EP 4
ルールの破壊者(義正の不動産ハック)
「……奪われたぞォォッ!! 追え! 絶対に見失うな!!」
土曜日の早朝。ポポロ村の森林地帯に、坂上信長の怒号が響き渡った。
夜明けの虚を突いた、米海軍特殊部隊(SEALs)による神速の奇襲。彼らは発砲を最小限に抑え、音響閃光弾と煙幕のみを駆使し、陸自の陣地から『50kgの黄金の旗』を見事に奪取して退り退いたのだ。
「クソッ、アメ公ども! 昨日の優太のカレーで体力が全快してやがったな!」
赤城鷹人が、アサルトライフルを構えながら猛ダッシュで後を追う。
「だが、奴らも50kgのデバフ(重量)を背負っとる! 遠くへは逃げられん! 居住区の方へ向かったぞ!」
朝霧を抜け、信長たちがポポロ村の第3セクター(居住区)の端に辿り着いた時。
彼らの視界に、信じられない光景が飛び込んできた。
SEALsの隊員たちは、森の中ではなく、村の端にある「こぢんまりとした空き家(一軒家)」の中に逃げ込んでいた。
そして、窓際のロッキングチェアにはエリアスが深々と腰掛け、優雅にコーヒーを飲みながら『ゴロワーズ』をふかしている。その足元には、奪われたばかりの黄金の旗がドカッと置かれていた。
「……行き止まりの家屋に籠城じゃと? アホか、袋のネズミじゃねえか!」
信長がニヤリと笑い、ハンドサインを出す。
「赤城! 工作部隊の出番じゃ! ドアをブリーチング(爆破突破)して、一気に制圧するぞ!」
「おうよ! 溶接機とC4(プラスチック爆薬)で、ドアの蝶番ごと吹き飛ばして——」
赤城が凶悪な笑みを浮かべて空き家の玄関に近づこうとした、その瞬間。
ガチャリ、と。
空き家の窓が開き、中から力武義正が顔を出した。
彼はブックマッチで『アメリカンスピリット』に火を点け、紫煙を吐き出しながら、もう片方の手で「一枚の羊皮紙」をヒラヒラと振った。
「……撃ち方待て(ホールド・ファスト)、サカガミ。……ここはすでに、アメリカ合衆国・特別領事館(シールズ大使館)だぞ」
「……は?」
信長と赤城の動きが止まる。
「何を寝言を言っとるんじゃ! そこはただの村の空き家——」
「『ポポロ村・特別代理戦争ルール⑤:両軍はポポロ市民達と接待や交流や取り引きが出来る。また、建物の売買取り引きを使用できる』」
義正は、ポケットから取り出したキャンディを口に放り込んだ。
ガリッ!!
飴玉を噛み砕く音が、朝の静寂に響く。
「昨日、俺はニャングルのゴルド商会不動産部門を通じて、この空き家を『金貨100枚』で正規に購入し、登記を済ませた。つまり、この家屋は現在『SEALsの私有地』であり、同時に『ポポロ村の正規の建造物』として保護されている」
義正は眼鏡を中指で押し上げ、冷酷な資本主義者の笑みを浮かべた。
「わかるか、赤城? もしお前がそのC4でこのドアを吹き飛ばせば、それは単なる戦闘行為ではない。ルール⑤違反……『村の施設(建造物)の破壊』に該当する」
「なっ……!?」
赤城の手から、C4爆薬がポロリと滑り落ちた。
「ご明答です、義正様」
いつの間に現れたのか、純白の手袋をはめた人狼族の宰相・リバロンが、バインダーを片手に信長たちの背後に立っていた。
「村の建造物を故意に破壊した場合、損害賠償として『金貨1,000枚』を即時請求いたします。払えない場合は、部隊全員に『レッドカード(即時退場処分)』を下し、地下シェルターでの強制労働10年に処します」
リバロンは完璧な執事の笑みで、陸自にとっての「死刑宣告」を読み上げた。
「ば、馬鹿な……!!」
信長が顔面を蒼白にして、家屋と義正を交互に見比べる。
銃弾を防ぐ魔導フィールドでも、分厚いコンクリートのトーチカでもない。
ただの木造の一軒家。蹴っ飛ばせば壊れるような薄いドア。
だが、そこに『村の法律』と『所有権』という概念がコーティングされた瞬間、このボロ家は地球上のいかなる核シェルターよりも強固な【合法的な絶対防衛要塞】へと変貌したのだ。
「計算通りだ。……戦争とは、政治と経済、そして『法律』の延長に過ぎない」
義正が窓枠に肘をつき、見下ろすように言う。
「俺たちは、この家の中で優雅に24時間、読書でもしながら過ごさせてもらう。お前たちは、そのドアを指一本傷つけることもできず、ただ指をくわえてタイムアップ(俺たちの勝利)を眺めているがいい」
「アメ公のインテリメガネェェェッ!! 腐りきりやがって!! 法律の抜け穴で戦争に勝とうっちゅうんか!!」
赤城が激昂し、地面の石を蹴り飛ばす。
「勝てば官軍だ、ストリート・ボーイ」
義正は窓をピシャリと閉め、内側からカチャンと鍵をかけた。
完璧なチェックメイト(詰み)。
窓の向こう側では、SEALsの隊員たちが優太の置いていった高カカオチョコをかじりながら、談笑すらしている。50kgの旗はリビングのテーブルの上に鎮座し、完全に安全圏に置かれていた。
「隊長……! どうします!? 手榴弾一つ投げ込めば一網打尽にできるのに、村のルールのせいで手出しが一切できねえ! これじゃあ、本当にタイムアップまで待つしか……!」
赤城が血走った目で信長に詰め寄る。
だが、信長の瞳からは、まだ闘志の炎は消えていなかった。
「……落ち着け、赤城。親父はよく言っとった。『敵が盾を構えたなら、矛で突くのではなく、足元をすくえ』と」
信長は、メビウスを取り出し、火を点けずに咥えたまま、ギリッと噛み締めた。
「義正の奴、ルール⑤の『建物の売買』の抜け穴を突いたな? ……なら、ワシらも同じルール⑤の別の条項を使うまでじゃ」
「別の条項?」
「ああ。『一般人は、選挙をして過半数を取れば、両軍に対して警告やペナルティ(減らす権利)を有する』……そして、『市民独自の依頼』が存在するっちゅうことじゃ」
信長は、村の中央広場の方へと視線を向けた。
「奴らが法律で引きこもるなら、ワシらは民意で外堀を埋める。……ポポロ村の住民全員を味方につけて、あの『合法要塞』ごと、世論の力で焼き払ってやるわい!!」
絶対不可侵の要塞を手に入れたSEALs。
それに対抗すべく、泥臭い「ドブさらい(ボランティア)」と「世論工作」による政治戦を決意した陸上自衛隊。
武器を持たない、銃弾の一発も飛ばない『異世界の代理戦争』は、ついに選挙戦さながらのドロドロの派閥争いへとその姿を変えようとしていた。




