EP 9
経済戦の幕開け(義正の算盤)
「……エリアス。戦争における最大の敗北条件は、前線の崩壊ではない。兵站の枯渇だ」
夜のポポロ村、商業区。
魔導コンビニ『タローソン』の裏路地で、力武義正は魔導タブレットの画面を鋭い目で見つめていた。画面には、彼が独自にマッピングした両陣営の『キャッシュフロー予測図』が映し出されている。
「奴ら(陸自)も俺たちと同じようにタバコ農園で日銭を稼ぎ、ギリギリのラインで弾とメシを買って戦線を維持している。戦力は拮抗。正面から撃ち合えば、互いに資金が尽きて共倒れだ」
「……つまり、市場を操作するということか」
エリアス・ソーンが、暗闇の中でコーヒーの紙コップを傾けながら答える。
「その通りだ。俺は元・5大商社の鉄鋼部門エースだぞ? 銃の撃ち合いではお前に劣るが、『需要と供給で相手の首を絞める』ことにかけては誰にも負けん」
義正はポケットからキャンディを取り出し、口に放り込んだ。
そして——『ガリッ!』。
彼が飴玉を噛み砕く、それが本気のスイッチ(合図)だった。
「行くぞ、エリアス。あの悪徳商人(資本主義の化身)の鼻を明かしてやる」
◆ ◆ ◆
「毎度おおきに! なんやアメさんたち、夜分遅くに。明日の『黄色いゴム(MRE型)』の買い出しか?」
ゴルド商会ポポロ村支部。店主のニャングルは、算盤を片手にニヤニヤと笑いながら二人を迎えた。
「いや」
義正は、ドンッとカウンターに金貨の詰まった革袋を置いた。タバコ農園でSEALs部隊全員が血尿を出しながら稼いだ、虎の子の資金だ。
「店にある『5.56mm通常弾』と、ルナミス軍の『戦闘糧食1型』、そして一番安い『MRE型』……その全在庫を、俺たちが買い占める」
「……は?」
商魂逞しいニャングルも、一瞬ポカンと口を開けた。
「あんさんら、SEALsやろ? なんで自衛隊が使う5.56mm弾と、あの胃もたれする1型を買うんや。しかも全在庫って、アホみたいな量やで?」
「俺たちが使うんじゃない。……『奴らに買わせない』ためだ」
義正が冷たい笑みを浮かべる。
「いいか? 陸自の連中は、あの安くて高カロリーな『1型』で食いつないでいる。もし明日、彼らが買い出しに来て『安い弾』と『安いメシ』が売り切れていたらどうなる?」
ニャングルはハッとして、自身の在庫リストを見た。
「……安いのが無かったら、高い弾(徹甲弾や魔導誘導弾)と、高級な弁当(RCIR型やPRO型)を買わざるを得んようになる……」
「その通りだ。強制的なインフレーションだよ。奴らの1日あたりの『燃費』は一気に3倍以上に跳ね上がる。資金は48時間以内にショートし、奴らは一発の弾も撃てず、飢えて自滅する」
義正の完璧な経済封鎖(兵糧攻め)のロジックを聞き、エリアスは静かに頷き、ニャングルは全身にゾクゾクとするような悪寒——いや、歓喜の震えを覚えた。
「……クックックッ、アハハハハッ! えげつな! あんさん、ホンマにえげつないでぇ!」
ニャングルは腹を抱えて笑い、煙管を深く吸い込んだ。
「暴力やのうて、金で首を絞める。ワイ、そういうやり方嫌いとちゃうで! よっしゃ、商談成立や! 在庫は全部あんさんらに売ったる!」
「……感謝する。これで、この戦争は終わる」
義正は眼鏡の位置を直し、エリアスと共に暗闇へと消えていった。
◆ ◆ ◆
翌朝。
「おっしゃ! 昨日もええ汗かいたわい! さぁて、弾とメシの補充に行くぞ、赤城!」
「はいっす、隊長! 昨日のタバコ収穫の歩合給、結構良かったんで、今日は少し多めに5.56mm弾を買えますよ!」
泥だらけの迷彩服を軽くはたきながら、坂上信長と赤城鷹人がニャングルの店にやってきた。
「おーい、ニャングル! いつもの1型(缶詰)100人分と、5.56mmの通常弾をくれ!」
信長が元気に声をかけるが、カウンターに立つニャングルの表情は、どこか白々しかった。
「あー……すんまへん、サカガミはん。いつものヤツ、全部『売り切れ』ですわ」
「……は?」
信長の動きが止まる。
「売り切れ? アホ言え、昨日山ほどコンテナに積んどったじゃろうが! ウチの部隊は1型食わんと陣地構築のパワーが出んのじゃ!」
「せやから、夜中に『大口の客』が来て、通常弾と安いメシ、全部買い占めていきよったんですわ」
ニャングルはわざとらしく肩をすくめ、店の奥から別のコンテナを引っ張り出してきた。
「今ウチにあるんは、こっちの高級品だけや。装甲車もブチ抜ける『特注の徹甲弾(1発:銀貨5枚)』と、村長特製の超回復弁当『PRO型(1食:金貨3枚)』、あとは魔族御用達の『EPa型(宴箱)』……これしかおまへん」
「……ッ!!」
信長と赤城の顔面から、スッと血の気が引いた。
「て、徹甲弾が1発5000円!? PRO型弁当が1食3万円!?」
赤城が悲鳴を上げる。
「た、隊長! 計算してください! もしこれ100人分買ったら……!」
「……1日300万円(金貨300枚)。弾を撃てばさらに金が飛ぶ。ワシらの稼いだバイト代が、たった1日で消し飛ぶ……!」
信長の脳裏に、喫煙所で涼しい顔をしてタバコを吸っていた二人のアメリカ人の顔が浮かんだ。
(大口の客……買い占め……そういうことか!!)
「あのアメ公のクソインテリどもめェェェッ!!! ワシらの首を、真綿で絞めにきおったなァァァッ!!」
信長の怒号が、ポポロ村の朝の空気を震わせた。
正面からの撃ち合いではなく、まさかの『市場の買い占め』による経済封鎖。
弾も買えない。飯も買えない。このままでは部隊は文字通り餓死し、戦わずして敗北する。
絶望的な状況下。
膝から崩れ落ちそうになる信長の肩を、ポンッと叩く者がいた。
「……隊長。落ち着いてください」
赤城鷹人だった。
世界中を放浪し、路地裏とスラムで生きてきた男の目には、絶望ではなく、野獣のようなギラギラとした光が宿っていた。
「高いメシが買えねえなら、その辺の魔獣と雑草を狩って食えばいい。弾が買えねえなら、トラップと白兵戦で奴らの喉笛を掻き切ればいい」
赤城は、首をボキボキと鳴らして不敵に笑った。
「インテリの『お勉強』が通用しねえ、泥臭え『野戦サバイバル』ってやつを、あのアメ公どもに教えてやりましょうや」
極限の経済封鎖に対し、陸上自衛隊・工作部隊の切り札が、ついにその牙を剥こうとしていた。




