第二章「世論と契約、そして金曜日のカレー」
市民投票の恐怖と「イエローカード」
「……そぉい! いっち、にっ! いっち、にっ!」
ポポロ村の朝は、陸上自衛隊・レンジャー部隊の悲痛な掛け声から始まった。
昨日の「死蟲軍」の襲撃という世界の危機を乗り越えたものの、彼らに休む暇など一秒たりとも与えられていない。
なぜなら彼らは今、祖国の威信である『50kgの黄金の旗』を背負いながら、タバコ農園で泥まみれになって日当を稼がなければならないのだ。
「隊長ぉぉ! 旗の重みで腰のクッションが完全にイカれました! これ労災降りますか!?」
「耐えい赤城! ここでバイト代を稼がんと、また全員でMREの『黄色いゴム』を食う羽目になるぞ!」
坂上信長が激を飛ばす。
昨日の死蟲軍との戦闘により、彼らは大量の弾薬を消費してしまった。あの悪徳猫商人・ニャングルから再び弾と『PRO型弁当』を買うためには、50kgのデバフ(重量制限)を背負いながらも、必死で農作業をこなすしかない。
だが、極限の疲労は、歴戦の精鋭から「確実な足取り」を奪っていく。
「ああっ、第3班! 旗が傾いとるぞ! 足元注意せえ!」
信長が叫んだ、その時だった。
疲労困憊の隊員の一人が、重みに耐えかねてバランスを崩し、畝の横によろめいた。
彼の分厚いタクティカルブーツが、収穫前の『ネタキャベツ』の群生地にドスッと踏み込んでしまったのだ。
「あ」
隊員の顔から血の気が引く。
『グシャァァァッ!! 痛ぇぇぇッ!! 軍国主義の暴力反対ィィィッ!!』
踏まれたネタキャベツが、耳をつんざくような悲鳴を上げた。
『特報! ルナミス帝国軍の迷彩服男、か弱いキャベツを無慈悲に踏み躙る! 謝罪と賠償を要求する! ちなみにこの男、実家にエロ本隠したまま異世界に来てるぞォォッ!!』
「バ、バラすなアホォォッ!! っていうか喋るな!」
踏んでしまった隊員がパニックになり、さらに周囲のキャベツを蹴散らしてしまう。
『暴力! さらに暴力! ルナミス軍の横暴、ここに極まれり! 読者の皆さん、これが軍隊の闇です!』
「……アカン」
信長が頭を抱えた。
周囲の畑で作業をしていた農家のおばちゃんたちが、一斉に手を止め、冷ややかな、虫でも見るような目を自衛隊員たちに向けていた。
「いやだねぇ、軍人さんって。乱暴で」
「せっかく丹精込めて育てたキャベツをあんな風に扱うなんて……がっかりだわ」
「ち、違うんじゃおばちゃん! これは不可抗力で——」
信長の必死の弁明も虚しく、おばちゃんたちはヒソヒソと顔を寄せ合いながら、魔導スマートフォンを操作し始めた。
◆ ◆ ◆
翌朝。
ポポロ村の中央広場、魔導コンビニ『タローソン』の前に設置された電子掲示板の前に、日米両軍の指揮官たちが招集されていた。
「これより、ポポロ村の【臨時市民投票】の結果を発表いたします」
完璧な純白の白手袋をはめた人狼族の宰相、リバロンが、美しい所作で羊皮紙を広げた。
その隣では、村長・キャルルがいつになく事務的な(しかし目が一切笑っていない)表情で立っている。
「……市民投票?」
エリアス・ソーンが眉をひそめる。
「はい。ポポロ村・特別代理戦争ルール第6項。【一般人は、選挙をして過半数を取れば、両軍に対してイエロー、レッド、ブラックの3つの警告を出し、ペナルティを課す権利を有する】……本ルールに基づく執行です」
リバロンは、ニコリと完璧な執事の笑みを浮かべて宣告した。
「昨日の『ネタキャベツ踏み潰し事件』に関する市民投票の結果。……過半数の賛成により、ルナミス帝国軍に対し『イエローカード(警告1)』を発行いたします」
「な、なんじゃとォ!?」
信長が素っ頓狂な声を上げた。
「イエローカードが累積し、レッド、あるいは『ブラック(警告3)』に達した場合、ペナルティとして貴軍の兵士から無作為に10名~30名を『強制退場(ポポロ村の地下強制労働施設行き)』とさせていただきます」
「きょ、強制退場!? 弾も撃たれずに、部隊が10人も消滅するっちゅうんか!?」
赤城が顔面を蒼白にして叫ぶ。軍隊において、一瞬で10%の兵力を失うなど、全滅に等しい大打撃だ。
「ええ。ポポロ村において、最も重い法は『民意』です。……お気をつけて、キャプテン・サカガミ。村の皆さんは、あなた方の振る舞いをよく見ていますよ?」
リバロンは優雅に一礼すると、タローソンの中へとお茶を買いに消えていった。
「…………」
信長と赤城は、背中の50kgの旗の重み以上に、ずっしりとした『社会的プレッシャー』に押し潰されそうになっていた。
武力ではない。
経済力でもない。
『世論(好感度)』。それこそが、この村で最も恐ろしい武器だったのだ。
「……計算通りだ」
少し離れた場所で掲示板を見ていた力武義正が、魔導タブレットを弾きながらニヤリと笑った。
「義正。お前、何か仕組んだな?」
エリアスがコーヒーの紙コップを傾けながら問う。
「ああ。昨日、陸自の連中がキャベツを踏み潰した直後、俺はあの『T-チューバー』のキュララに少額のスパチャを投げて、キャベツの悲鳴の動画を切り抜いて拡散させたんだ」
義正は、中指で眼鏡を押し上げる。
「さらに、村の農家連中のグループチャットに『ルナミス軍は村の作物を軽視している』という匿名のデマゴーグ(煽動)を流し込んだ。……その結果が、このイエローカードだ」
「……恐ろしい男だ。お前は、銃を撃たずに敵を30人消し去る気か」
エリアスは、自身の副官の『政治将校』顔負けのえげつなさに、背筋が凍る思いだった。
「民主主義のバグ(ポピュリズム)だよ、エリアス。この戦争は、旗の奪い合いであると同時に、『いかに村人の好感度を稼ぐか』という選挙戦に移行したんだ。……俺たちは、このルールを徹底的にしゃぶり尽くす」
義正の宣言通り、事態は極めて政治的なフェーズへと突入した。
◆ ◆ ◆
「……マズい。ぶちマズいぞ、赤城」
陸自の野営地に戻った信長は、頭を抱えていた。
「ただでさえ50kgの旗を背負って体力が限界なのに、これ以上村人の機嫌を損ねたら、ワシらは戦わずして強制退場じゃ。……このままじゃ、アメ公のインテリどもに謀殺される!」
「隊長。……根本的な問題は『疲労』と『怪我』っす」
赤城もまた、充血した目で答える。
「連日の農作業と、旗の重量、そして死蟲軍との戦闘の余波で、部隊の半数が腰痛や捻挫、慢性的な疲労に苦しんでます。注意力が散漫になってるから、キャベツを踏むようなミスが出るんです」
「キャルル村長の『回復魔法』は頼めんのか?」
「ダメっす。ルール上、村長がどちらかの陣営だけを回復するのは『中立義務違反』になります。……俺たちには今、絶対的に『有能なメディック(衛生兵)』が足りねえんです」
その時だった。
信長の魔導スマートフォンに、ポポロ村の『人材ギルド・ゴルド商会支部』からの【号外通知】がポップアップした。
『★急募・緊急追加補充要員のお知らせ★』
『ルール③に基づき、両軍のどちらでも契約可能な「フリーランスの傭兵」が1名、ポポロ村に到着しました!』
「……補充要員じゃと!?」
信長が画面を凝視する。
そこに表示されていたプロフィール写真を見て、信長と赤城は同時に目を見開いた。
『氏名:中村 優太 25歳』
『職業:医官兼傭兵』
『スキル:無双薙刀流 免許皆伝 / TCCC(戦術的戦傷救護)マスター』
『特記事項:料理(金曜日のカレー)が得意』
「……医官で、しかも料理が得意じゃと……!?」
信長の全身に、電流が走った。
今の満身創痍の部隊を立て直し、士気を回復させ、さらに「美味いメシ」まで作れる人材。まさに喉から手が出るほど欲しい、SSR(最高レア)の黄金要員だ。
「隊長!! こいつをウチで雇えれば、部隊の疲労問題は一気に解決します!! イエローカードの汚名も返上できるはずっす!」
「分かっとる! 今すぐニャングルの人材ギルドへ走れ! 全財産(バイト代)を叩いてでも、こいつをウチの部隊に引き入れるんじゃ!!」
しかし。
彼らと同じ情報を、東側の陣地で見ていた男たちもまた、恐るべきスピードで動き出していた。
「……エリアス。この『中村優太』という男、ただの衛生兵じゃない。無双薙刀流……近接格闘と医療のハイブリッドだ。彼を陣営に引き入れれば、我がSEALsの生存率は劇的に跳ね上がる」
義正が、魔導タブレットを片手にニャングルの店へと猛ダッシュの準備を整えていた。
「俺の算盤(予算)の全枠を解放する。……陸自の連中に、この男だけは絶対に渡さん!!」
『世論』という見えない敵に怯える両軍。
その窮地を救う、たった一人の「黄金の衛生兵」を巡り。
日米のエリートたちによる、血で血を洗う『地獄のドラフト会議(契約金の殴り合い)』が、今まさに幕を開けようとしていた。




