EP 2
戦場のメシ(天国と地獄)
ポポロ村郊外の森林地帯。夜の帳が下りる中、陸上自衛隊・レンジャー部隊の野営地では、ランタンの灯りを極限まで絞った状態で夕食の準備が進められていた。
「——隊長、メシの調達、終わりました」
工作部隊員の赤城鷹人が、ずっしりと重い金属缶を両手に抱えて戻ってきた。
「ご苦労じゃ、赤城。……で、ニャングルのボッタクリ価格はどうじゃった?」
20式カスタム小銃のレシーバーを愛おしそうに磨きながら、坂上信長が尋ねる。金貨3,000枚で買い戻したこの銃は、今や彼の命以上の資産価値がある。
「最悪っす。俺たちの初期資金じゃ、生鮮食品なんて手が出ません。ニャングルの野郎、タローソンの廃棄弁当すら法外な値段で売りつけてきやがりました」
赤城は舌打ちしながら、地面に金属缶を置いた。
「だから、一番安くてカロリーが高い『ルナミス帝国軍戦闘糧食1型』を部隊の人数分買ってきました。通称『ポータブル・ジロウ』ってやつらしいです」
「贅沢は言えん。腹が減っては戦はできんけえな」
信長は缶の底にある魔導回路を指で3回叩いた。
直後、『ヒート・スペル』が起動し、缶が急激に熱を持ち始める。シュゥゥゥと蒸気が吹き出し、3分後——蓋を開けた瞬間、野営地に「戦場にあるまじき暴力的な匂い」が充満した。
「な、なんじゃこりゃあ……ッ!」
缶の中に詰まっていたのは、分厚い豚バラ肉、クタクタに煮込まれたキャベツ、そして固形ラードと大量の刻みニンニクが乗った醤油ダレのご飯だった。
「強烈なニンニク臭っすね……斥候任務の前には絶対食えねえ」
赤城が顔をしかめる中、信長は付属の100均先割れスプーンを深く突き立て、一口頬張った。
「…………ッ!!」
信長の瞳孔が開く。
「隊長!? 毒でも入ってましたか!?」
「……ぶち美味えじゃろうが!!!」
標準語の皮が剥がれ、強烈な広島弁が夜の森に響き渡った。
「なんじゃこの背脂の甘みとニンニクのパンチ力は! 練馬の駐屯地近くにあったラーメン屋を思い出すわい! 噛めば噛むほど、体の底から闘気がドバドバ湧いてきよる!」
信長は一心不乱に缶詰をかき込んだ。極限の緊張と疲労状態の兵士にとって、この塩分と脂質の塊はまさに麻薬だった。周囲の隊員たちも次々と1型を開封し、森の中にズズッ、モチャッという咀嚼音と「美味え……」「生き返る……」という歓喜の呻き声が連鎖する。
「……まぁ、明日胃もたれで全滅しなきゃいいんすけどね」
赤城は苦笑いしながらも、自らもニンニク飯を勢いよく口に運んだ。
◆ ◆ ◆
一方、そこから1500メートル離れた東側の森林地帯。
米海軍特殊部隊(SEALs)の野営地は、ニンニクの匂いなど一切しない、完全な静寂と闇の中にあった。
「……現在残高、金貨1万6,500枚。明日の警戒網に必要なセンサー類の予算を引けば、自由に動かせる金はほとんど無いな」
暗視ゴーグルを頭に載せた力武義正が、魔導タブレットで算盤のアプリを弾きながら深くため息をついた。
「ライフル弾1発につき銀貨1枚(1,000円)だ。仮に我々が10秒間、敵を面制圧するための弾幕を張れば、高級車一台分の現金が文字通り煙と化す。弾薬のインフレ率が狂っている」
「……ならば、1発で1人確実に仕留めればいい。それが最もコストパフォーマンスが良い」
大樹の根元に寄りかかり、エリアス・ソーンが冷徹な声で応じた。彼の視線は、手元のレーション——『MRE型』のパウチに注がれている。
「ディナーの時間だ、義正」
「ああ。予算を切り詰めるために、一番安かったMRE型のバルク品(まとめ売り)を買っておいた。味は保証しないぞ」
エリアスは無言で『無音加熱』を起動させ、パウチを開封した。
出てきたのは、Menu No.24——ルナミス帝国軍の兵士たちの間で「軍法会議レベル」「これを食うなら死蟲機の毒針を食った方がマシ」と恐れられる『ベジタブル・オムレツ』だった。
卵のような黄色いゴム状の塊。付け合わせは湿気ったプレッツェル。
「…………」
エリアスは微かに眉を動かしただけで、付属のスポークで黄色い塊を切り取り、口に運んだ。
咀嚼する。無表情のまま、嚥下する。
「……どうだ、エリアス?」
「……悪くない」
灰色の幽霊は、心拍数を乱すことなく淡々と答えた。
「カロリーは摂取できる。生存に必要な栄養素は満たされている。任務遂行に支障はない」
「嘘をつけ」
義正は忌々しそうに自分のオムレツを睨みつけた。
「俺も一口食ったが、舌の上の味覚細胞が全滅するレベルだったぞ。完全にハズレだ。これを『悪くない』なんて言うのは、味覚が壊れてる証拠だぞ」
「味覚は戦場に必要ない。あるものを食うだけだ」
「俺たちは誇り高きSEALsだぞ? こんな『黄色い絶望』を食い続けてたら、銃を撃つ前に部下の士気が崩壊する。現にB班の連中がゲロを吐きそうだぞ」
義正はパウチを置き、持参したブラックコーヒーで口の中の最悪な後味を洗い流した。
「……なぁ、エリアス。あのニャングルとかいう猫耳のボッタクリ商人、美味そうな肉の塊(Modulo型)や、豪華な弁当(PRO型)も隠し持ってたよな?」
「ああ。だが、価格はMREの10倍だった」
「つまり、美味いメシを食い、弾薬を確保し、あの陸自の連中を出し抜くためには……」
「資金が必要だ」
エリアスはコーヒーの入ったマグカップを置き、夜空に浮かぶ異世界の月を見上げた。
同時に、西側の陣地でメビウスを吹かしている信長もまた、同じ結論に達していた。
『……明日、あのウサギ耳の村長が言っとった「日雇いバイト」に行くしかねえ』
かくして、地球最強の軍事組織の誇りは、経済という絶対的ルールの前にへし折られ、彼らは明日から「農業」に身を投じることとなる。




