EP 19
50kgの呪いと、尊厳を奪う豆(ダイズラ豆収穫戦)
「……そぉい! いっち、にっ! いっち、にっ!」
「……隊長、もう無理っす。膝の軟骨がすり減る音が聞こえます……」
月曜日の午前8時。ポポロ村の広大な農地。
陸上自衛隊・レンジャー部隊の精鋭たちは、完全武装のまま『50kgの純金製の旗』を交代で担ぎ上げ、泥に足を取られながらタバコ葉の収穫を行っていた。
本来なら、旗を陣地に持ち帰って強固な防衛線を敷くのがセオリーだ。
だが、彼らには「資金」がなかった。陣地に引きこもれば、夕方にはニャングルの店で弾薬とメシを買う金が尽き、飢えと弾切れで敗北する。
結果として、彼らは「50kgの旗を抱えたまま、日雇いバイトで時給を稼ぐ」という、世界軍事史上に類を見ない狂気のミッションを強要されていた。
「泣き言を言うな赤城! この旗は我が祖国、日本の未来そのものじゃ! 落としたら切腹じゃぞ!」
「なら隊長が変わってくださいよ! っていうか、なんでアメ公どもがすぐ横で涼しい顔して農作業してんすか!」
赤城が血走った目で睨みつける先。
隣の畝では、エリアスと義正率いるSEALsの面々が、黙々とタバコ葉を摘んでいた。
「……計算通りだ、エリアス。奴らは50kgのデバフ(重量制限)により、作業効率が通常の30%にまで落ちている。対して我々は身軽だ」
義正が魔導タブレットで収穫量のグラフを弾き出す。
「このままバイトの収穫量で圧倒的差をつけ、我々は夕方に極上の『PRO型弁当』で完全回復する。逆に奴らは資金難でメシが食えず、体力が尽きる。……奴らが疲労で旗を落とした瞬間、かっさらう」
「……完璧な兵站包囲網だな、義正。だが、隙を見せるな。あのサカガミの根性はロジックを超えてくる」
敵であるSEALsが、味方のような顔をして真横で一緒にバイトをしている。
監視とプレッシャー。絶対に隙を見せられない精神的重圧に、陸自の隊員たちの体力はゴリゴリと削られていった。
「お疲れ様でーす! ルナミス軍さん、レオンハート軍さん! タバコ葉の収穫、いいペースですね!」
そこへ、麦わら帽子を被った村長・キャルルとエルフのルナが、笑顔でやってきた。
「あ、そうだ! 今日は特別ボーナスミッションがあります! あっちの畑の『ダイズラ豆』がちょうど収穫時期を迎えたので、そっちもお願いしますね! 単価、弾みますよ♡」
「単価が弾む……!? やるっす! やらせてください!」
資金難にあえぐ赤城が、飛びついた。
「よし、全隊、ダイズラ豆の区画へ移動じゃ! アメ公どもに時給で負けるな!」
信長が号令をかけ、50kgの旗を担いだ陸自と、それを追うSEALsが揃って新たな畑へと向かった。
だが、彼らはまだ知らなかった。
『ダイズラ豆』という作物が、ポポロ村の農産物の中でも一、二を争う**「精神的ブラビティ(重力)兵器」**であることを。
◆ ◆ ◆
「おお、これがダイズラ豆か。大豆みたいじゃが、さやがデカいのう」
信長が、たわわに実った緑色の豆のさやに手を伸ばし、ブチッと収穫した。
その瞬間。
ズルゥゥゥッ……!
「……ん?」
信長が違和感を覚えたのと同時。
後ろで旗を背負っていた赤城の、迷彩ズボンとタクティカルベルトが、何の予兆もなく一気に足首までズリ下がった。
「…………へ?」
秋の涼しい風が、赤城のトランクス(OD色)を撫でる。
「うわああああっ!? な、なんすかこれ! ズボンが! 俺のズボンがァァァッ!!」
「アホ! 旗から手を離すな! 重みで落とすぞ!!」
パニックになった赤城がズボンを上げようと両手を離しかけ、50kgの純金旗がグラリと傾く。信長が慌てて支えに入った。
「……隙ありだ!」
その混乱を見逃さず、エリアスが神速のCQCで踏み込み、旗を奪取しようと手を伸ばした。
そして、エリアスが横を通り抜けざまに、ダイズラ豆を一つ引っこ抜いた、その刹那。
ズルルゥゥゥッ!!
「——ッ!?」
今度は、突進してきたエリアスのズボンと、後方で指示を出していた義正のズボンが、同時に足元までズリ下がった。
「な、なんだこれは……!? ベルトのバックルは外れていないのに、なぜズボンが重力を無視して下がるんだ!?」
義正が魔導タブレットを落とし、慌ててトランクス姿の足元を押さえる。
常に冷静沈着なエリアスでさえ、星条旗柄のアンダーウェアを晒したまま、片手でズボンを掴んで硬直していた。
「あははっ、言い忘れてました!」
キャルルが、少し離れた安全圏からメガホンで呼びかける。
「『ダイズラ豆』は、畑の肉とも呼ばれる栄養満点の豆なんですけど……収穫の刺激に反応して、半径10メートル以内の人の『カツラ』や『ズボン』を強制的にズラすっていう、ちょっとお茶目な防衛本能(?)があるんです! 気をつけてくださいねー!」
「「「お茶目じゃねええええええッ!!!」」」
日米のエリート軍人たちの悲鳴が、ポポロ村の空に木霊した。
「いかん! 旗を持っとる連中は両手が塞がっとる! ズボンを上げられんぞ!!」
信長が絶叫する。
ダイズラ豆の収穫を続ければ続けるほど、隊員たちのズボンは無限にズリ下がっていく。しかし、収穫の手を止めればバイト代が稼げず、飯が食えない。
そして何より、50kgの旗を支えている者は、絶対に手を離せないのだ。
「隊長ぉぉ! もうダメっす、社会の窓全開で農作業なんて、俺の尊厳が死にます!」
「耐えい赤城! お前の下半身の尊厳か、国家の威信(旗)か! どっちが重いか考えろ!!」
「そんな究極の選択ありますか!?」
「……義正、どうする」
ズボンを片手で押さえながら、エリアスが冷や汗を流して問う。
「……ダメだ、エリアス。このダイズラ豆の単価は異常に高い。ここで収穫を放棄すれば、資金繰りが悪化する。……プライドを捨てろ。片手でズボンを抑え、もう片手で豆を収穫するんだ!!」
「……イエス、サー」
かくして、人類最強の軍事組織による、かつてない地獄の防衛戦が始まった。
「そぉい!(ブチッ)」
ズルゥゥッ!
「ああっ、第3班のズボンが全滅っす!」
「構わん、パンツ一丁になろうが旗は死守せい! ダイズラ豆を引っこ抜けェェッ!」
「U.S.A! U.S.A! 負けるな、片手で収穫スピードを上げろ!!」
半裸の屈強な男たちが、パンツ一丁でズボンを引きずりながら、必死の形相で豆を収穫し、50kgの純金の旗をリレーしていく。
もはや、どちらが勝っているのか、何のために戦っているのかすら分からない、カオス極まる光景だった。
◆ ◆ ◆
「……はぁ、はぁ、はぁ……」
正午。
お昼のチャイムが鳴り響いた時、農地にはおびただしい数のダイズラ豆の山と……魂が抜け殻のようになり、ズボンの裾を握りしめて倒れ込む日米100名のエリートたちの姿があった。
「お疲れ様でーす! はい、午前の部のお給料です!」
キャルルから手渡された、ずっしりと重い金貨の袋。
その金貨の重みを感じながら、信長とエリアスは、互いのボロボロ(下半身は特に)の姿を見て、乾いた笑いを漏らした。
「……大尉。お前さん、意外と派手なパンツ履いとるんじゃな」
「……キャプテン・サカガミこそ。純白のブリーフとは、クラシックで悪くない」
もはや、殺し合う敵同士という感覚すら麻痺しつつあった。
彼らは共に「下半身の尊厳を失う」という、戦場よりも恐ろしいトラウマを共有してしまったのだから。
「まいどおおきに〜! お昼の移動販売車やで〜!」
そこへ、軽快な音楽と共に、ニャングルの運転する魔導トラックがやってきた。
荷台には、ホカホカの『PRO型弁当』と、各種弾薬が積まれている。
「よし、メシじゃ! 赤城、稼いだ金でPRO型を——」
信長が指示を出そうとした、その時。
ニャングルが、ニヤニヤと笑いながらトラックの側面を開けた。
「あ、言うとくけどな。今日の『PRO型弁当』は、おでんの牛すじが倍増しの大サービスや! せやけど……お値段は昨日の2倍、金貨6枚になりまっせ♡」
「「……は?」」
「需要と供給や! アンタら、朝からズボンずり下げて激しい運動しとったんやから、腹ペコペコやろ? 腹減ってる時のメシは、高くても売れるんやでぇ!」
資本主義の悪魔が、容赦なく牙を剥く。
ダイズラ豆の収穫で稼いだ金貨は、一人当たり金貨4枚。
——足りない。
あと金貨2枚足りず、最高級の疲労回復弁当(PRO型)が買えないのだ。
「……クソ猫がァァァッ! 足元見やがって!!」
赤城がブチギレる。
「……計算外だ。このまま昼食を抜けば、午後の部で体力が尽き、確実に旗を落とす」
義正もまた、歯を食いしばった。
50kgの旗の防衛時間は、残りあと20時間。
肉体と精神の限界が近づく中、彼らは究極の「兵站の危機」をどう乗り越えるのか。
ポポロ村の理不尽な1日は、まだ半分も終わっていなかった。




