第一章「極限兵站と黄金の旗」
最強の証明と、絶対不可侵のボッタクリ村
風が、マンルシア大陸特有の青々とした広葉樹の葉を揺らす。
ルナミス帝国とレオンハート獣人王国の国境、その絶対不可侵の緩衝地帯である『ポポロ村』の広場において、極限の緊張が張り詰めていた。
「——第1から第3セクター、クリア。配置完了しました、隊長」
通信機越しの赤城の報告に、陸上自衛隊1等陸尉、坂上信長は短く「了解」とだけ返した。
手にした標準装備の9mm拳銃のグリップを握り直す。彼の率いる100名のレンジャー部隊は、音一つ立てずに広場の西側を完全包囲していた。完璧な陣形だ。いかなる魔法使いや魔獣が相手でも、数秒で制圧できる。
だが、信長の視線の先——広場の東側の廃屋や木々の陰には、それ以上の「死の気配」が潜んでいた。
(……見えん。だが、確実に『ロック』されとる)
信長の背筋に冷たい汗が伝う。
東側およそ1500メートルの時計塔の陰。そこに、アメリカ海軍特殊部隊『NAVY SEALs』の部隊長、エリアス・ソーン大尉が潜んでいるはずだった。
心拍数を自らの意志で落とし、狙撃の瞬間には「死体と同じ脈拍」になるという、歩く死神。通称、“灰色の幽霊”。
エリアスのスコープは、間違いなく信長の眉間を捉えている。
一触即発。現代地球からこの異世界に召喚され、ルナミス帝国(陸自)と獣人王国(米軍)の客将として相対することになった両雄が、最初の銃弾を放とうとした、その時だった。
「はいはーい! ストーップ! 開会式前のドンパチはルール違反ですよーっ!」
ピィィィッ! という気の抜けるホイッスルの音と共に、両軍の完璧な殺傷圏のど真ん中に、一人の少女が飛び出してきた。
ラフなストリートファッションに、ウサギの耳。足元には不釣り合いなほど無骨な特注の安全靴(タローマン製)を履いた美少女——キャルルだ。
「……何者だ」
信長が低く唸る。エリアスの照準も、微かに少女へとズレた。この張り詰めた前線に、全く気配を悟られずに割り込んでくるとは。
「初めまして、迷える異世界の軍人さんたち! 私はここ、ポポロ村の村長、キャルルです!」
キャルルは明後日の方向を向きながら、陽気に口笛を吹くようなテンションで言い放った。
「えー、これより、ルナミス帝国とレオンハート獣人王国による『ポポロ村・特別代理戦争』を開始します! ルールは簡単! 相手陣地にある『50kgの旗』を奪い、24時間自分の陣地でキープした方の勝ちです!」
「……旗取りゲームだと?」
沈黙を破り、広場の東側から長身の男が姿を現した。しなやかな筋肉を持つ灰色の幽霊、エリアスだ。彼の隣には、相棒であり元エリート商社マンの義正が控えている。
「そうです! ただし、このポポロ村での戦争にはいくつか『特別なルール』があります」
キャルルはニコッと、ひどく愛らしい、しかしどこか背筋の凍る笑顔を浮かべた。
「あなた達の初期資金は、両軍それぞれ『金貨2万枚(約2億円)』のみ。本国からの追加支援は一切禁止! 弾薬、武器、毎日の食料、すべて中立である私達『ポポロ商人』から自腹で買ってもらいます!」
「……は?」
信長の口から、間の抜けた声が漏れた。
「街の施設を壊したら即罰金! 私達村人に危害を加えたら、即失格(物理的に排除)! つまり、お金が尽きれば、弾もご飯も尽きて負けってことですね♡ わかりましたか?」
「ワレ、ふざけとんのか……ッ!」
信長は思わずドギツい広島弁を漏らした。補給線を本国から絶たれ、現地調達——しかも「完全自腹」での戦争など、軍事の常識から外れすぎている。
「キャプテン・ソーン」
エリアスの隣で、義正が小さく舌打ちをした。
「理不尽だが、システムとしては堅牢だ。それに、今の我々は『標準支給の拳銃と手榴弾』しか持っていない。まずは没収されているメインウェポンを取り戻す必要がある」
義正の言葉に応えるように、「毎度おおきに!」というコテコテの関西弁が響き渡った。
「金儲けの時間やでぇ~!」
煙管を吹かし、算盤を弾きながら現れたのは、猫耳族のポポロ村財務担当・ニャングルだった。その後ろには、山積みにされたコンテナがある。
「お客さんらの『私物』、ワイが責任持って預かっとりました! さぁ、戦争始めるなら道具が要るやろ?」
ニャングルがコンテナを開けると、そこには信長の愛刀『夕日丸』と20式カスタム小銃、そしてエリアスのMcMillan TAC-338 “Wraith” と愛銃ガバメントが丁寧に並べられていた。
「……私の銃だ。返してもらおう」
エリアスが冷たい声で要求するが、ニャングルは鼻で笑った。
「アホ言いがな。ここはポポロ村やで? このスナイパーライフル、ええ手入れされとるなぁ。……せやな、返却(購入)費用は金貨2,000枚や」
「2,000枚!? 2,000万円じゃと!?」
信長が吠える。「ワシの刀と20式はいくらじゃ!」
「その刀、業物やなぁ。セットで金貨3,000枚もろとこか」
ニャングルは算盤をジャラッと鳴らし、悪びれもせず笑った。
「需要と供給や。素手で戦争したいんやったら、無理には言わんで?」
「隊長」
信長の背後から、工作部隊の赤城が進み出た。
「ボッタクリもいいとこですが、拳銃だけでSEALsのバケモノ連中とはやれません。買うしかねえです」
東側でも、義正がエリアスに耳打ちしているのが見える。おそらく同じ計算——「初期資金の15%を失ってでも、主力兵器は必要だ」という結論に達しているはずだ。
「……払おう」
「……こっちもじゃ。買い戻す」
日米のエリート部隊長二人が、血の涙を流すような思いで全財産の詰まった魔法ポーチから金貨の山を渡す。
「まいどありぃ! あ、言うとくけど、5.56mm弾も.338ラプアマグナム弾も、1発につき『銀貨1枚(1,000円)』やからな! フルオートで撃ちまくったら、一瞬で破産しまっせ!」
ニャングルの無慈悲な宣告に、信長とエリアスは同時に手元の銃を見つめた。
——1発撃てば、1,000円札が飛ぶ。
——飯を食うにも、陣地を構築するにも金がかかる。
「あ、もしお金が足りなくなったら言ってくださいね!」
キャルルが、ピカピカの安全靴を鳴らしながら明るく提案した。
「ポポロ村の農場はいつでも人手不足です! 日給金貨1枚で、畑の雑草抜きからお仕事ありますから! それじゃあ皆さん、良い戦争を~!」
秋晴れの空の下。
陸上自衛隊エリートと、アメリカ海軍特殊部隊の精鋭たちは、自らの手元に残された資金残高を見て、静かに絶望の淵に立っていた。
「……赤城。夕飯の予算、いくら残りそうじゃ」
「隊長。このままだと、俺たち全員で缶詰一個を回し食いっすね」
「……」
かくして、人類最高峰の軍人たちによる、血と泥と「日当」に塗れた極限のサバイバル代理戦争が幕を開けた。




