EP 20
絶望の道化師と50kgの盾(死蟲軍強襲)
「キィィィィィィィッ!!」
ポポロ村の中央広場に、ガラスを引っ掻くような耳障りな咆哮が響き渡った。
地割れから這い出してきたのは、体長3メートルを超える巨大な蟷螂の怪物たち——『死蟷螂型・死蟲機』。鋼鉄の装甲と、あらゆるものを両断する大鎌を備えた殺戮兵器だ。
『さぁ、最高の手品の始まりだ! 悲鳴を上げろ、絶望の顔を見せてくれ!』
穴の底から浮かび上がった道化師の魔人・ギアンが、巨大な鎌を振り回しながら狂ったように哄笑する。
平和な農業の村が、一瞬にして地獄の底へと突き落とされた。
「……ッ! 全隊、射撃開始!!」
呆然とする村人たちを背に、いち早く動いたのは現代地球の精鋭たちだった。
エリアス・ソーンの冷徹な号令と共に、SEALsの隊員たちが一斉にアサルトライフルを構え、統制された十字砲火を放つ。
ダダダダダダッ!!
5.56mm弾の雨が死蟷螂型の甲殻に降り注ぐ。
しかし——。
「硬ぇ……! 弾が弾かれやがる!」
義正が舌打ちをする。通常の魔獣なら蜂の巣になるはずのライフル弾が、死蟲機の呪われた甲殻に火花を散らして弾き返されたのだ。
『ヒャハハハ! 無駄だ無駄だぁ! ギュスターヴ・ル・ボンは言ったぜ、「群集は常に極端から極端へと走る」ってな! お前らのそのちっぽけな鉛玉じゃ、俺の可愛い虫たちの装甲は抜けねぇよ!』
ギアンが指を鳴らすと、死蟷螂型の一体が、逃げ遅れた村の子供(犬耳族の少年)へと大鎌を振り下ろそうとした。
「させんわァァッ!!」
ドンッ! と地面が爆ぜる音と共に、坂上信長が神速の『縮地』で割り込んだ。
振り下ろされる死蟷螂の巨大な鎌を下から『夕日丸』で斬り上げ、強引に軌道を逸らす。
「重ッ……! なんちゅう馬鹿力じゃ! 赤城! 村人を地下シェルターへ誘導せい!」
「隊長! でもこの『旗』が……ッ!」
赤城鷹人は、背中に50kgの『黄金の旗』を担いだまま身動きが取れずにいた。
今、この旗を地面に置けばどうなるか。乱戦の最中、もし敵の手に渡りでもすれば、国家の命運を賭けたオーパーツ『世界樹の霊水』を手に入れる権利を永遠に失う。
「……置くな、赤城。それは単なる重りじゃない。……『純金製の質量兵器』だ」
冷静な声と共に、エリアスが赤城の背後に滑り込んだ。
「私が合図したら、旗の柄を軸にして、お前の全体重を乗せて振り回せ!」
「はぁ!? 50kgの金塊を振り回す!? 腕が千切れますよ!」
「アドレナリンと闘気を出せ! 来るぞ!」
キシャァァァッ!!
別の死蟷螂型が、赤城たちを串刺しにしようと突進してくる。
「今だ(ナウ)!!」
エリアスの叫びと同時、赤城が死に物狂いで50kgの黄金の旗を遠心力に乗せて大回転させた。
そこに、エリアスがCQCの要領で赤城の背中を蹴り上げ、旗の回転速度に「自身の脚力」という追加の運動エネルギーを付与する。
ゴガァァァァンッ!!!
大質量×超加速。
50kgの純金の塊が、死蟷螂型の顔面に直撃。銃弾すら弾く強固な装甲が、圧倒的な物理の暴力(ハンマー投げ)の前にひしゃげ、怪物は緑色の体液を撒き散らして吹き飛んだ。
「……マジかよ。50kgの旗が、対物ライフル並みの鈍器になりやがった」
赤城が肩で息をしながら笑う。
「……フッ、素晴らしい応用力だ。だが、虫の数はまだ多いぞ!」
信長が夕日丸に闘気を纏わせ、二体目の死蟷螂の脚を両断する。
『チッ……鬱陶しい猿どもめ。「ハムレット」でも読んどけ! 狂気には狂気で返すのがセオリーだ!』
ギアンが苛立ち、両手の指をピアノを弾くように動かした。
シュルルルルッ!
ギアンの指先から、魔力で編まれた透明な『操り糸』が放たれ、逃げ惑う村人たちの首筋に絡みつこうとする。
村人を操り人形で同士討ちさせ、極限の絶望を引き起こすギアンの最も得意とする外道戦術だ。
「……させませんよ」
——シュッ!!
空気を切り裂く音と共に、数枚の『和紙』が飛来し、ギアンの魔力の糸を中空でスパーンッと見事に切断した。
『あぁ!? なんだ!?』
ギアンが目を見開く先。
そこには、純白の手袋をはめ、完璧な所作で一礼をする人狼族の男——ポポロ村宰相・リバロンが立っていた。
「ポポロ村の住人に手を出すことは、このリバロンが許可いたしません。……『名刺刃』」
リバロンが懐から取り出した数枚の名刺。そこに人狼族の爆発的な闘気を圧縮し、ダーツのように投擲する。
シュパパパパッ!!
時速300kmで放たれた名刺は、死蟲機たちの関節の隙間に正確に突き刺さり、その駆動を次々と停止させていく。
「な、なんじゃあの執事……! 紙切れで装甲車サイズのバケモノを止めおったぞ!」
信長が驚愕する。
「皆さん、ご安心を! 村人たちの地下シェルターへの避難は、ルナちゃんとリーザちゃんが完了させました!」
村長・キャルルが、特注の安全靴をバチバチと鳴らしながら駆けつけてきた。
「お怪我はありませんか!? 今すぐ回復魔法を——」
『ヒャハハハハ! 泣かせるじゃねぇか! 村長自ら前線に出てくるとはな! なら、お前から絶望の淵に沈めてやるよ!』
ギアンが狂笑し、自らの背後に潜ませていた最大級の死蟲機——『死王蟻型』を呼び寄せた。
ズズズズズ……ッ!
広場の地面がさらに大きく陥没し、巨大なダンプカーほどもある蟻の怪物が姿を現す。その腹部からは、無数の小型の死蟲機が次々と産み落とされ、黒い津波のように村を埋め尽くそうとしていた。
「マズい……! 弾薬が足りん! あの数を相手にしたら、村が沈むぞ!」
信長が顔面を蒼白にさせる。
ニャングルから半額で買い叩いたとはいえ、数千、数万と増殖する蟲の群れを前にしては、日米の弾薬はあまりにも少なすぎた。
『さぁ、絶望しろ! お前らの命も、この村も、全て俺の手のひらの上——』
ギアンが勝利を確信し、鎌を振り上げた、その瞬間。
「——誰が、誰の村をどうするってぇ?」
ドォォォォォンッ!!!
死王蟻型の巨大な頭部に、高威力の『魔導誘導バズーカ』の砲弾が直撃し、爆炎が空高く舞い上がった。
『ギャアアアアッ!?』
『な、何ィ!?』
ギアンが驚愕して爆煙の先を見る。
そこには、真紅のクリムゾンアーマーを身に纏い、肩に巨大なバズーカを担ぎ、両腰にガトリングガンを装備した『紅蓮の戦乙女』——自警団リーダーのダイヤ・マーキスが、マジギレの表情で立っていた。
「あんたたちねぇ……!」
ダイヤはバズーカを投げ捨て、魔法ポーチから神滅剣『天魔竜聖剣』をズバッと引き抜いた。
「うちの村の! 中央広場の石畳を一枚修復するのに! ドワーフの石工職人にどれだけ『PG』を払わなきゃいけないか、分かってて穴開けてんでしょうねェェェッ!?」
命の危機に対する怒りではない。
**『村のインフラ維持費(修繕コスト)』**に対する、極貧賞金稼ぎとしての絶対的な怒りだった。
「ダイヤさん! 激おこです!!」キャルルが拍手喝采する。
「……キャプテン・サカガミ」
エリアスが、冷や汗を流しながら信長に耳打ちする。
「……あの女、前回の配達の時よりキレてないか?」
「当たり前じゃ! 今回は道路工事レベルの破壊じゃからな! 巻き込まれたらワシらもチリになるぞ!」
「払え! 修繕費! そして迷惑料をォォッ!!」
ダイヤの全身から、紅蓮の闘気と炎魔法が混ざり合ったオーラが火柱のように立ち上がる。
「消えなさい! 『大斬撃』ッ!!」
振り下ろされた天魔竜聖剣から、地形をも両断する超質量の炎の刃が放たれる。
ズバァァァァァァァァァァンッ!!!!
産み落とされたばかりの何千という死蟲機の群れが、そして巨大な死王蟻型の巨体が、ダイヤのたった一振りの剣圧によって、文字通りチリも残さず「蒸発」した。
『な……ば、馬鹿な……!? 俺の可愛い死蟲軍が……たった一撃で……!?』
ギアンが仮面の奥の目を見開き、ガクガクと震え出す。
圧倒的な絶望を与えるはずが、逆に**「修繕費にキレた村の自警団員」**という理不尽な暴力の前に、一瞬で戦力を粉砕されてしまったのだ。
「……すげえ。俺たちの戦術がバカバカしくなるほどの火力だ……」
赤城が、50kgの旗を抱えたままポカンと口を開ける。
「……見とる場合か赤城! 敵の親玉に隙ができとる! このまま制圧するぞ!」
信長が気を取り直し、夕日丸を構えて地を蹴る。
「了解だ! 義正、援護しろ!」
エリアスもまた、TAC-338を構えて義正と共に展開する。
『ヒィッ!? クソッ、クソッ! 覚えてろよイカれ村人ども! 今に、サルバロス様が完全復活して——』
ギアンが捨て台詞を吐き、空間転移魔法で逃亡を図ろうとした。
——だが。
その転移の魔法陣が発動するより早く。
カチッ。
戦場の喧騒を切り裂いて。
絶対に聞いてはならない、真鍮製のオイルライターが弾ける音が、ギアンの背後から響いた。
「……ッ!?」
信長とエリアスの足が、本能的な恐怖でピタリと止まる。
ギアンが恐る恐る背後を振り返る。
そこには、黒いレザージャケットを着たBAR『鬼龍』のマスター、龍魔呂が、虚無の瞳で煙草をふかしながら立っていた。
「……お前ら」
龍魔呂の口から、絶対零度の声が漏れる。
その背後には、死蟷螂に襲われかけ、恐怖で大泣きしている犬耳族の少年の姿があった。
「……俺の村で、子供を泣かせたな」
ゴゴゴゴゴゴォォォッ!!
龍魔呂の指にはめられた『鬼王の指輪』から、空を黒く染め上げるほどの赤黒い闘気が爆発的に噴き出した。
『ヒッ……な、なんだテメェは!? 俺は死蟲王サルバロス様の——』
「……消えろ」
龍魔呂が、親指に小さな小石をセットする。
『鬼神流 指弾』。
ピィィンッ!
放たれた小石は、空間そのものを歪めるほどの赤黒い闘気を纏い、ギアンの胴体を——仮面ごと、後ろの森の木々数百本を巻き込んで、完全な真空のトンネルへと消し飛ばした。
「…………」
「…………」
上半身が消滅し、ゆっくりと崩れ落ちるギアンの残骸。
広場には、圧倒的な静寂が訪れた。
「……終わった」
龍魔呂はタバコの火を揉み消すと、泣いている少年の頭をポンと撫で、「怪我はないか」とだけ言い残し、何事もなかったかのように『鬼龍』の方向へと歩き去っていった。
圧倒的すぎる蹂躙劇。
ポポロ村の住民たち(ダイヤ、リバロン、龍魔呂)の桁違いの実力を前に、日米のエリート軍人たちは、完全に言葉を失っていた。
「……エリアス。ワシら、なんでこんな化け物だらけの村で、旗の取り合いなんかやっとるんじゃろうな」
「……考えるな、キャプテン・サカガミ。思考を放棄しないと、我々の精神が壊れる」
彼らの背中には、未だに50kgの『黄金の旗』が重くのしかかっている。
防衛戦のタイムリミットまで、あと19時間。
国家の威信とオーパーツを懸けた戦いは、死蟲軍という世界の危機すらも「村の日常トラブル」として片付けてしまうポポロ村の狂気の中で、まだまだ続いていくのだった。




