エルフは無尽蔵にバケモノ野菜を生み出し、ジャージの女は軍用ハズレレーションを欲しがっている。
「……おい、赤城。ワシの1型のチャーシュー、一枚切ってやれ。流石に見とれんわい」
信長の父親譲りの『情』が発動した。
「えっ! いいんですか!? やったぁぁあ!! おじさんたち大好きーっ!!」
肉の塊を受け取ったリーザは、アイドルの矜持をかなぐり捨てて、野生のロックバイソンのごとく肉に食らいついた。
「……待てよ」
その様子を見ていた義正が、顎に手を当ててニヤリと笑った。
「おい、そこの君。君は確か、村長の家に居候しているんだったな?」
「モギュ、モギュ……はいぃ、そうですけどぉ?」
「よし。俺のクラッカーと、エリアスのキャンディもやろう」
義正はポンポンと、リーザの手に貴重なレーションの余りを乗せた。
「その代わり……キャルル村長や、あの悪徳商人ニャングルが『今、何を欲しがっているか』。そして、『俺たち以外の連中(敵)が、村で何を買ったか』。それをこっそり教えてもらえるかな?」
「——ッ!」
信長と赤城が息を呑む。
この男、たかが余ったレーションの切れ端で、「村の最深部に出入りできる最高ランクの現地スパイ(情報屋)」を直接雇用しやがった!
「情報ですかぁ? いいですよぉ! キャルルちゃん、今日は『新しい安全靴のワックスが欲しい』って言ってましたし、ニャングルさんは『ルナミス軍がドローンを爆買いしたせいで在庫が……』ってぼやいてましたぁ!」
芋ジャージの人魚姫は、肉の旨味に釣られ、あっさりと軍事機密レベルの情報をペラペラと喋り始めた。
「……でかした、義正」
エリアスがコーヒーをすすりながら、口角をわずかに上げる。
「チィッ、アメ公のインテリどもめ。小賢しい真似を……」
信長は苦虫を噛み潰したような顔をしたが、心の中では彼らの情報戦のスピードに舌を巻いていた。
泥と汗の農作業。
紫煙と共に交わされた、男たちの闇取引。
そして、たった一切れのチャーシューから始まる高度な情報戦。
「……さて。メシも食ったし、弾の値段も分かった」
信長はタバコの火を携帯灰皿で揉み消し、立ち上がった。
「そろそろ、本業の準備を始めるかのう。キャプテン・ソーン」
「ああ。戦場で会おう、キャプテン・サカガミ」
24時間ごとに発信される、『旗』のGPS通知時刻が、静かに迫っていた。




