EP 3
弾薬の値段と迫る「破産」
朝霧が立ち込めるポポロ村郊外の森。
静寂を切り裂き、乾いた銃声が木魂した。
「コンタクト(敵影発見)! 11時の方向、距離200!」
赤城の鋭い報告と同時、坂上信長は巨木の裏へと滑り込み、20式カスタム小銃の光学照準器を覗き込んだ。
葉擦れの音すらしない完全なカモフラージュ。米海軍特殊部隊(SEALs)の斥候部隊だ。
初日の夜明け。両軍は「50kgの旗」の隠し場所を探るべく、同時に森の探索へと動き出していた。そして、必然的に遭遇したのだ。
「赤城、右から回れ! 面制圧で牽制——」
信長がセレクターをフルオートに入れ、引き金に指を掛けた瞬間だった。
パーン! という甲高い破裂音と共に、信長が隠れていた巨木の樹皮が丸く抉り取られた。大口径のスナイパーライフルの着弾。
(……見えん! どこから撃ちきおった!)
信長は舌打ちする。1500メートル先の死角——間違いなく、エリアス・ソーンの狙撃だ。あの『灰色の幽霊』は、こちらが動くより早くキルゾーンを構築している。
「隊長! 撃ちます!」
赤城が身を乗り出し、アサルトライフルを構えようとした。
しかし、信長の脳裏に、昨日の猫耳商人・ニャングルのニヤついた顔がフラッシュバックした。
『5.56mm弾も.338ラプアマグナム弾も、1発につき「銀貨1枚(1,000円)」やからな!』
「待て! 撃つな赤城!」
信長は慌てて赤城の銃身を叩き落とした。
「隊長!? なんでっすか、撃ち込まれてるんですよ!?」
「ええか、よう考えぇ! この20式のレートで3秒間フルオートでバラ撒いたら、なんぼになると思うとるんじゃ!」
信長の悲痛な叫びに、赤城の動きがピタリと止まる。
「……3秒で約40発。1発1,000円だから……4万円。つまり、俺たちの1日の食費が3秒で吹っ飛びますね」
「そうじゃ! 威嚇射撃なんかで金貨を溶かしとる場合か! 今すぐ撃ち方待てぇ!」
◆ ◆ ◆
一方、1500メートル後方の狙撃ポイント。
擬装網を被ったエリアスは、スコープ越しに信長たちの不自然な動きを捉えていた。
「……敵の動きが止まった。反撃してこない」
エリアスの隣で、双眼鏡を構えていた力武義正が眉をひそめる。
「不気味だな。伏兵か? それとも何かの罠か……エリアス、牽制でもう一発撃ち込んで——」
「待て」
義正はハッとして、自らの魔導タブレットの『算盤アプリ』を凝視した。
「エリアス、今お前が撃った.338ラプアマグナム弾……ニャングルのレートだと、あれ1発で銀貨3枚(3,000円)だ」
「……それがどうした」
「どうしたじゃない。威嚇射撃1発で、俺たちの昨晩の最悪な夕食3食分の金が吹っ飛んだんだぞ!」
元商社マンの義正の顔が、恐怖に青ざめていた。
「いいか? 仮にこのまま小競り合いがエスカレートして、我が軍の100人がそれぞれ3マガジン(約90発)消費したとする。被害総額は約900万円……つまり、金貨900枚だ。初期資金はあっという間にショートし、俺たちは弾もメシも買えずに敗北する!」
「……」
エリアスはスコープから目を離し、手元のMcMillan TAC-338を静かに下ろした。
心拍数を完全にコントロールできる彼でさえ、今の義正の「兵站の計算」には背筋が凍る思いだった。
戦争とは、これほどまでに金がかかるものだったのか。本国の無限の予算に守られていた彼らは、初めて「完全自腹の戦争」の恐ろしさを知ったのだ。
「……退くぞ、義正」
「ああ、賢明な判断だ。まずはキャッシュフローを安定させないと、俺たちは銃を撃つ前に餓死する」
◆ ◆ ◆
数時間後。
ポポロ村の中心部、魔導コンビニエンスストア『タローソン』の前。
「……奇遇じゃのう、大尉殿」
「……そちらこそ、キャプテン・サカガミ」
店の前にある『ポポロ村・人材ギルド出張掲示板』の前で、陸上自衛隊の信長と赤城、そしてSEALsのエリアスと義正が、完全に鉢合わせていた。
お互いに銃は背中に回し、殺気は隠している。ここで騒ぎを起こして村の施設を壊せば、「罰金」で即座に破産するからだ。
彼らの視線は、掲示板に貼られた羊皮紙の求人票に釘付けになっていた。
『急募:タバコ農園での収穫作業。日給:金貨1枚〜2枚(出来高制)。※体力に自信のある方歓迎。喧嘩したら即出禁。』
「日給1万円か……」赤城がぽつりと呟く。「1日働いて、弾10発分っすね」
「それでも、やらないよりはマシだ。俺の算盤によれば、全員で3日働けば、とりあえず戦術行動に必要な最低限の資金は回る」義正がネクタイを締め直しながら答える。
信長はメビウスを一本取り出し、火をつけた。
「よし。ほんなら、ウチは部隊の半数を農業バイトに回す。残りの半数で陣地構築と情報収集じゃ」
「……我が軍も同じシフトをとる。義正、手配しろ」
エリアスも静かに頷いた。
「おいおい、まさか……」赤城が嫌な予感に顔を引きつらせる。
「ああ」義正がため息をついた。「俺たち両軍のエリートが、仲良く横に並んでタバコの葉っぱを摘むことになりそうだな」
朝陽が昇るポポロ村。
人類最高峰の軍事プロフェッショナルたちは、銃を「クワ」に持ち替え、泥と汗の労働へと身を投じるのだった。




