EP 2
黄金の人材(SSR)と札束の殴り合い
「どけェェッ! アメ公どもォォッ!! その医官はワシらが雇うッ!!」
「……道を空けろ、サカガミ。我々の兵站予算が彼を必要としている!」
ポポロ村商業区、ゴルド商会・人材ギルド支部。
その入り口の木製ドアに、陸上自衛隊と米海軍特殊部隊(SEALs)のトップたちが全く同時に飛び込み、凄まじい勢いで肩をぶつけ合った。
「チッ……邪魔すんじゃねえぞ、インテリ野郎!」
赤城鷹人が、咥えていた『ゴールデンバット』の短い煙を吐き出しながら、ギラついた野獣の目で義正を睨みつけた。
彼の右手には、いつの間にか外された重厚な『メタル時計』がメリケンサック代わりに巻き付けられ、左手のポケットの中では本物の暗器がカチャリと冷たい音を立てている。
海外の地下格闘技で小銭を稼いできた、純度100%の「ストリートの殺気」だ。100円ライターをカチカチと弄るその手つきは、完全に喧嘩のスイッチが入っていた。
「……野蛮だな、工作兵。ポポロ村での私闘はルール違反だぞ」
力武義正は冷や汗を一つ流さず、ポケットから取り出したキャンディを口に放り込んだ。
ガリッ!!
義正が飴玉を噛み砕く。彼が本気で「算盤を弾く」時の合図だった。
「まぁまぁ! 喧嘩はおやめやす、上得意様方!」
カウンターの奥から、煙管を吹かしながらニャングルが顔を出した。
「お目当ては、さっきギルドに登録されたばかりの『新規補充要員』でっしゃろ? 彼ならあそこのベンチで待ってまっせ」
日米の指揮官たちが一斉に視線を向ける。
ギルドの待合ベンチには、動きやすいパーカーとジーンズにスニーカーという、現代の若者らしいラフな格好をした長身の男が座っていた。
「……ん?」
男——中村優太(25歳)は、高カカオのチョコレートをかじりながら、ゆっくりと顔を上げた。
身長182cm、体重74kg。その左腕には、過酷な環境での秒単位の脈拍測定を可能とする『G-SHOCK マッドマスター』が鈍く光っている。そして傍らに置かれたタクティカルバックパックには、通常の救急箱とは次元が違う、極限の戦傷救護(TCCC)に特化した医療キットが隙間なく詰め込まれていた。
「あんたが、医官兼傭兵の『中村優太』か?」
信長が一歩前に出る。
「ええ。あんたたちが、この異世界で代理戦争をやらされてるっていう地球の部隊長さんたちですか」
優太はスッと立ち上がると、懐から『アメリカンスピリット』を取り出し、無骨な軍用マッチでシュボッと火を点けた。紫煙がゆっくりとギルド内に漂う。
「早速だが、優太氏。我がSEALsと専属契約を結んでほしい」
義正がすかさず魔導タブレットを突き出し、理路整然としたプレゼンを開始した。
「君のTCCCマスターとしてのスキルは、我々の生存率を飛躍的に高める。契約金として『金貨50枚』、さらに今後のポポロ村でのタバコ農園バイトで得た収益の15%をインセンティブとして支払おう。どうだ?」
「なっ……! 金貨50枚じゃと!? アメ公ども、まだそんなに隠し財産を持っとったんか!」
信長が驚愕する。
「……フッ。昨日、赤城の『まぜそば』でニャングルに買わされたPRO型弁当の残りを、夜の間に村のブラックマーケットで売り捌いて資金をロンダリングしたのさ。市場は流動しているんだよ、サカガミ」
義正が中指で眼鏡を押し上げる。
「くそっ、金ならウチだって……!」
赤城が自身の魔法ポーチを漁るが、陸自の資金は昨日の死蟲軍襲撃のドサクサで消耗しており、金貨20枚しか残っていなかった。
「……優太。ワシらは金ではアメ公に負けるかもしれん」
信長は、真っ直ぐな目で優太を見つめた。
「じゃが、ワシらの部隊は今、満身創痍じゃ。50kgの旗を背負い、毎日の農作業で皆の腰と膝が限界を迎えとる。……お前さんのその『人を救う力』が、どうしても必要なんじゃ!」
金で買い叩くSEALsと、情と切実さで訴える陸自。
究極の二択を前に、ニャングルが「さぁ、どっちのオファーを受けまっか?」とニヤニヤ笑う。
優太はアメスピの煙を深く吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
「……親しくしてたSEALsの教官が、昔俺にこう言ったんです」
優太の目が、パーカーのフードの奥で鋭く光る。
「『兵士は、市民たちに地獄を見せないために、自ら地獄の中に浸かって綺麗にするのが役目だ』ってね」
優太は、ボロボロになっている信長とエリアス、そして赤城と義正を交互に見据えた。
「あんたたち、両方とも酷いツラしてますよ。極限の疲労、栄養の偏り、打撲に捻挫。……このままじゃ、どっちの部隊も3日以内に過労死だ。医官として、どっちかだけを見捨てるなんて真似はできませんよ」
「……じゃあ、どうするつもりだ?」
エリアスが静かに問う。
「ニャングルさん。『タイムシェア(時間貸し)契約』ってのは可能ですか?」
優太がカウンターの猫商人に振り返った。
「タイムシェア……?」
「午前中は陸上自衛隊の陣地でメディックとして働く。午後はSEALsの陣地で働く。契約金は両軍から『金貨20枚ずつ』の折半。これなら、どっちの部隊の命も繋げるし、お互いの財政もパンクしない」
その提案に、義正の算盤アプリが高速で弾かれた。
(……完全独占はできないが、コストを抑えつつ最高峰の医療リソースを確保できる。合理的な判断だ!)
「おっしゃ! それならウチの全財産でギリギリ払えるっす!」
赤城も、握りしめていたメタル時計を緩めて歓喜の声を上げた。
「……へぇ。両方から手数料が取れるっちゅうわけやな。ワイは一向に構わへんで!」
ニャングルが嬉々として契約書(血の署名)を2枚用意する。
「……決まりだな。歓迎するぞ、ドクター・ナカムラ」
エリアスが契約書にサインし、右手を差し出す。
「よろしく頼むで、優太! お前さんが来てくれれば百人力じゃ!」
信長も豪快に笑いながらサインを書き殴った。
「ええ、よろしくお願いします。……ああ、そうだ」
優太はリュックを背負い直しながら、ふと思い出したように言った。
「俺、戦傷救護の他に『料理』も得意なんですよ。……今日は金曜日でしょう?」
「あ、ああ。そうじゃが?」
「なら、今夜は両方の陣地を回って、俺が『金曜日のカレー』を作ってやります。……高カカオチョコを隠し味に入れた、疲労回復にガン効きする特製海軍カレーです」
「「「カ、カレーだとォォォッ!?」」」
連日、PRO型弁当の出汁の味や、MREのジャンクな味、あるいは赤城の暴力的なまぜそばばかりを食べていた彼らの脳裏に、「日本の国民食・カレー」という圧倒的なノスタルジーと暴力的な食欲がフラッシュバックした。
「……義正。午後の農園バイトの効率を150%に引き上げろ。絶対にカレーを食うぞ」
「了解した、エリアス。……このドクター、胃袋の掌握術も心得ているとはな」
「隊長! カレーっすよ! しかも高カカオチョコ入りとか、オシャレすぎて泣きそうっす!」
赤城が感極まって涙ぐむ。
「……フッ。面白くなってきたじゃねぇか」
優太は、折りたたみ式の『ワスプ薙刀』が隠されたバックパックの肩紐をギュッと握り直した。
こうして、ポポロ村の狂った戦場に、回復と美味、そして無双薙刀流の武を併せ持つ「最強のジョーカー」が降り立った。
彼らはまだ知らない。この男の存在が、ポポロ村のルールを根底から揺るがす「次なるハッキング」の引き金になることを。




