EP 5
信長のドブさらい(世論工作戦)
「……静かすぎる。サカガミの性格なら、ドアの外で怒鳴り散らしているかと思ったが」
土曜日の正午。
ポポロ村の端に建つ、力武義正が金貨100枚で購入した空き家——通称『SEALs大使館』のリビングにて。
エリアス・ソーンは、窓の隙間から外を警戒しつつ、ゴロワーズの煙を吐き出した。テーブルの上には50kgの『黄金の旗』が鎮座している。
「放っておけ、エリアス。奴らは今頃、この合法要塞の前に絶望し、為す術もなく座り込んでいるはずだ」
義正は優雅に寝椅子に横たわり、キャンディを転がしながら魔導タブレットで相場をチェックしていた。
「タイムアップまで残り18時間。俺たちはここで優雅に休息を取り、体力を温存して完全勝利を迎える」
だが、彼らは知らなかった。
その時、坂上信長と赤城鷹人率いる陸上自衛隊・レンジャー部隊は、空き家の前になど一秒たりとも留まっていなかったことを。
◆ ◆ ◆
「よぉーし! 第1班は側溝の泥かき! 第2班は倒れた柵の修繕! 第3班は迷子のロックバイソンの捜索じゃ! 手ぇ抜くなよ、ワシら自衛隊の『真の得意分野』を見せつけちゃれ!!」
「「「おうッ!!」」」
ポポロ村の中央通り。
そこには、小銃を背中に回し、代わりにスコップやツルハシ、モップを握りしめた迷彩服の男たちが、尋常ではない熱量で『村の清掃とインフラ整備』に奔走する姿があった。
「隊長! 広場の北側でトラブル発生っす!」
赤城が、額の汗を拭いながら駆け寄ってくる。
「ルナって名前のエルフの嬢ちゃんが、『ゴミ拾いを手伝いますわ』って言って出した土塊のゴーレムがデカすぎて、村のメインストリートを陥没させやがりました!」
「なんじゃと!? すぐに向かうぞ!」
信長と赤城が現場に到着すると、そこには直径5メートルほどの大穴が開き、水道管(魔導水路)が破裂して水が噴き出していた。
「あわわわ……ごめんなさい、よかれと思って……」
次期女王候補のエルフ・ルナが、ふわふわのドレスを濡らしながら半泣きでオロオロしている。
その横で、宰相・リバロンが完璧な執事の姿勢でメモ帳に羽ペンを走らせていた。
「……メインストリートの陥没、魔導水路の破裂。ドワーフの土木ギルドに緊急発注をかけると、修復まで3日、費用は金貨500枚といったところですね。ルナ様、世界樹からの年金(純金)を取り崩させていただきますよ」
「そんなぁ……リーザちゃんにフルーツバスケットを買ってあげる約束が……」
「待てェい、リバロン殿!!」
信長が、泥まみれのブーツを鳴らして大穴の前に立った。
「その工事、ワシら陸上自衛隊に任せてもらえんか! 費用はタダじゃ!」
「……ほう? 貴軍が、無償で?」
リバロンが目を細める。
「おうよ! 赤城、やれるか!」
「舐めないでくださいよ隊長! 俺の資格欄(土木・配管・アーク溶接)が火を吹くぜ!」
赤城が魔法ポーチから取り出したのは、銃器ではなく『魔導圧接機』と『速乾性魔導セメント』だった。
「第1班、交通整理(カラーコーン設置)とルナ嬢の保護! 第2班はポンプで排水! 俺が配管を5分で溶接する! 隊長は砕石を運んでくれ!」
「応ッ!!」
そこからの彼らの動きは、もはや「芸術」だった。
日頃の厳しいレンジャー訓練と、幾度となく経験してきた災害派遣(ドブさらいとインフラ復旧)のノウハウ。世界最高のサバイバル技術を持つ工作部隊が、本気で「穴埋め」に取り組んだ結果——。
「……修復完了っす。水漏れヨシ! 舗装の水平ヨシ!」
赤城が親指を立てる。
かかった時間は、わずか15分。ドワーフの石工も青ざめるほどの神速と完璧なクオリティで、陥没した道路が元通りに直っていた。
「ま、まぁ……! 素晴らしいですわ! 信長様、赤城様、本当にありがとうございます!」
ルナがパァァッと顔を輝かせ、信長の手を両手で握りしめた。
「いやいや、これしきの事、市民の安全を守る自衛官としては当然の務めじゃて!」
信長がニカッと白い歯を見せる。
「……見事な手際です。ポポロ村役場として、ルナミス軍の皆様の多大なるボランティア精神に深く感謝いたします」
リバロンもまた、胸に手を当てて深々と一礼した。
この騒ぎを聞きつけ、周囲には村のおばちゃんたちや農夫たちが大勢集まってきていた。
「すごいわねぇ、あの軍人さんたち! 頼りになるじゃない!」
「昨日はキャベツ踏んで怒られてたけど、根は良い子たちなのねぇ」
「うちの屋根の雨漏りも直してくれないかしら?」
「ええ! お安い御用じゃ! 何でも言ってつかぁさい!」
信長が満面の笑みで応え、自衛隊員たちが村中の困りごとを解決すべく散開していく。
信長は、汗を拭いながらニヤリと笑った。
(……ええか義正。法律で守りを固めるなら、ワシらは民意で外堀を埋めるんじゃ)
彼らの目的は一つ。
ポポロ村特別代理戦争・ルール⑤の条項。
『一般人は、選挙をして過半数を取れば、両軍に対してイエロー、レッド、ブラックの警告を出し、ペナルティ(兵士の強制退場)を課す権利を有する』。
彼らは、村中の好感度を限界まで稼ぐことで、**「引きこもっているSEALsにレッドカードを突きつけるための『町内会決議』」**を人為的に引き起こそうとしていたのだ。
◆ ◆ ◆
午後3時。
『SEALs大使館(空き家)』のリビングにて。
「……義正」
窓から外を見ていたエリアスが、怪訝な声を出した。
「……家の周りを、農家のおばちゃんたちが数人、ホウキを持ちながらウロウロしているんだが」
「ん? なんだ、ただの掃除だろう。気にするな、ここは私有地だ。不法侵入すれば罰金を取れる」
義正が余裕の表情でタブレットを見つめた、その瞬間。
ピコンッ!
両軍のスマートフォン、そして村中の電子掲示板に、ポポロ村役場からの【緊急全体通知】が鳴り響いた。
『お知らせ:ポポロ村町内会(婦人部)より、レオンハート軍(SEALs)に対する【ペナルティ動議】が提出されました』
『理由:「村の清掃活動への不参加」「挨拶がない」「若者が一日中家に引きこもって村の行事を手伝わないのは、ご近所付き合いとして如何なものか」』
「……は?」
義正の口から、キャンディがポロリと転がり落ちた。
『これより1時間後、レオンハート軍への【レッドカード(兵士20名の強制退場)】の付与を巡る、市民の過半数による電子投票を実施いたします』
「な、なんだこれは……ッ!?」
義正が顔面を蒼白にして跳ね起きた。
「ご近所付き合いの欠如で、軍隊にレッドカードだと!? 法律の条文にはそんなペナルティ規定は一切ないはずだぞ!」
「ポポロ村の絶対法は『民意』だと思い知れ、インテリメガネ!!」
窓の外から、拡声器を持った赤城の声が響き渡った。
見れば、空き家の周囲を、ホウキや鍋の蓋を持ったおばちゃんたちと、その後ろでニヤニヤと笑う陸自の隊員たちが完全包囲していた。
「法律を悪用して引きこもるなら、こっちは『町内会の同調圧力』っていう、日本特有の最強のソフトパワーで焼き出してやるよ!」
赤城が挑発する。
「今なら村人の好感度は俺たちが100%! このまま投票が始まれば、あんたらの部隊から20人が強制退場するぜ!」
「くそっ……! 不動産法の絶対防壁を、自治会の感情論で無効化しやがった……!」
エリート商社マンとして「契約と法律」の強さを信奉していた義正は、村社会特有の「空気」と「世論」という、計算不可能な暴力の前に完全に裏をかかれたのだ。
「……義正、どうする」
エリアスがライフルを構え、舌打ちをする。
「このまま家の中にいれば、合法的に兵力が削られる。……外に出て、あのおばちゃんたちのご機嫌取り(世論回復)をするしかないのか?」
「ダメだ! 今さら外に出て愛想笑いをしたところで、陸自の圧倒的な『ドブさらいボランティア』の好感度には勝てない!」
義正は、自身の前髪を掻き毟った。
このままではレッドカード。
外に出れば、待ち構えている陸自と乱戦になり、旗を奪われる。
絶対防御を誇った合法要塞は、たった数時間で「村八分の処刑室」へと変貌したのだ。
「……なら、毒には毒だ。民意(世論)を操作されたなら、俺たちも【情報】を使って、奴らの好感度を地に落とす!」
義正は、震える手で魔導タブレットの『タロウ・ペイ』の残高画面と、T-TUBEの配信アプリを開いた。
「エリアス! アカウントを開け! 上空のあの天使にスパチャを投げろ! 情報戦の開始だ!!」
物理的な銃撃戦を放棄し、法律と世論を武器にしたドロドロの政治戦。
現代の選挙戦を異世界に持ち込んだ、日米エリートによる仁義なき【デジタル・タトゥーとデマゴーグ】の戦いが、今まさに始まろうとしていた。




